Chapter 1.

 神姫命に渡された招待状。それは物好きなプロデューサーが立案した企画──フェスへの出演依頼だった。

 その内容を簡単に言うと、プロアマ問わず注目を集めている若手パフォーマーを集めて競わせ、その勝者を神姫命と対決させるというもの。


結々ゆゆ


 色々考えてみたけれど。恐らくそれは神姫命を同世代の中で一番優れたパフォーマーに勝利させることで彼女に箔をつける為の企画だと思う。立案者はそれだけ神姫命の実力に信頼を寄せていて、他の参加者はかませ犬同然に扱われても不思議じゃない。


結々ゆゆ!』


 だからこそ、分からない。

 このフェスに私なんかを参加させるメリットがないことは神姫命も分かっているはず。それなのに彼女は私の参加を望み、あんなことまで言ってきた。

 一体、何を考えているんだろう。どうして彼女はそうまでして私と。

結々ゆゆっ‼︎」

「え?」

 気がつくと、すぐ目の前には綺麗なあお色のぱっちりおめめとゆるふわ銀髪が。

「わぁっ⁉︎⁉︎ ち、近い‼︎ 近いよっ‼︎」

「そんなコトはどうでもいいデス」

「どうでもよくないよっ!」

 本当にびっくりして……危うく椅子から転げ落ちるとこだった……。

「もう放課後だというのに、いつまでボーッとするつもりデスカ」

 対面から机に身を乗り出し、不満げに頬を膨らませながらジトーっとした目を向けてくる雫。

 すぐさま教室の時計で時間を確認すると、すでに十五時四十分を回っていて、私と雫以外誰もいなかった。

「あ、あはは。 ごめんね」

「今日は部活、やめておきマスカ?」

「……ううん、大丈夫だよ。 本当に」

 雫は悲しげに『そうデスカ』と呟くも、次の瞬間には笑顔で『では、部室に参りマショー!』と言ってくれた。

 出来ることなら今朝の出来事も、フェスのことも相談したい。でも、フェスの情報はまだ公になっていなくて、プロが関わっている仕事だ。例え、私が一般人だろうと秘密は守るべきだと思う。神姫命が一々そんなことを説明しなかったのも、業界を目指していた者として信用しているからだろうし、それを裏切りたくない。

 だから、雫でも話せない。

 そのせいで心配をかけていることがどんなに心苦しくても。

「見てクダサイ! 先日あげた動画ドーガ再生数サイセースー!」

「ろ、六千も。 いつもみたいに雑談しただけで。 そんなに」

「ファンはそういう日常ニチジョーを知りたいものデス」

「ファンって、そんな大袈裟な」

 雫は部室に向かっている最中も無理に聞いてこようとせず、いつも以上に明るく元気に接してくれた──。




 部活終わりの帰り道。

『ありがとうございましたー』

 店員さんの声を背に受けて、コンビニを後にする。

 雫は今日もあんぱんを購入し、外に出るや否や勢いよくかぶりついた。

「ほんと好きだよね。 あんぱん」

「デス! このしっとりした甘み。 こしあんは銀河最強デス!」

 満面の笑みを浮かべる雫。そんなに食べて飽きたりしないのか不思議で『毎日食べても平気なの?』と聞いたところ。その笑顔は瞬く間に凍りつき、頭を抱えながら『一つ、百二十円もするのは痛すぎマスガぁ……‼︎』と悲痛な叫び声をあげた。

「そっちなんだ」

「デス。 一月ヒトツキで四十個近くも食べると思うと……でも、我慢なんて……けれど、お金が……クゥゥゥゥゥッ」

 悩ましそうな顔の雫。だけど、すでに二つ目のあんぱんに手をつけており、その答えは分かりきっていた。

 ずっと好きで食べていると思っていたけれど。そうだよね。そうなるよね。

 私と違って電車通学の雫は帰るのに一時間以上もかかる。その間、空腹を我慢するなんて想像しただけでも……。だから、買い食いをせざるを得ない。それで三、四千円近く使うとなると、学生のお財布には厳しいよね。特に雫は。

「アクスタ、缶バッジ、キーホルダァ〜、グッズがぁ〜……」

「なら、私の」

「それはダメです。 結々ゆゆに悪いデス」

 アイドル同好会に誘ったのは私だから少しでも彼女の負担を減らそうと思っての提案は言い終えることも許されず却下されてしまった。

 だからといって何もしないのは嫌だから、おむすびを用意してみるのはどうかと聞いてみたけど。不満そうな顔で冷めたご飯は苦手だと言われた。

「そっか。 雫さえ良ければ、作って持ってこようかと思ったんだけど」

「ナッ⁉︎」

「苦手じゃしょうがないよね。 んー、じゃあ」

「待ってクダサイ‼︎ それは結々ゆゆの手作りデショウカ‼︎」

「一応、そうなるけど。 手作りって言う程じゃ」

「であれば、ぜひよろしくお願いしマスッ‼︎」

「え。 でも、さっき苦手って」

大丈夫ダイジョブデスッ‼︎ 問題ありマセンッ‼︎ 梅、酸っぱいもの以外であれば食べれマスッ‼︎ 絶対に何が何でも食べマスッ‼︎」

「う、うん。 分かった。 早速明日にでも、作ってくるね。 あはは」

「んぅ〜、結々ゆゆ〜」

「わわっ」

 雫との距離が一気にゼロに……ッ‼︎⁉︎

「ありがとうございマス〜!」

 最早、彼女の十八番おはこと言ってもいいハグ。この一か月、結構な頻度でされているから多少は慣れてきたつもりだったけど。

「雫。 その、そろそろ……ね?」

 コンビニの前みたいに人の目のある場所じゃ……恥ずかしいッ‼︎‼︎

 けれど、

「えへ、えへへ」

 この温もり、笑い声からも伝わる満足げな様子。雫がこんなにも喜んでくれてるなら、もう少しくらいこのままでも。

 きっと、アニメかドラマの影響で友達に作ってもらったものを食べるのが夢だったとかなんだろなぁ。



「じゃあ、またねー」

「ハイ! また明日デス!」

 雫を駅の改札まで見送り、その姿が見えなくなってすぐ。

「あのさ」

 本日二度目。また背後うしろから声をかけられたので振り向くと、この辺りでは見ない制服を着た金髪の女生徒がいた。

 彼女のクルっとした髪は私のクセっ毛とは違い、恐らくヘアアイロンか何かで巻いたもの。それを後ろで結び、カッターシャツの袖を捲り、胸元は第二ボタンまで開けている。さらに、腰にはベージュのカーディガンを巻き、見るからにおしゃれに気を使っていた。

 そして、菊花のようにキリッとした瞳の色は暗めの茶色。だから、生粋の外国人って訳じゃないと思う。

 つまり、その金髪は自分で染めたもので格好から察するに彼女はいわゆるギャルだ。

「アンタ、宇佐美結々だろ。 ちょっと話があるんだけど」

 そんな彼女を私は──。

「誰?」

 当然、知らない。

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