Chapter 1.
『これからよろしくね。 結々』
クラスメイトになった。しかも、席は私の隣。まるでドラマのようによく出来ていて、今でも信じられない。
どうして彼女は突然白陽に転入してきたのか。当然理由を聞いても話してくれなくて真相は闇の中。だけど、そんな事はもうどうでもいいと思える程、大変なことが起きた。
『はい。 これ』
『ん? え。 えーと。 これは?』
『入部届に決まってるじゃない』
『入部届。 あぁ、入部……って、入部⁉︎ 入部届ぇっ⁉︎ な、なんで美采がアイドル同好会にっ?』
『はぁ、全く。 勘違いしないで。 名目上入るってだけよ』
彼女曰く入部するのはあくまでコーチとしてアイドル同好会の活動に参加する為とのことで。そもそもどうして現役アイドルの美采が私みたいな学生のコーチをしてくれるのか。
やっぱり、その理由も教えてくれなかった──
「何よ。 ここ」
「何って。 アイドル同好会の部室だよ」
入り口のドアに吊るしてある雫お手製のかわいいネームプレートを指さしながら美采の質問に答えると、ジトーッとした目を向けられた。
「いや、ここ物理準備室でしょ」
「違うよ。 奥の部屋はちゃんと私達の部室だよ。 ほら、見て」
ドアを開け──あちこちに築かれた段ボールの山、実験に使う機材と担当教員の私物等をぎゅぎゅっと詰め込んだ棚、申し訳なさ程度に置かれた長机にイス、使い古されたホワイトボード。そして、部屋に充満したコーヒーの匂いはご愛嬌! 我らが同好会の部室を見せると、しばらく間を置いてから美采は大きなため息をついた。
「よくこんなところを部室って言えるわね」
「失礼な。 これでも雫と一緒に頑張って掃除したんだからね」
「そうじゃないわよ。 脇に追いやられてるみたいって言ってるの」
「そりゃ、かろうじて出来た同好会だし。 私達、着替えさえ出来たら十分だし。 贅沢は言えないんだよ」
中に入って机にリュックを置き、着替えを始める──前に、美采には部室の外で待ってもらうようにお願いした。すると、案の定不満げな顔でその理由を聞いてきたので『雫が恥ずかしくて着替えられないから』と正直に言ったところ。彼女の眼は鋭く、般若のように怖い顔になった。
「はぁ? どういう意味よ、それ! 大体、何でその子はずっと貴方の後ろに隠れてるのよ!」
その声の大きさに驚いたのか。私の背後に隠れ、肩を掴んでいる雫の手にギュッと力がこもった。
「ほら、雫にとってアイドルは神様みたいなもので、神姫命推しだからね。 緊張しちゃうんだよ」
「今の私はアイドルの
「まぁまぁ。 そのうち慣れると思うから」
「それっていつなのよ」
「いつって。 そんなこと聞かれても」
「何月何日何時何分何秒? 来週? それとも一ヶ月先?」
「や、小学生じゃあるまいし」
「そのうちとか、いつかとか。 そんな楽観的でいいの? それで……」
美采は突然切ない顔をして、そのまま押し黙ってしまった。そんな彼女を見ていると寂しいような、悲しいような。不安げな子どもに手を差し伸べて安心させたい、みたいな気持ちになった。
けれど、
「あーもう! 我慢ならないわ!
すぐに彼女が弾けた為にその気持ちは瞬く間に霧散してしまった。
「ちょっと!」
「ひゃわぁっ」
強引に詰め寄る美采と私の背中に必死にしがみつく雫。想像し得る限り最悪の板挟み状態になってしまった……。とりあえず、事を荒立てても状況は好転しない。だから、美采には落ち着いてもらいたかったけれど。
「す、ストップ! ストォーップ! そんな強引に迫っても」
「貴方は黙っててッ‼︎」
「うっ。 ……はい……」
私には荷が重かった。
「雫・クレスウェルッ‼︎」
「うひゃぁぁぁっ。 な、何れショーひゃ?」
「これから私と貴方は一緒に部活動をするの。 言ってる意味分かる?」
「……デス……」
「じゃあ、私が何を言いたいか分かるわよね?」
「うぅ……れ、れもぉ……」
「私も鬼じゃないわ。 今すぐどうにかしろとは言わない。 けど──覚悟なさい」
と、冷たく圧のある笑顔で言っていたものの。それに反して(?)美采は地道に雫との距離を詰めていった。
朝、登校したら挨拶。休み時間は自分から声をかけて、お喋り。お昼も一緒に食べたりと、何か特別距離を縮めるような事はせず、クラスメイトとして普通に接し続けた。もちろん初めは上手くいかず雫に逃げられたり、まともに会話が出来なかったりと大変だった。けど、一週間もすれば他のクラスメイトとほぼ同じように接することが出来るようになっていた。しかし、美采からするとそれではまだ十分とは言えないようで。最後の仕上げとして三人で出かけることになった──
