第3話

「全くもう。それなら引っ越しの準備を進めなさい」



「はいはい」



クニヒコは適当に頷いてドアをしめる。



部屋の中の物はすでに半分ほどダンボールに詰め終わっている。



ただ、本棚の歴史書だけは最後まで出していたかった。



いつでも好きな時に読めるようにしておきたかった。



クニヒコは真新しいダンボールをクローゼットの中から取り出すとCDの棚へと近づいた。



音楽も好きだけれど、今はスマホで聴くことができるから先に片付けてしまおう。



「受験生なのに引っ越しなんて、ついてないよなぁ」



クニヒコはため息交じりに呟いたのだった。


☆☆☆


翌日、クニヒコは鼻歌まじりに学校へ登校してきていた。



昨日寝る前にもう1度歴史書を開いてみると、面白い記事を見つけたのだ。



学校の教科書で読んだことのない記事を頭に叩き込んで、今日みんなに披露してやるつもりだった。



きっと、みんな驚くぞ。



わくわくしながら3年C組の教室を開ける。



「おはよー!」



と、いつもどおり元気に挨拶をしたとき、クラスの中心にタカシがいることに気がついた。



タカシは同じC組の生徒で、成績優秀で運動もよくできた。



タカシはいつもクニヒコが座っている机に座って、みんなに数学の勉強を教えているところだった。



「この数式に当てはめてみてよ。そうすれば簡単に解けるから」



「本当だ! タカシ君ってすごいよね。数学だけじゃなくて他の科目も得意なんだよね?」



「得意ってほどじゃないよ。だけど、わからないところがあったら遠慮なく行ってよ」



タカシへ羨望の眼差しを向けているハルカの姿にクニヒコは絶句してしまった。



あの場所は俺の場所だったはずなのに、なんであいつが……!?



今日はとっておきの歴史を用意してきたのに出鼻をくじかれた気分になり、クニヒコはタカシを睨みつけた。



それに気がついたタカシが一瞬眉を下げて申し訳なさそうな表情を浮かべる。



その場所を返してくれるのかと思った時、担任の先生が入ってきた。



「今日は赤坂に勉強を教えてもらってるのか。どれどれ」



興味を持った先生がタカシに近づいて行ったことで、タカシはその場から離れるタイミングを失ってしまった。



「数学か。まぁ赤坂に習っておけばどんな科目でも間違いないだろう」



先生の言葉にタカシの頬が赤くなる。



嬉しそうに笑っているその顔を見るとだんだん腹が立ってきた。



クニヒコはタカシの方を見ずに自分の席へ向い、バンッとわざと大きな音を立ててカバンを机に置いた。



それでもみんなタカシの元を離れようとしない。



気にしないふりをしようとすると余計に気になってきて、チラチラと横目でタカシの様子を確認する。



すると和の中にハルカの姿を見つけて思わず唸り声をあげてしまった。



昨日一緒に帰ったハルカが今日はタカシと一緒にいる。



そのことが胸の奥に澱をつくっていくようだった。



しかしそんな気分になっているクニヒコのことなんて誰も気がつかなかったのだった。


☆☆☆


その日1日クニヒコは機嫌が悪いままだった。



昨日の夜せっかく仕入れた歴史についても結局話す機会がなかった。



一方のタカシは休憩時間になるたびに別の科目をクラスメートたちに教えていて、みんなもそれに群がっていた。



クニヒコが一番イライラした気分になったのは、タカシが歴史について話し出したときだった。



「歴史の勉強なら、僕よりもクニヒコの方が得意だよ」



「そんなこと言わないで、タカシ君が教えてよ」



ハルカがそう言うのを聞いて、クニヒコは少なからずショックを受けた。



どうしてハルカはタカシに歴史を習おうとしているんだろう。



昨日の帰り道橋の名前の由来を教えてあげたことを忘れたんだろうか。



「そう? じゃあ今僕らが暮らしている街についての歴史なんだけど……」



タカシが披露した歴史は戦争中この街に落とされたミサイルについてだった。



それについてはクニヒコもすでに知っていた。



みんなは知らないかもしれないけれど、とてもポピュラーな話で聞いていてもちっとも面白くない。



知っていて当然と言ってもいいくらいの歴史にあくびが出てくる。



そんなときだった。



「で、そのミサイルは今でも郷土資料館にあるってわけ」



と、タカシが締めくくった。



その言葉にクニヒコが顔を上げる。



「それ、間違ってるよ」



立ち上がってつい口出しをしていた。



タカシの周りに集まっていたクラスメートたちが振り返る。



「郷土資料館にあるのはミサイルの模型で本物じゃないんだ。本物のミサイルは県の北部にある戦争資料館に保管されてる」



この情報は間違いないはずだった。



確か、一週間後に本物のミサイルがこの街に戻ってくるとニュース番組で見たことがある。



「へぇ、今あるミサイルは模型なんだね」



ハルカに言われてクニヒコは背筋を伸ばして頷いた。



「あぁ、そうだよ」



どうだ、知らなかっただろうとタカシへ視線を向けると、タカシはスマホで何かを調べていた。



どうせ俺の言ったことが正しいかどうか、慌てて調べているんだろう。



自分の間違いを認めたくないからそんなことをするんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る