Chapter 4.

 会議室の中に入った瞬間、肌がピリッとひりつくような感覚に襲われた。無論、それは他の参加者が錚々そうそうたる顔ぶれだったから。


 天乃あめのもみじ。彼女は陽の光を彷彿させるブロンドヘアーと晴れやかな笑顔がチャームポイントの王道系新人アイドル。

 特撮のように派手なパフォーマンスをするのが特徴的で、ネットでは顔と勢いだけのアイドルと揶揄されがちだけど。そんなことはなくて、ダンスの実力はかなりのものだ。

 その証拠に、という言い方は適切じゃないかもしれないけど。多くのプロダンサーから高く評価されていて、中にはデビュー時期が神姫命と被っていなければもっと活躍していたと言う人もいる。


 細波さざなみ鈴華すずか。彼女は落ち着いた雰囲気、丁寧な言葉遣い、黒のボブカットに白い肌と、まさに絵に描いたような大和撫子系アイドル。

 以前はアマチュアのグループで活動していたけど、脱退を機にソロデビュー。持ち前の透き通るような美しい声と歌唱力で数多くのファンを魅了し、アイドル特化の動画サイト『i lookアイルック』では常に上位にランクインしている。

 噂では近々映画の主題歌を歌うとか。


 サングラスにマスク、ニット帽と徹底的に顔を隠している正体不明のパーカーっ子。体格からして小……いや、中学生ぐらいかな。パッと見だと私と変わらない普通の子に見えるけど。

 昔からこういう場で正体を隠すのはすごい人物だと相場が決まっている。なんかオーラもすごい気がするし、きっと何かのスペシャリストに違いない。

 多分だけど。


 そして、スーパースターアイドルShionこと織音さんに、ただの女子高生の私。



 この人達と競い、勝たなければ神姫命の前には立てない──。



 一人一人挨拶を済ませた後、みんなと同じように最前列の席に着きフェスの立案者が来るのを待つ。

 そういえば、会議室と聞いた時はロの字の机やものすごーく長い長方形の机を囲うように座るのを想像していたけど。入ってみたらテーブルと椅子が前の演台を向いていて、学校の教室みたいだった。

 まぁ、プロジェクタースクリーンもあるし、打ち合わせをするならピッタリなのかな。

「ふ〜、ふ、ふ〜、ふふ〜ん」

 すぐ隣の席に座る織音さんはすごく嬉しそうで鼻歌まで歌っていた。

 テーブルの並べ方が三列の各三席だから2:2:1で座るときまりがいい。だから、同じテーブルになるのまでは分かるけど。一席空けないのは……どうして……。

「学校も隣の席にゆーちゃんがいれば、もっと楽しいだろね」

「あは、あはは。 私、九十分授業に耐えれるかな」

「九十分? 授業が?」

「え。 あれ? 織音さんって大学生なんじゃ?」

「私は高二だよ。 ゆーちゃんの一つ上」

「ま、またまたぁ。 ……本当ですか?」

「本当の本当だよ」

「ご、ごめんなさいっ! 織音さん、大人びてるからてっきり……」

「あぁ、大丈夫。 よくある事だから」


『待たせて申し訳ない』


 織音さんとの雑談を遮るようにドアが開き、清潔感のある短髪に縁無しのメガネをかけた真面目そうな男性が入ってきた。

 彼は演台まで進み『柿崎かきざき志信しのぶ』と名乗り、自分がこの企画の立案者であると言った。

「諸事情で俺以外の関係者は来ていないが」

「かーくん、いつも顔合わせは自分だけでするよね」

 さ、流石は織音さん。恐らく面識があるとはいえ、驚く程フレンドリーな接し方だ。

 そのせいで柿崎さんが鬼みたいに怖い顔でこちらを睨んできて……私まで悪いことしたみたいな気持ちに……。

「全く。 その方が効率がいいだけだ。 特に、今回はな」

「ッ!」

 今、目があった。

 柿崎さんは間違いなく私を見てそう言った。

 一体、なんで。

「本題に入る前に自己紹介も兼ねて君達の意気込みを聞かせてほしい。 右から順に頼む」

 それは柿崎さんから見て右なのか、私達から見て右なのか。もし柿崎さんから見てなら私が一番手になるけど。

「はーい!」

 判断に困っていたその時、一人で右奥のテーブルに座っていた正体不明のパーカーマスクちゃんが勢いよく立ち上がった。

「一番手! 衣兎いととるて、いっきまーす!」

 さっき挨拶した時、可愛いアニメ声だとは思ったけど。まさかバーチャルアイドルの衣兎とるてだったなんて。

 残念ながら、あんまり詳しくないけど。バーチャルアイドルは今ものすごく人気で……彼女はテレビに出たりして、一般人でも名前を知ってるくらい有名だから……。

 うん。きっと、彼女のパフォーマンスはすごいんだろなぁ。

「正直、命ちゃんは尊敬してて。 命ちゃんをぶっ潰す為の企画って聞いた時はピンとこなかったんですけど──」

 え、今なんて? 神姫命を、ぶっ潰す? この企画が?