夏休みに入って最初の日曜日。
集合場所の駅のホームへ着くと、ベンチに腰かけている雫を発見。すぐさま駆け寄り、挨拶をするとぎこちない笑顔で『お、おはじゃマスッ』と返ってきた。これにはつい苦笑い。
「早いね」
「ゔっ。 実は、家に居ても落ち着かなくて……」
駅の時計で時刻を確認すると九時四十分過ぎ。約束の時間までまだ十五分程ある。なので、彼女の隣に座り、少し話すことに。
「そのパーカー。 ずっと欲しいって、言ってたやつだよね」
「デス! 一昨日届きまして。 せっかくなのでお見せしようかと」
雫が着ているオーバーサイズのカエルパーカーは彼女の好きなアニメと有名ブランドのコラボ商品。入学した頃から再販を楽しみにしていて、先週ようやく買えたと喜んでいたのをよく覚えている。
「あのっ。 どう。 デスカ?」
雫はスッと立ち上がり、クルリと一回りして服を見せてくれた。
「んー、そうだなぁ」
パーカーにしてはやや丈が長く、魔法使いのローブっぽく見えた。だから、それを伝えたところ、彼女はニコッと笑ってから『魔法少女デスカラ』と、得意げな顔をした。
「あ。 じゃあ、その靴も。 それも」
「デスデス!」
水玉模様のソックスに茶色のブーツ。さらに小さめのショルダーバックにはステッキを模しているであろうキーホルダーを付けていて、今日の雫のコーデは魔法少女がテーマになっていた。
「おぉっ、すごい。 めちゃくちゃかわいいよ!」
「んッ、んぅ……。 ありがとデス」
ほんのりと頬を赤く染め、フードを深く被る雫。その仕草もかわいかった。
「……
「ッ!」
私はシャツにオーバーオールと至って普通。それに雫みたいにテーマも考えていなければ、動きやすくていいくらいの理由で選んだ。だから、そういう風に言ってもらえたのは予想外というか。寧ろせっかくのお出かけだし、もう少しかわいげのある服にすれば良かったとさえ思っていた。
でも、
「ありがとう、雫」
彼女にそう言ってもらえて嬉しい。まぁ、褒め合っているのはほんのちょっぴり恥ずかしいんだけれど。と、それはさておき。
「ところで暑くないの?」
今年の夏は例年より涼しいとはいえ陽射しが優しい訳じゃない。今日だって日陰の外を歩いた途端にジワジワと汗をかいてしまうくらいには暑い。一応見た感じ生地は薄そうだけど、それでもこの暑さはきついんじゃ。
「暑くないと言うと嘘になりマスガ。 オシャレとは時に我慢が必要デス。 本で読みました!」
「あははぁ……。 でも、熱中症で倒れたら元も子もないよ」
「
自信満々に見せてもらったショルダーバッグの中には、水筒、塩飴、クールタオル、ハンディファンに折りたたみ式の日傘等。これでもかと暑さ対策グッズが入っていた。
これなら大丈夫だろうけど。そこまでするものなんだ、と思ってしまう。
『待たせたわね』
お馴染みの声が耳に入る。すぐさま声の主へ目をやると、そこには長い茶髪を編み込んでポニーテールにしているメガネの少女がいた。
彼女の服装は、白のティアードワンピース──上衣はキュッとしめられている感じで、スカートは段々と重なり、裾に向かって広がっていた。そのシルエットはリゾート地を優雅に歩くお嬢様を連想させ、きっとあのスカートをふわりと風になびかせる姿はとても綺麗なんだろうなぁって。
「何よ、ジロジロと」
「え。 あ、美采。 美采だよね?」
「は? 何の確認よ」
「えーと、いつもと雰囲気が違うから。 別人みたいというか」
「まぁ、それはどういう意味かしら?」
先程イメージしたお嬢様の如くニッコリと微笑む美采。彼女の言葉遣いは丁寧で、声色も優しいのに──圧がすごかった。もしここで返答を間違えようものなら、すぐさま拳骨が飛んできそうな……。ともかく逆鱗に触れないよう慎重に言葉を選び、『ギャップを感じて』と口にしたその時。何故か、雫が『分かりマスッ!』と叫んだ。
「いつもの
私とは少し温度差があるものの、抱いた感想は概ね同じと言えなくもない。それに乗っかる訳じゃないけど、雫と同じように自分が感じたことを素直に美采に伝えた。すると、若干引き気味というか。よそよそしいというか。何とも言えない微妙な顔をされたけれど。
「……そう。 ありがと」
怒られずに済んで良かった。
「くぅぅぅっ。 推しからのありがと。 幸せ。 幸せ過ぎマス……ッ‼︎」
