第8話

☆☆☆


「今日は色々と教えてくれてありがとう。とても楽しかった」



放課後、首橋まで一緒に帰ってきたハルカが立ち止まってそう言った。



「俺もハルカちゃんと話ができて楽しかったよ」



「じゃあ、また明日ねクニヒコ君」



ハルカは楽しそうに笑って手を振り、背を向けてあるき出す。



クニヒコはしばらくその後ろ姿を見送って大きく息を吐き出した。



今日ほど沢山ハルカと話をしたことはなかったかもしれない。



ハルカが苦手そうな怖い話しを避けてあげたこともよかったのかもしれない。



ハルカの姿が見えなくなるまで送った後、クニヒコはやっと歩き出した。



思い出すのは今日1日のこと。



クラスメートたちが自分の周りに集まって、クニヒコが披露する歴史話に夢中になってくれた。



その間タカシが話題の中心に出てくることはなく、ずっと教室の後の方にいた。



思い出すと気分がよかった。



クラスで1番頭がよくてスポーツもできて、いつも女子の人気を総取りしているタカシだ。



少しくらいは日陰にいればいいんだ。



「タカシになんて負けてたまるか」



いつの間にかクニヒコの中でタカシはライバル的存在になっていたのだった。


☆☆☆


「ただいまぁ」



慣れないアパートへ戻ると玄関には鍵がかけてあった。



きっと買い物にでも行っているんだろう。



カバンから鍵を取り出して中へ入ると、すぐに自分の部屋に向かった。



ずっとフローリングだったからフワリとした足ざわりに違和感がある。



母親が戻ってくるまで歴史の勉強でもしていようと、本棚から分厚い本を一冊取り出した。



この本を移動したときが一番大変だったと思いながらページをめくる。



1度活字の中に入り込んでしまうと、後は夢中になって読み進むだけだ。



何年の何月頃どこでなにが起こったのか。



クニヒコは呼吸をすることも忘れて歴史書を読み耽る。



外から聞こえてくる人の声や自動車の音だって気にならないくらいになってきたときだった。



ミャーミャー。



どこからか猫の鳴き声が聞こえてきた。



ミャーミャー。



ミャーミャー。



それは一匹だけじゃなくて、2匹、3匹と増えていく。



しかしクニヒコは気が付かない。



熱心に歴史書を見ていて少しも顔を上げる気配がない。



そうしているうちにどんどん猫の泣き声は増えてくる。



ミャーミャー。



ミャーミーミャーミャー。



ミャーミャーミャーミャーミャーミャーミャー。



最初は遠くから聞こえてきていた声が、どんどん近づいてくる。



ミャーミャー!!



すぐ近くで、耳元で鳴かれたような大きな声にクニヒコは驚いて顔をあげた。



しかしその瞬間猫の鳴き声はパタリと止まって静けさが舞い戻ってきた。



「なんだ今の? 猫の声?」



立ち上がり、窓辺に近づいてく。



外を確認してみても野良猫の姿は見えない。



「気のせいかな?」



そうして部屋の中へ視線を戻したとき、またミャーミャーと猫の鳴き声が聞こえてきてビクリと体を震わせた。



声がしたのはクニヒコの部屋の押し入れの中からだ。



もちろん、そんなところに猫を入れた覚えはない。



でももしかしたら、引っ越し中に勝手に入り込んできたのかもしれない。



どっちにしても猫をほっておくことはできなくて、思い切って押入れの襖を開けた。



その瞬間10匹ほどの猫が勢いよく押入れの中から飛び出してきたのだ。



「うわぁ!」



驚いてその場に尻もちをついたクニヒコの横を、猫たちが走り抜けていく。



「ちょっと待って、どこに行くんだよ!」



部屋の中を荒らされては困ると、どうにか立ち上がって猫たちの後を追いかけた。



しかし部屋を出た途端、猫たちの鳴き声は聞こえなくなって静まり返った。



「おい、どこに行ったんだ?」



声をかけながらリビングダイニングを見回す。



キッチンを荒らされるわけにはいかないので、真っ先に調べた。



しかし、どこにも猫の姿はない。



10匹もの猫たちが飛び出してきたはずなのに、1匹も見つけられないのだ。



「どこだ? どこに行った?」



クニヒコはドアが閉まっているトイレや風呂場も確認してまわった。



それでも猫はいない。



「どうなってんだ?」



確かに見たはずの猫が一匹残らずいなくなり、玄関先に呆然と立ち尽くす。



その時玄関が開いて母親が買い物から帰ってきた。



「そんなところに突っ立ってなにしてるの?」



「お母さん、今、猫見なかった?」



「猫? 見なかったわよ? 猫がどうかしたの?」



その質問に答えられず、クニヒコはしばらくその場に立ち尽くしたままだったのだった。

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