 待って。待ってよ。確かに、神姫命は戦う為のステージと言っていた。あんなことまで言ってたきつけようとしてきた。

 けれど、

「ゆーちゃん、どうかしたの?」

「い、いえ。 大丈夫。 何でもないです。 あは、あはは……」

 神姫命を潰すつもりなんて、これっぽっちも。

 私は。私は、ただ。

「──って感じで、負けないように頑張りますっ! 以上!」

 私が狼狽えている内に、とるてさんは『潰すとまではいかないけど、自分の全力をぶつける』と。まさに模範回答と言っても過言ではない意気込みを言い終えていた。

 流石はプロ、きっとこういうことには慣れているんだと思った。だけど、それを聞いた柿崎さんは不満げな顔で『不合格だ』と告げた。

「へ?」

 私もとるてさんと同じで、その言葉の意味が分からなかった。でも、柿崎さんが続けて『この企画に君は必要ない』と口にしたことで理解した。

 私達はまだフェスに参加する権利を得ていなくて、今この瞬間に審査されていると。

「ちょ、冗談、ですよね?」

「君にはもっと相応しい仕事を用意する。 それが不満なら別の形で詫びる。 だから、今日のところは帰ってもらいたい。 今すぐに」

「あ。 あー、そういう。 はい、分かりました……お疲れ様です……」

 彼女はすぐに手荷物をまとめ、素直に部屋を後にした。

 その背中はとても寂しくて。私も、ああなるかもしれないとイメージしてしまった。


 ──それからもみじさん、鈴華さんと順に話した。

 二人は神姫命への対抗心があり、このまま彼女の影でくすぶるつもりはないと伝え、『合格』した。


「個人的に今の命にはゾクゾクしないから、でいいかな」

「あぁ、充分だ」

 言うまでもなく織音さんが『不合格』にされる訳はなく、残るは私一人。

 柿崎さんは『次』と口にして、私へ視線を移す。

 彼の真剣な眼差し。それに応える為にも軽く深呼吸をして気持ちを整えてから、正直に自分の想いを解き放つ。

「先にごめんなさい! 神姫命を潰すつもりはありません。 私は、もう一度……彼女の前に立ちたい」

 あの日、学校の体育館で『Mirage Strike.』を歌って、私なりにかつての貴方に応えることが出来た。胸を張ってそう言える最高のライブをした。しかし、それはあくまで私の中だけの話。ちゃんと貴方に応えた訳じゃない。

 けれど、もう胸にへばりつくような後悔はなくて。前へ、新しい私の道を進んでいける。

 そう思っていたところに貴方が現れて、この招待状を。願ってもないチャンスをくれた。

 本当は怖い。すごく怖い。

 また貴方に応えれず挫けてしまうかもしれないと、不安がまとわりつく。

 それでも、挑戦したい。ううん、挑戦する。

 だって、私は知ったから。

 雫がくれた心からの言葉── 『"Be brave."』。あれは単に背中を押してくれただけじゃない。雫は自分の弱さと向き合い、本当の勇気で私を導いてくれた。

 だから、私は今こうしてここにいる。再びあのステージを目指している。

 応えたい。雫の勇気に。

 応えたい。今の私で神姫命に。

「立って。 今度こそ、彼女のパフォーマンスに応える。 その為だけに来ましたっ‼︎」

 だから、私は突き進む。この勇気が導く運命の先へ。

「…………」

 何も言わず、鋭い眼を向けてくる柿崎さん。

 少し前の私なら怯んでいたかもしれない。でも今は怯まない。

 ジッと視線を返す。

「その言葉、忘れるなよ」



 ──柿崎さんは『合格』とは言わなかった。

 でも、『不合格』とも言わず、そのままフェスの打ち合わせをしてくれた。



「以上だ。 何か質問はあるか?」

「あの、一ついいですか?」

「何だ、宇佐美結々」

「パフォーマンス内容は自由なんですよね。 なら、私は」



 *



 揺れる電車の中。隣に座る織音さんは未だにほくほく顔だった。

「意気込みを言うまでソワソワしてるゆーちゃん。 可愛かったなぁ」

「や、やめてください! 恥ずかしいので……」

 顔合わせが終わって、その帰り道。織音さんも電車で来ていて、途中の駅まで同じだったので一緒に帰ることに。

「よっぽど不安だったんだね」

「不安になるに決まってます! あの後なら、なおさら」

「え〜。 ゆーちゃんが落ちる訳ないのに〜」

「結果的にはそうでしたけど。 今でも私が良くて、とるてさんがダメだった理由が分かりません」

「あぁ。 それはね、だよ」

「え。 、ですか?」

「かーくんはさ、演者のを見て判断するんだよ」

「つまり、とるてさんが落ちたのはサングラスを外さなかったから。 それだけで」

「そうなるね。 きっとあれは彼女なりのプロ意識だったんだろうけど。 相性が悪かったね」

「そういう人、いるんですね」

「だから、関係者とよく揉めるし、今回だって開催出来るかギリギリの綱渡り。 まぁ、それでも利益を出すからね! そういうとこだけは信頼されてるよ!」

「あは、あはは」

 返答に困り、苦笑いを返したその時。

 織音さんは先程までの軽い感じが嘘のように真剣な顔をしていて。

「その彼が君を選び、試した。 私も楽しみだよ。 君がどんなモノを見せてくれるのかね」

 真っ直ぐ私を見つめる織音さん。何だろう、この感じ。

 寒気、とは違うけど。背中をゆっくり指でなぞられてるような、深い海の底へ沈んでいってるような。

「じゃ、私はここだから。 またね、ゆーちゃん」

「はっ、はい。 お疲れ様です」

 軽く会釈をして織音さんと別れた。

 それから数秒後に電車は動き出し、車内が揺れる。ガタン、ゴトンと。

 そして、遅れを取り戻すように胸が高鳴った。



 フェスの開催はおよそ一ヶ月後の七月十一日。

 その間に、どこまで近づけるのかな。

 この胸に描いたステージに──。

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