Chapter 3.

「うぅ。 はぁ……」

 目の前のドアからとてつもないプレッシャーを感じる。

 神姫命から渡された招待状に『週末の土曜日、十時、ここに行け。 絶対に』と書かれていたので、電車を乗り継ぎ指定のビルにやって来た。それでどこの部屋に行けばいいのか分からなくて受付のお姉さんに聞いたら、この会議室に案内されたけども。

「入って、いいのかな」

 このフェスに参加するかどうかで今後の私は大きく左右される。だから、意を決してここまでやってきた。

 でも、いざ目前に迫ると。

「わ、私なんか、ズブの素人……いや、ただのJKが入ったら……」

 他の参加者からの鋭い視線。あからさまな敵意。当然のように生意気と言われ、『身の程知らず』、『帰れ』、『ブス』と袋叩きに。

 頭では決してそんなことにならないと分かっていても、嫌なイメージを消し去れない。

 だけど、

「……Be brave. 勇気を出せ」

 このまま立ち止まってはいられない。

「ッ‼︎‼︎」

 その時、突然ドアが開いて中から一人の女性が現れた。

 彼女はフレームの太い黒縁メガネをかけていて、身長がとても高い。この間、ライブを見に来てくれていたバスケ部の先輩の身長は確か百七十二センチ。メガネの彼女の身長はその先輩に勝るとも劣らない高さだった。

 それに加えてブラウンのサラサラロングヘアー、ビジネスな雰囲気の漂うブラウスにデニムパンツを穿いており、その大人なコーデと恵まれた体格からついモデルさんかと思ってしまった。

「ん? 君は」

 あれ。彼女の声、どこかで聴いたことがあるような。

「わっ⁉︎」

 まさに目と鼻の先。彼女はググッと顔を近づけきて、まじまじと見つめてきた。その目つきはとても真剣で、見えない糸で縛られてるみたいに身体が硬直してしまった。

 それからジっと待つこと十数秒。ようやく口を開いたと思ったら、

「間違いない。 君は──宇佐美結々ちゃんだねっ‼︎」

 彼女は満面の笑みで歓喜の声をあげた。

「会えて光栄だよ! 驚いたなぁ。 写真や動画の君も可愛かったけど、実際に会うとまるで違うね。 最っ高に可愛いよ! そうだ、ぜひ握手いいかな?」

「は、はぁ」

 あまりの勢いにもう何がなんだか分からないけれど。特に断る理由もないので恐る恐る彼女の手を握る。

 すると、その大人っぽい見た目からは想像出来ない無邪気な笑顔で『ありがとう!』と言われた。

「君の大ファンでね。 あぁ、すごく嬉しいよ!」

 私のファン? ファンって、あのファン?

 いや、待って。つい最近それで恥ずかしい想いをしたばかりでしょ。もっと、ちゃんとよく考えて……ファン。ファン。ファン。ファン。ファン。

「あ、Funのほうですか」

「流石、素晴らしい発音だね。 でも、私が言ってるのはちゃんとFanの方だよ」

「へ? へっ⁉︎⁉︎ わ、わわわ、私のファ」

「ところで、君もこのフェスに参加するのかい? するんだろ? 嬉しいなぁ、まさかあの結々ちゃんと共演出来るなんて。 それだけで来た甲斐があるね! 最高だよ!」

「あ、あのぉ」

「おっと、すまない」

 ここでようやく彼女は落ち着きを取り戻し、私の話を聞いてくれる──と、思ったのに。

「うっかりしていたよ。 写真とサインもいいかな?」

「……あのですね。 え、ぉわっ‼︎⁉︎」

「はい。 チーズ」

 半ば強引に抱き寄せられ、スマホでパシャリと一枚。そして、彼女は嵐のような勢いで会議室の中に戻り、ほくほく顔で手帳を持ってきた……。流石にそこまで楽しみにされていると断れず、やむなくサインした。

