Chapter 2.&side.茜

「おじゃまします」

 玄関でもしたように軽くお辞儀をしてから中へ入る。

 茜ちゃんの部屋は雫の部屋と同様にきちんと整理整頓されていて、流石は姉妹だと思った。

「お茶で大丈夫ですか?」

「うん。 お願いします」

「では、少し待っていてください」

 茜ちゃんが部屋を後にした瞬間、糸が切れたみたいにへたり込んでしまった。相手は友達の妹。しかも、あまり関わりがある訳じゃないから気まずいのもあるけど、理由はそれだけじゃない。

 茜ちゃんの髪型はふわふわ銀髪ボブで、瞳はくりっとしている。雫より背が低く、髪の長さも違うけれど。それを踏まえても二人の容姿はそっくり。

 だから、目の前に雫がいるように感じてしまい、つい身構えてしまう──。

「どうぞ」

「ありがとうございます」

 コースターに乗せたお茶が目の前のテーブルへ置かれた。それを受け取ると、茜ちゃんは対面へと座り、ジトーっとしたを向けてきた。

「そう畏まらないでください。 私の方が歳下なので」

「あー、ごめんね。 クセというか、何というか」

「結々は気を使い過ぎデス」

「ん゛っ⁉︎⁉︎」

「お姉ちゃんの言ってた通りです」

 び、ビックリした。茜ちゃんが雫の真似をしたら、こんなにもそっくりなんだ。

 いや、それよりも……雫、私のこと家族に話して……。何だろう、この妙な感じ。ムズムズとソワソワが同時に来るような。

「顔に出る。 これもお姉ちゃんの言ってた通りです」

「うっ。 そんなことまで」

「何せ結々さんはお姉ちゃんの推しですから」

「ッ‼︎」

 それを聞いた瞬間。胸がざわついて、口元が緩むのを抑えられなくなった。

「顔」

「ちっ、違うのこれは⁉︎ ……その、何だろ。 あは、あはは」

 苦笑いをし、はぐらかすようにお茶へ口をつける。

 渇いた身体に染み渡る冷たいお茶はいつも以上においしくて──ダメだ、現実逃避出来ない。物申したげな茜ちゃんの視線が痛い……。

 こうなったら歳上の尊厳(?)を守る為、強引にでも話題を変えるっ!

「そういえば、今日は一人で家にいたの?」

「はい。 一応、受験生なので」

「あ、そうなんだ。 どこ受けるの? やっぱり、雫と同じ白女はくじょ?」

「候補の一つではありますが。 まだ何とも」

 茜ちゃんは涼しい顔でお茶を一口飲むと、どうして私が白女を選んだのか聞いてきた。正直、大した理由じゃないから言いづらかったけど、素直に話すことに。

「家から通いやすかったのと……制服が可愛かったから、かな」

「同じですね。 お姉ちゃんも制服が可愛いからと」

「そうだよね! やっぱり、可愛いよね‼︎」

「や、あの」

「初めて見た時、何ていうのかな。 こう、ビビッときたんだよね! あぁ、これ着て街を歩きたいなぁーって!」

「いいんですか、それ……。 将来とか、やりたい事とか。 そういうの、考えなかったんですか?」

「んー。 あの頃は自分のことで精一杯だったし、今でもまだ将来のことは考えてないよ。 でもね」

 雫の笑顔が脳裏に浮かび、胸がトクンと高鳴る。そのまま続けて『やりたいことを見つけれたから結果オーライかな』と言ったところ、茜ちゃんは悩ましげな顔で黙り込んでしまった。

 や、やっちゃった⁉︎ これ、やっちゃったのでは……。

 受験で何か悩んでるように見えたから、それとなく『未来は明るいよ!』、『何とかなるよ!』的なことを言って、励ましたつもりなんだけど。そもそも私みたいな何も考えてなかった人に言われても、だよね。あぁ、どうしよう、どうしよう、どうしよう……っ!

「結々さん、聞きたい事があるんですけど。 いいですか?」

「はい! な、何かな?」

「お姉ちゃんのこと。 教えてくれませんか? ……その、学校でのお姉ちゃんがどんな感じなのか気になって」

「茜ちゃん。 うん、いいよ! 何でも話しちゃうよ!──」




 あっという間に時間は過ぎていき、部屋の灯りをつけた頃。コンコンコンとノックが鳴り響き、勢いよくドアが開いた。

結々ゆゆっ‼︎」

「あ、おかえり。 雫」

 今帰ってきたばかりの彼女は何やら慌てた様子。どうしてそんなにも慌てているのか聞こうとしたその時、ガシッと手を掴まれた。

あかね、ありがとデス! 結々ゆゆ、行きマショー!」

「え、ちょ、荷物! 荷物があるの! っと。 あ、茜ちゃん、またねッ!」

 そして、そのまま手を引かれて部屋を後にした──



 * * *



 ・side. 茜


『……やりたい事を見つけれたから結果オーライ、か。 結々さん、お姉ちゃんが言ってた通りの人だったな』



 * * *



 場所を移し、雫の部屋。

 雫に促されるままベッドへ腰掛けると、彼女も同じようにベッドへ腰掛けた。

「急にごめんね」

「いえ。 それより、どうして家に?」

「これ、見てほしくて」

 紙袋から白のドレスを取り出すと、雫は驚いた顔をしてから『似てマスネ』と微笑んだ。

 このドレスは百合の花をモチーフにしていて、大きなリボンが特徴的。それは雫が言ったように私が憧れる少女達が最初のステージで着ていたものとよく似ている。

「菊花が作ってくれたんだ。 今度のフェスの為に」

「そう、なのデスカ。 ……どうして、私に?」

 やや声が震え、視線をそらす雫。きっと、それは私が突然訪ねてきた理由を察したからだと思う。

 一呼吸置く。

 覚悟してやって来ても、やっぱり怖い。怖くて『嘘』を吐きたくなる。同好会の仲間だから着ている姿を一番最初に見て欲しかった、なんて耳触りのいい『嘘』を。

 そうすれば、雫はパァっと明るい笑顔を見せて、自分のことのように喜んでくれて。一人でもステージに立てるよう背中を押してくれるに違いない。

 けど、

「このドレスを見て、やっぱり雫とステージに立ちたいって思った」

 そんな甘い幻想を振り払い、本当に伝えたい言葉を紡ぐ。

「私ね。 カラオケで初めて一緒に歌った時、すごく楽しかった。 公園で一緒に『Shooting sonic.』を歌ってくれた時、本当に嬉しくて。 あの瞬間が今も忘れられないくらい楽しかった。 雫はどうだった?」

 無論、彼女からの返事はない。それどころか俯いて、こちらを見てくれなかった。

 だけど、続ける。

「一緒に部を設立する為に頑張って、一緒にゲームセンターで遊んで。 雫といるとね。 いつも、いつも楽しかった。 だから、誘ったの」

 涙が溢れそうになっても。胸が締めつけられるように痛くても、やめない。

 だって、

「私は憧れの二人みたいに『大好き』を繋いで、それをどこまでも広げて、遠くへ響かせるアイドルになりたい。 この胸に灯してもらった『大好き』を終わらせない為に。 雫とならその夢を一緒に叶えれると思ったんだ」

 言葉にしないと想いは伝わらない。相手からも、伝えてもらえない。

 ホント、もう。ちゃんと話しなよって心珠ちゃんに言っておきながら、自分は出来ていなかったなんて。

「雫は。 嫌だった?」

「…………」

「楽しく、なかった?」

 顔を上げてくれた彼女とが合う。

 そして、しばらく間を置いてから彼女は『楽しくなかったデス』と口にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る