Chapter 2.

 ──私の原点はあの二人のアイドル。

 だから、


『ねぇ、キッカもいっしょにやろうよ! アイドル!』

『キョーミない』

『だいじょうぶっ! キッカもきっとスキになるから!』

『イヤ。 やらない』

『えぇ、そんなこといわずにやろうよ〜』

『ゼッタイにイヤ。 ……でも──』




「──……また、あの夢……」

 ふと目が覚めてしまい時間を確認したら、まだ五時前だった。もうアラームは設定していない。だけど、未だに身体は覚えていて、この時間に起きてしまう。もうやめてから結構経つのに。

「…………」

 眠れない。

 いつもなら布団を被って目を閉じれば簡単に二度寝が出来たのに、今日は無理だった。

「……よし」

 布団から出て、身支度を済ませ、トレーニングウェアに着替える。

 別に、軽く身体を動かすくらいならいいよね。どうせ眠れないんだから。



 ──なんでこんなにしんどいんだろ。



「……おはよぅ……菊花……」

「ん、おはよ。 何か元気ないけど。 どうしたの?」

「実はね……」

 通学路を歩きながら、今朝久しぶりにトレーニングをしたと話したら『バカ』と言われた。何の躊躇いもなく『バカ』と。

 それはそれは辛辣な顔で。いくら私でもちょっと傷ついた。

「もう一度言うけど。 バカ、ほんとバカ」

「二回言った」

「うっさい、バカ。 何考えてるの? 普通期間を空けて再開する時は、徐々に慣らしていくものなのに。 怪我したらどうするつもり」

「そうなんだけど。 って、あれ? トレーニングやめたって話したっけ?」

「した」

「え。 でも」

「した」

「あ、あぁ。 そっか、しちゃってたかぁ」

 話した覚えは全くないけど。多分、お母さん伝いで知ったとか、そういうことにしておこう。なんか菊花の顔怖いし……。

「で、何で急に再開したの?」

「あー、再開した訳じゃなくて。 その、なんか寝れなくて。 それなら身体動かした方がいいかなぁ、なんて」

「ふーん、そう」

 うわぁ、すごい不満げな顔。これ絶対に気づいてるだろな。嘘ついてるって。

 でも、本当のことは言えない。

「まぁ、いいんじゃない。 身体動かすのは」

「うん」

 特に、菊花には。


結々ユユさーんっ!』


 後方から大きな声で呼ばれて振り向くと、笑顔の雫ちゃんがこちらに向かって全力で走っていた。

「はぁ……はぁ……。 おはよ、ざいマス」

「おはよう。 大丈夫?」

「だ、大丈夫ダイジョブレェス! 少し、休めば。 ウッ、ゥゥ……」

「あ、ははぁ」

 汗びっしょりで顔色も悪い雫ちゃん。どこからどう見ても大丈夫じゃないし、下手したらこのまま倒れてもおかしくない。その姿を見ていると、今朝の自分と重なり親近感みたいなものを感じて、気づけば彼女の背中をさすっていた。

「ありがとう、ございマス」

「いえいえ。 どういたしまして」

「……その子、昨日の。 仲良くなってたんだ」

「うん、私達すっごく気が合うんだよ! ねぇ、雫ちゃん」

「デス!」

「……ふーん、そう」

「あ、そうだ。 ねぇ、二人とも──」




 放課後はJKらしくカラオケ! 友達と一緒にカラオケ! KA・RA・O・KE!

「イェーイ! 盛り上がってこー!」

「オオォォッ‼︎」

「程々にね」

 何故か常備していたライブ用ペンライトを元気よく振る雫ちゃん。それとは対称的に菊花は『どうぞ二人で楽しんでください』と言わんばかりの涼しい顔でオレンジジュースに口をつけた。

 せっかくだから親睦会をして、二人にも仲良くなってもらおうとカラオケへ来た訳だけど。世間では『友達の友達は他人』なんて言葉がある。だから、二人を誘った時は打ち解けれるかちょっと心配だった。実際、ここに来るまでの間の二人はお互いに遠慮してる感じだったし。

「どうぞ。 菊花キッカさんも、ぜひご一緒に」

「え。 いや、私は」

「せーの、オオォォッ‼︎」

「お、おー。 ……これで、いいの?」

「ハイ! 完璧デス!」

「そ、そう。 なら、良かった」

 雫ちゃんのノリについていけず、若干恥ずかしそうにしてるレア可愛い菊花はさておき。

 そんな心配は杞憂に終わり、二人は仲良くペンライトを振ってくれている。あぁ、感激です。

「雫ちゃん。 これからもウチの菊花と仲良くしてやってね」

「何、その親目線。 ムカつく」

「それじゃあ、一曲目いっくよー!」

「無視すんなし」

 記念すべき最初の曲は『Li-lieaリーリア‼︎』が歌う『STAR☆ to roads』、私がアイドルを目指すきっかけになったアニメのOP主題歌。これなら菊花も知ってるし、雫ちゃんもきっと。

「キタァァァア‼︎ スタロっ‼︎」

 すごい喜んでくれてるみたいだから掴みはバッチリかな。



 ──やっぱり、いいな。この曲は……。



最高サイコーデシタ! 結々ユユさん、歌うの上手ジョーズデス!」

「ふふん。 中学の頃、合唱部だったからね!」

「なるほどデス。 歌、お好きなのデスネ」

「うん。 はい」

 次は雫ちゃんの番なのでマイクを手渡すと、彼女はそれを大事そうに両手で握りしめたまま固まってしまった。

「ス、スミマセン。 実は……カラオケ、歌うの……初めて、でして……」

「そうなんだ。 じゃあ、一緒に歌う?」

「ほっ、本当ホントデスカっ⁉︎⁉︎ ぜひっ! ぜひよろしくお願いシマスっ!」

「じゃあ、何にする?」

「で、では、コレを」

 雫ちゃんが選んだ曲は、今子どもたちの間で一番人気の二人組アイドル『ツウィン・ホイップ』の『スウィート♡キャンディ』。可愛らしい彼女のイメージにピッタリな選曲でついほっこりした。

「オァッ。 ハ、始まりマス」

「大丈夫だよ。 私も一緒だから」

「う。 頑張ヴァンガり、マス」

 初カラオケスタート!