 と言っても、自分のサインなんて考えたことすらなかったから、ただ名前を書いただけなんだけど。それが申し訳なくなるくらい彼女は喜んでくれた。

「あぁ、なんて良い日なんだろうか。 本当に、ありがとう!」

「い、いえ」

「そうだ。 まだ時間があるね。 少し二人で話さないかい? もっと結々ちゃんの事が知りたいな」

「え、えっと。 私で、よければ──」



 休憩所のソファーに並んで座ると、先程のお礼と言って缶のオレンジジュースをくれた。それをありがたく頂戴し、一息ついてから。

「あの、すごく申し訳ないんですけど。 貴方は?」

 結局どこで彼女の声を聴いたのか思い出せなかったので、今さらながら名前を尋ねたところ。キョトンと不思議そうな顔をされてしまった。

「あぁ、すまない。 つい名乗るのを忘れていたよ。 私は、五月女さつきめ織音しおん

「さつきめ……しおん、さん。 ん? んん?」

「こうすれば分かるかな」

「え。 あ。 ああぁぁぁぁっ‼︎」

 メガネを外し、後ろ髪を持ち上げてくれたおかげでようやく分かった。

 彼女は一昨年彗星の如く現れ、数々のヒット曲を出し、まだ出来たばかりの芸能事務所を瞬く間に有名にしたスーパースターアイドルShion。

 その歌声は『次代の歌姫』と称される程素晴らしく、聴いた者の心を『夢』や『希望』といったポジティブなイメージで満たして癒す。

 まさに現代社会の闇を祓う救済者メサイア

 その。そのShionさんが目の前にッ‼︎

「す、すみません! 全然、気づかなくて……」

 髪を下ろし、メガネをかけていて、歌っている時と若干声が違い……。ともかく、ほんの些細な変化だけで……。

 バカなの! 私、バカなの〜っ‼︎

「別に構わないよ。 寧ろ、さっきみたいに普通に接してほしいな。 私は」

 さっきまでの気づいていなかっただけ。いや、振り回されていたのが普通の接し方かどうかは分からないけども。あまり畏まった態度が好きじゃないなら。

「わ、分かり、ました。 なるべく善処、します」

「堅いなぁ。 同級生くらいフレンドリーに接してくれてもいいんだよ、ゆーちゃん」

「それは無理ですっ! せめて学校の先輩くらいでっ! あと、しれっと距離を詰めないでくださいっ!」

「はは。 やっぱり、面白いなぁ。 ゆーちゃんは」

「だ、だから。 ……もう……」

 この人、絶対に敵わないタイプの人だ……。

「ところで、どうしてあんなところで足踏みしていたんだい?」

「ッ‼︎」

 織音さん、気づいてて。

 じゃあ、さっきのアレも。二人で話そうと言ってくれたのも。

「私なんかが、入っていいのかなって」

 あくまでも初対面の相手だから躊躇う気持ちがなかった訳じゃない。でも、その声の柔らかさのせいか。素直に打ち明けることが出来た。

「随分とおかしな事を言うね。 ゆーちゃんにもオファーが来たんだろ? なら、いいと思うけどな」

「そうなんですけど。 私、普通の女子高生だから」

「自信がないのかい?」

「はい。 これっぽっちも」

 誇れるような実績もなければ、まだ自分の力で何も成し遂げていない。だから、自信を持つことは出来ないけれど。

 私の胸には──。

「でも、大丈夫です」

「すまない。 とんだお節介をしてしまったね」

「いえ、ありがとうございます。 おかげで緊張がほぐれました」

「なら、良かったよ。 昔からの悪い癖でね。 放っておけないんだ。 気になる子は」

「まぁ、ファンのくだりはやり過ぎだと思いましたけど」

「ん? それは本当だよ」

「……え……」

「んー。 確かに、そうだよね。 あのくらいじゃ伝わらないよね。 うん。 よし、分かった。 今からゆーちゃんの好きなところを語っていこう。 まず、笑顔。 特に歌っている時のね、楽しそうにニコッと笑うのが堪らなく可愛い。 こう、を通してね。 直接脳に可愛いが行き渡り、やがてそれは心を震わせ」

「……い。 い、言わなくていいですっ!」

「全身の血が沸騰するんだ。 そうするとね、自然と私も笑ってしまう。 感覚共有とはまさにこういう事を言うんだろね。 本当に素晴らしい笑顔だよ。 次は、その歌声。 何か特別な才能があるって訳じゃないんだけど、聴いていると胸の奥が」

「いいですからぁっ‼︎──」

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