第27話
☆☆☆
翌日、目が覚めた時見知らぬ天井が見えてマサシは飛び起きた。
そして昨日の出来事を思い出してホッと胸をなでおろす。
自分は今マサシではなく、ヒデアキになっているんだ。
姿見の前に立ってみると整った顔の自分が移ってついニヤけてしまう。
Tシャツを脱いでその体をマジマジと観察してみると、ほどよく筋肉がついて無駄な脂肪は少しもついていないように見えた。
「すげーなー。どうやったらこんな体になるんだよ」
力こぶを作ってみたり、ポーズを決めて見たりしている間にあっという間に時間が経ち、部屋のドアがノックされた。
「ヒデアキ起きているの? 今日は仕事でしょう?」
母親の声に「あっ」と呟く。
そう言えばそんなことを言っていたような気がする。
でも自分はモデル経験もないのだから断らないとと思っていたが、ふと鏡の中の自
分と視線がぶつかった。
鏡の中の自分はヒデアキそのもので、文句のつけようがないくらいにカッコイイ。
その姿を見ていると仕事を断るのが惜しくなってきた。
「モデルの仕事か……」
1度くらい経験させてもらったっていいはずだ。
その次からはちゃんと断る。
そうしよう。
マサシはそう決めて、仕事へ向かうため着替えを始めたのだった。
☆☆☆
「おはようございまぁす」
現場に向かうと真っ先にキレイな女性が声をかけてきてくれた。
マサシは一瞬言葉に詰まったが「お、おはようございます」と、どうにか声を絞り出した。
ヒデアキが今回乗る雑誌は女性向けのファッション誌らしく、専属の女性モデルとの絡みの写真もあるみたいだ。
「ヒデアキ君はこっちね」
促されるままについて行き、椅子に座らされたかと思うと手早く化粧を施される。
鏡の中の自分の顔はみるみる内に変化していって、スッピンのときよりも更に際立
つ男前が出来上がっていた。
ヘアメイクも衣装も終わって、控室から出てきたときには撮影の準備もすでに整っていた。
白い布を背景にして赤いソファが置かれている。
その前にはカメラがセットされていた。
「ヒデアキ君はじめまして。トオコです」
後から声をかけてきたのはさっきの女性だった。
女性も撮影準備を終えていて、さっきよりも綺麗になっている。
髪の毛はふるゆわに巻かれて肩まで垂れていて、近づくと甘い香水の香りがした。
「は、はじめまして」
ぎくしゃくしながらお辞儀をすると、トオコと名乗ったモデルはクスッと笑った。
口角があがったその表情はとても愛らしくて心臓が高鳴る。
「はい、じゃあ2人共スタンバイして!」
スタッフの声に急かされるようにして、2人は撮影セットへ歩いて行ったのだった。
☆☆☆
すべての撮影が終わった後でもマサシは夢見心地だった。
真っ赤なソファでトオコと絡み合って写真を撮った。
最初はどんな表情をすればいいかわからなくて、カメラマンさんを困らせてしまったけれど、トオコは何気ない世間話をしてくれてどうにか表情が緩んできたのだ。
それからの時間はまたたく間に過ぎて行った。
ポーズや衣装を変え、セットも変えて撮影している間に夜になっていて驚いた。
慣れない仕事をしたせいで体は疲れていたけれど、気持ちは興奮状態にあって疲れも感じられなかった。
そしてなにより驚いたのは……。
マサシはポケットの中に入れておいた紙切れを取り出して確認した。
そこにはトオコの電話番号がメモされているのだ。
撮影が終わったときに、耳元で「連絡してね」と言って手渡されたものだった。
トオコの顔を思い出すと頭の芯がぼーっとしてきてしまう。
世の中であんなにキレイな人がいたんだと、初めて知った時間だった。
「そのメモはお母さんが預かっておくわ」
家に戻った途端、母親がそう言って手の中のメモを奪い取ってしまった。
「なにするんだよ!?」
慌てて取り返そうとしたが、後から父親に引き止められてしまった。
「お父さん、お母さんが俺のメモを取ったんだ!」
「仕方ないだろう。恋愛はご法度なんだ」
「え?」
振り向くと険しい表情の父親がいて、怯んでしまいそうになる。
だけどあのメモは自分がもらったもので、両親に奪われる筋合いはなかった。
「あの子、スクープを狙っているのよ。週刊誌に写真を取られればニュース番組でも取り上げられる。一躍有名になるには、手早い手段よね」
母親はそう言いながら忌々しげにメモを引き裂いた。
「あぁ!!」
せっかくもらったメモはバラバラになって床に落下する。
マサシはそれを唖然として見つめた。
「学校内でも特定の女の子と付き合ったり、仲良くしたりするんじゃないぞ? 写真を取られればお前の将来の傷になる」
将来の傷……?
父親の言葉に愕然としてしまう。
学校内で1番人気者で、かっこよくて、いつでも女子たちが群がっている。
そんなヒデアキはマサシから見れば羨望の的だった。
「女の子のことなんて考えなくていいの。あなたは自分の道を真っ直ぐに進むだけでいいの」
そんな……。
ヒデアキの生活を垣間見たマサシはなにも言えなくなってしまったのだった。
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