 しかし、言うまでもなく雫ちゃんはガチガチに緊張していて、その歌声は不安や恥ずかしさが直接脳に伝わってくる。そう感じてしまう程、ぎこちない。

 私も初めての時はそうだった。

 大好きな曲を歌ってるはずなのに、自分の口から出てくるのは違うもの。どうすれば、ちゃんと歌えるのか分からない。こんな歌、恥ずかしい。そういうネガティブな気持ちに押し潰されて、どんどん喉が苦しくなって、逃げだしたいって。

 きっと、雫ちゃんもそれに似た気持ちになっているはず。だから、優しく、寄り添うような声で。

「ア、ゥ……──ッ‼︎」

 私の気持ち、伝わったかな?

 それは聞くまでもなく、その後の歌声で示してくれた──



「どうだった? 初めてのカラオケ」

「……とても……とっても最高サイコーデシタァッ!」

「うぇっ⁉︎⁉︎」

「ありがとございマスゥ。 ありがとございマスゥ。 このご恩はいつかお返しシマスカラァ」

 ハグからのその発言は少し大袈裟な気がするけど。まぁ、雫ちゃんが楽しんでくれたってことだし、いっか。

 ……私も。一緒に歌うの、楽しかったし。

「見せつけてくれるね。 お二人さん」

「ア。 スミマセン、つい。 次は、菊花キッカさんの番デスヨネ」

 雫ちゃんは慌てて菊花にマイクを差し出すも受け取ってもらえなかった。

 それどころか、

「私、聞き専だから二人で歌ってくれていいよ」

「聞き専?」

「歌ってるの聞くだけで満足って事」

「オー、カラオケにはそういう楽しみ方もあるのデスネ」

 まぁ、何事も楽しみ方は人それぞれなので否定するつもりはないけれど。うっかり、本当にうっかり『最近の歌を知らないから歌わないタイプっぽい』と口にしてしまった。

「は? 別に歌えるから。 貸して」

 よっぽど腹が立ったのか。菊花はめちゃくちゃ怖い顔で雫ちゃんからマイクを受け取るや否や曲を入れた。

「え」

 驚きが隠せない。

 だって、菊花が入れたのは神姫命の『Mirage Strike.』だったから。

「ホワァッ、ミコトサマ! ミコトサマの曲デス!」

「へぇ、意外だね。 菊花も聴くんだ、神姫命」

「当たり前でしょ。 今時のJKですから」

「……そっか。 そうだよね」



 ──いつ以来だろう。ちゃんと菊花の歌声を聴くのは。



「すごい。 すごいよ、菊花っ!」

「デスッ! 私もあまりの素晴スバラシさに感動カンドーシましたッ!」

「……あー、うん。 その。 ありがと、二人とも」

 菊花の歌声は本当に、本当に良かった!

 胸が熱くなって、高鳴って! この気持ち、もう抑えられないっ!

「よしっ、雫ちゃん! そっちの机、端に寄せて!」

「机を? 一体、何をするのデスカ?」

「それは、もちろん──」




 退室時間ギリギリまで歌い、店を出るとすっかり日が暮れていた。

「ほあ〜、眼福。 幸せデス〜」

 退店してからも、ずっとうっとり顔の雫ちゃん。それは本人も言ってるように幸せそのものって感じだった。

 つい気持ちが高ぶって、雫ちゃんに好きなアイドルソングをリクエストしてもらい、そのライブパフォーマンスを披露。そんなカラオケらしくないことをしちゃったけど。喜んでもらえたようで一安心。

結々ユユさん、まるで本物のアイドルのようでした!」

「ッ‼︎ ……雫ちゃん。 ありがとう」

 本物のアイドル。そんな風に言ってもらえるのは、今でも嬉しい。

 だけど、私は偽物で。こんなの【ただの自己満足】でしかないんだよね。

「まぁ、二時間近くライブした体力はそうかもね。 はい、これ」

「え。 ありがと」

 菊花がくれたボディシートで身体中のベタつきを拭き取っていく。

 汗の不快感がなくなったおかげか、彼女の気遣いか、それとも遠回しに褒めてくれたからなのか。胸がスーッとして。今の私、ちょっと人には見せられない顔してるかも。

「あ」

 だから、くれたのかな。これ──。



「じゃあ、私達こっちだから」

 雫ちゃんは電車通学なので駅に向かわないといけない。だから、この交差点でお別れになる。

「雫ちゃん、また明日ね」

「しず、バイバイ」

 菊花と二人一緒に手を振ってから歩き出した、その時。雫ちゃんは辺り一帯に響くような大声で『あの!』と呼び止めてきた。

結々ユユさん、菊花キッカさん。 もし、よろしければ……。 今度の土曜日ドヨービ、私のイエへ来マセンカっ!」

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