第2話 歴史メガネ

恐怖学園の3年生たちは受験シーズンということでピリピリとした雰囲気が漂う教室内にいた。



「だから、大きく分けて古代、中世、近世、近代、現代に分けることがえきるんだ」



3年C組の教室内からそんな声が聞こえ漏れてくる。



覗き込んでみると1人の男子生徒が教室の真ん中の机に座り、その周りにクラスメートたちが集まっていた。



「すごい、やっぱりクニヒコ君は歴史に詳しいね!」



尊敬の眼差しを向けたのは長い髪をポニーテールにした女子生徒、ハルカだった。



ハルカは学年でも1番の美人と言われていて、クニヒコの頬は自然と赤く染まる。



「飯田は歴史博士だからなぁ」



腕組みをして感心したように横から声をかけたのはC組の担任教師だ。



歴史を担当科目としていて、貫禄のある男性だった。



みんなから褒められたクニヒコは頬を赤らめて微笑む。



歴史はクニヒコの得意科目で誰にも負けない自信があった。



こうしてクラスのみんなの前で知識を披露することだって初めてじゃない。



そのたびにみんなクニヒコをすごいすごいと褒めてくれるので、クニヒコは夢中になって歴史の知識を深めて行った。



「クニヒコくん」



みんながそれぞれの席へ戻っていった時、ハルカだけがその場に残ってクニヒコに声をかけてきた。



「な、なに?」



密かに思いを寄せているハルカに声をかけられたクニヒコは驚きと喜びで、また頬が少し赤くなった。



「私歴史って苦手科目なの。よかったら教えてくれない?」



そう言う手には教科書が握りしめられている。



「も、もちろん! 俺で良ければ教えるよ」



「よかった!」



ハルカは笑顔で教科書を開いたのだった。


☆☆☆


休憩時間中ずっと一緒にいた2人は、帰りがけ偶然隣を歩くことになった。



「クニヒコ君の家ってこっち方向だったんだね、全然知らなかった」



「俺も、ハルカちゃんの家が同じ方向だなんて知らなかったよ」



クニヒコは緊張を隠しながら答える。



2人の間にはカバン2つ分の距離があった。



「もしよかったら、帰りながら歴史の勉強を教えてあげようか?」



「え、良いの?」



「もちろん!」



クニヒコは教科書なんて取り出さなくてもおおまかな歴史のことは頭の中に入っている。



ハルカに質問されたところを記憶の中から掘り出して、それを口に出すだけでよかった。



「さすがだよね。教科書で調べなくても全部覚えているなんてすごいよ」



「へへ。昔から記憶力はいいんだ。だから数学とかは全然ダメ」



「数学は私も苦手だよ。いいなぁクニヒコ君は1つでも得意科目があって」



ハルカが心底羨ましそうに言うので、休日勉強会をしないかという誘いが喉まで出かかった。



ハルカと一緒の時間をもっと作りたかったし、好きな子と一緒に受験勉強ができたら最高だ。



そう思って口を開きかけた時、大きな川に行き着いた。



クニヒコはいつもこの橋を渡って帰っている。



「ハルカちゃん、この橋の名前を知ってる?」



「知ってるよ。クビ橋でしょう?」



「そうだよ。じゃあ、どうしてクビ橋って呼ばれるようになったか、知ってる?」



重ねて質問をされてハルカは首を傾げた。



橋の名称の由来なんて考えたこともない。



ハルカがわからないと答えると、クニヒコは自信満々に笑ってみせた。



「ここは戦国時代に、敵の首を取って洗った川なんだ。だからクビ橋っていう名前が付けられたみたいだよ」



「敵の首を……?」



怖い話しが苦手なハルカはサッと青ざめた。



そんな歴史のことなんて知らずに毎日通っていたことが恐ろしくなったのだ。



「そうだよ。気になって調べたんだ」



「そうなんだ……」



クニヒコの好奇心と行動力は尊敬するところがあるけれど、ハルカは慌てたようにクニヒコより先へ歩き出した。



「ごめんクニヒコ君。お母さんからお使いを頼まれていたことを忘れていたの。もう行かないと」



「えぇ、そうなんだ」



せっかく一緒に帰ることができたのに、勉強会の誘いだってできていないのに、ハルカは小走りで帰っていってしまったのだった。


☆☆☆


家に戻ってきたクニヒコはリビングにいる母親への挨拶もそこそこに自室へと向かった。



カバンをベッドに投げ出して机に座り、本棚に沢山並んでいる歴史書の一冊を取り出した。



それは大人が読むような分厚い本で、開いてみるとほとんど文字で埋め尽くされていた。



クニヒコは背筋を伸ばしてその本を読み始める。



大好きなハルカにもっともっと近づきたくて。



クラスのみんなから、もっともっと尊敬されたくて。



「クニヒコ帰ってるんでしょう?」



しばらく本を読みふけっていたら部屋の外から母親の声が聞こえてきてクニヒコは本から視線をあげた。



窓の外はすでに暗くなり始めていてギョッと目を見開く。



歴史の勉強をしているとつい時間を忘れてしまうのだ。



「帰ってるよ」



返事をして立ち上がると、同じ体勢のままでいたので体のあちこちが痛くなった。



「また歴史の勉強? 他の科目はちゃんと勉強しているの?」



母親は机の上に広げられている本を見て呆れたため息を吐き出す。



クニヒコが歴史以外の勉強をしているところなんて、ほとんど見たことがないのだ。



「いいだろ別に」



クニヒコは仏頂面になって言い返す。



世の中には全く勉強をしないヤツだっているんだ。



そんな連中に比べれば自分はよくがんばっているほうだと思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る