まぁ、その後の雫の止まらない推しへの愛で台なしになった感は否めないけど。
*
「そういえば、その伊達メガネどうしたの? 変装用?」
電車に乗り、四人掛けで向かい合わせになっているシートに座ってから気になっていたことを聞いたところ、即座に『そうじゃない』と否定された。
「これはあくまでオフの証。 遠回しに話しかけるなって意思表示よ」
「ふーん。 それで何とかなるものなんだ」
「まぁね」
「そういえば、いつもはしてないよね? なんで?」
「いつもは制服を着てるから分かるでしょ。 普通」
「あ、そっか」
芸能人って意外と普通に過ごせるものなんだ。もっと大変かと思ってた──
「あ、あのっ! み、みこひ、わわわっ私、ふぁ、ファンで、その、ああ、あく、握手っ! 握手っ!」
「ごめんね。 気持ちはすごく嬉しいんだけど、今はプライベートでね。 そういうこと出来ないみたいで」
「……あ。 そう、ですよね。 あのっ、これからも応援してますからっ!」
「あははー。 よろしくねー」
嵐のようにやってきて、嵐のように去っていった神姫命ファン。彼女への対応が何事もなく済み、一安心。さっきの子は私達と同世代っぽかったし、すごく話しやすかった。それに反応も雫に似てて、ちょっとほっこりしたなぁ。
でも、
「美采。 ちょっといいかな」
これ以上は我慢出来ないので近くのお手洗いへと移動し、
「随分とマネージャーが様になってきたじゃない」
「様になってきた、じゃないよ! どうなってるの! 全然意味ないじゃん、それ!」
目的の駅に着いてはや二十分。初めは、いくらオフと分かっていてもファンなら声をかけたくなるよね。やっぱり神姫命の人気はすごいんだなぁ、程度にしか思ってなかったけど。数が、数がすごく多かった……。今や日本を代表すると言っても過言じゃないレベルで大人気アイドルだから仕方ないとはいえ……ファンなら多少は配慮して……。美采も美采で途中から面倒になってきたのか。私にファンへの対応を押しつけ、マネージャーの真似事をさせてきたし……酷い……。
「……流石に、もう疲れたよ……」
「わ、悪かったわ。 前はこれで大丈夫だったから。 ここまでとは、知らなかったの」
「はぁ。 とりあえず、ちょっとの間ここで待ってて──」
*
「何よ。 これ」
十数分後。
お手洗いに戻り、紙袋を渡すと美采は露骨に嫌そうな顔をした。
「ワニさんパーカーだけど」
「まさかとは思うけど」
「まさかじゃないよ。 着て」
「冗談じゃないわ! どうして私がこんな暑い日に、こんなパーカー着なきゃいけないのよ!」
「暑さなら大丈夫だよ。 雫が対策グッズいっぱい持ってるし。 それに私は暑さよりも大変な目にあった気がするんだけど」
「くっ。 貴方ね」
「ワニさんが嫌なら、こっちのエリマキトカゲさんパーカーにする? このビローンって広がるエリマキかわいいからおすすめだよ」
「……こっちでいいわ」
「ふふん。 よろしい」
*
「はぁ。 まるでディ◯ニーラ◯ドで浮かれてる人達みたいだわ」
ようやく駅を出ても美采はまだ不満気だった。
確かに、この街ではカエルさん・ワニさん・エリマキトカゲさんのパーカーを着ている三人組は明らかに浮いている。でも、神姫命のファンからは声をかけられなくなったし結果オーライ。
それに、
「ふ〜ふ〜、ふふ〜ん」
一体感(?)からなのかな。雫も上機嫌になったし、万々歳だ。
ただ、一つ文句があるとすればエリマキトカゲさんよりオオサンショウウオさんの方が良かったなぁ。まぁ、売り切れてたから仕方ないんだけど。
「で、どこへ行くの?」
「ん? 美采が考えてくれてるんじゃないの?」
「は? 何で私頼みなのよ」
「だって、美采が誘ってきたから。 てっきり行きたい場所があるんだと」
「行きたいも何も。 私、今日初めて来たんだけど」
「うぇぇっ⁉︎」
ついマヌケな声が出てしまった。
芸能人の美采のことだから若者の街というか。私的には行きにくいようなおしゃれ街でも平気で行くんだろうなぁって思ってた。それなのに、まさか初めてだったなんて……。
「貴方達、普段こういう所で遊ぶんでしょ? ほら、さっさと案内してよ」
「いや、私はこういうとこ来ないし」
「じゃあ、貴方は?」
「え。 あ、私も
「ちょっと。 じゃあ、どうするのよ」
「や、どうするのって聞かれても……どうしよ……」
初めてのお出かけは、いきなり大ピンチに陥ってしまった。
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