第7話
☆☆☆
歴史を見ながら歩くのは大冒険だった。
クニヒコが思っていた通り自分が暮らしていた家の周りは当時沼になっていたようで、信号機のすぐ近くには大きな水たまりがあった。
黒く淀んだ水の中に木の枝を突っ込んでみると、どこまでも沈み込んでいってしまった。
それほど大きくない水たまりだと思って足を踏み入れたら、もう二度と戻ってこれないことになっていたかもしれない。
「随分と遅かったわね。やっぱり迷子になった?」
徒歩10分ほどの距離を30分もかけて歩いてきたクニヒコに母親はまっさきにそう聞いた。
すでに車の中の荷物は降ろされていて、すぐに使う食器類を片付け始めていた。
「ううん。ちょっと冒険をしてただけ」
「冒険?」
首をかしげる母親を無視して、クニヒコは自分の部屋になる一番奥の和室へ向かった。
アパートは6畳の部屋が2つとリビングダイニングが1つという間取りで、和室の1つがクニヒコの部屋、もう1つが夫婦の寝室になる予定だ。
自分の部屋に入ると父親がクニヒコの机を運び入れてくれているところだった。
クニヒコは慌てて手伝った。
「この机、よく玄関入ったね」
「あぁ、ギリギリだったけどな」
机や大きな家具は一度バラさないとアパートび入らないかもしれないと懸念していたのだ。
それでもどうにか入れることができたみたいだ。
クニヒコは父親に頼んで机の向きを窓辺にしてもらい、折りたたみベッドは自分で運んだ。
中学3年生に上がってから急に筋肉が付き始めたように感じている。
「2人共、休憩にしましょう」
母親に呼ばれてリビングダイニングへ向かうと、大きなピザが2枚運ばれてきたところだった。
チーズのいい香りが部屋の中に漂っていて、急にお腹が空きはじめた。
「お父さん、どのくらいで元の家に戻れるの?」
ピザを頬張りながら質問すると「半年くらいだって聞いてる」
「ふぅん」
それが早いのか遅いのかクニヒコにはよくわからなかった。
ただ、半年後には真新しい家にいるのだと思うとわくわくする。
「さぁ、ピザを食べたら早く片付けちゃいましょう。クニヒコは受験生なんだからね」
「わかってるよ」
母親に水をさすように言われて、クニヒコはムッとした表情になったのだった。
☆☆☆
どうにかその日の内に片付けを終えたクニヒコは夢の中で猫を撫でていた。
小さな子猫は3匹いて、そのどれもがミャーミャー鳴いてクニヒコになついている。
動物が好きなクニヒコはそれそれの猫を順番に撫でていくのだが、途中から猫が怒り出す。
怒り出した猫がクニヒコの指をガブッと噛んでしまったところで目が覚めた。
「なんだよ今の夢」
途中まではとても楽しい夢だったのに、急変した猫の顔を思い出して身震いをした。
毛としっぽを逆立てて威嚇してきた猫たちは強い憎しみを抱いているように感じられた。
「俺は猫なんて飼ったことないし、野良猫をイジメたことだってない」
クヒニコはそう呟いて、夢の中で噛まれてしまった指を見つめたのだった。
☆☆☆
「それで、あの信号機のあたりに小さな水たまりがあったんだ。だけどそれは俺たちの身長よりもずーっと深くて、底なし沼になっていたんだ」
次の登校日、さっそく自分が見たことをクラスメートに話してきかせていた。
いつものようにクラスの真ん中の机に座って、周りには沢山の生徒たちが集まってきてクニヒコの話を聞いていた。
「おいどうしたんだよみんな。クニヒコの話しは受験には役立たないってことになっただろう?」
教室に入って来た男子生徒がその光景を見て言う。
「そうだけど、でもこの街の歴史についてだから面白いんだよ」
「それ本当のことかよ? クニヒコは嘘つきだからなぁ」
そう言って笑い出す。
ミサイルの展示についてからかってきた、あの生徒だ。
「今度は本当だよ。調べればわかると思うよ」
クニヒコは自信満々に言い切った。
なにせ自分の目で見てきているのだ。
運動靴の中に染み込んできた水の感触だってまた残っている。
「なんだよ自信満々だな。よし、じゃあ俺が本当かどうか調べてきてやるよ! でももし違ったら、お前はただの嘘つきだからな!」
そう言って教室を出ていく男子生徒を、クニヒコは余裕の表情を見送ったのだった。
それから20分ほどして男子生徒が面白くなさそうな顔をして教室に戻ってきた。
「どうだった?」
「お前の言ってたことは正しかったよ」
「そうだろ? 俺は嘘つきなんかじゃないんだ」
男子生徒はそっぽを向いてしまう。
それでもクニヒコは笑みを消さなかった。
「すごいねクニヒコ君。どうして沼があった場所までわかるの?」
ハルカが尊敬した眼差しで聞いてきたので、クニヒコの頬はすぐに赤くなってしまう。
「沢山の本を読むんだ。そうするといろいろなことが書かれているからわかるんだよ」
「やっぱりクニヒコ君は沢山本を読んでいるんだね!」
「俺なんてまだまだだよ」
そう答えた時、教室の後ろにいるタカシと視線がぶつかった。
タカシは一瞬眉を寄せてそっぽを向く。
俺の方が詳しいからきっと嫉妬してるんだ。
「ハルカちゃん、よかったらもっとこの街の歴史について教えてあげようか?」
「本当!? わぁ、楽しそう!」
ほらね。
俺が本気を出せばタカシになんて負けないんだ。
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