第28話
☆☆☆
それからのマサシはまさに自堕落な生活を送っていた。
毎日学校へ行って、家に帰ってゴロゴロするだけの生活だ。
それでも相変わらずサッカーは上手だったし、女子たちからの人気は高かったし、リーダーシップもあったし、勉強もできた。
これだけ持っているのになにかを努力するなんて馬鹿げたことだと思っていた。
「マ……じゃなくて、ヒデアキ」
机に座って漫画を読んでいた時チナが声をかけてきた。
チナの手には数学の教科書が握りしめられている。
「なに?」
「あの……私に勉強を教えてくれない?」
チナは伏し目がちにそう言った。
小さな肩は小刻みに震えていて、今にも泣き出してしまいそうなのではないかと感じられた。
「どれ?」
マサシは顔をあげてぶっきらぼうに聞いた。
「これなんだけど……」
開かれた教科書を見るとすぐに答えがわかった。
マサシは鼻で笑ってチナを見つめる。
「こんな問題がわからないのに、医者になんてなれるわけねぇだろ」
突き放すようにそう言うと、チナは下唇を噛み締めて涙をこらえた。
「だから、一生懸命勉強してるの! 本当はあんたなんかに教わりたくないのに!」
感情を押し殺した声で講義するチナに、他の女子生徒からは避難の視線が向けられた。
なんていったって今のマサシはヒデアキの見た目をしているのだ。
女子生徒たちはみんな自分の味方だと言っても過言ではなかった。
「わかったわかった。教えてやるよ」
泣かれても面倒なのでマサシはそう答えて、大きなアクビをひとつしたのだった。
☆☆☆
その日の休憩時間中に話しかけてきたのは他のクラスの男子生徒たちだった。
なにを言われるのかと身構えていると「次の試合に出てくれないか」と言ってきた。
詳しく話しを聞けば彼らはサッカー部の生徒で、最近タカヒロの調子が悪くて、次の試合で補欠にもなれなかったそうだ。
それでもエース不在のまま試合に望むのは心細く、噂でサッカーが上手だと聞いたマサシに声をかけてきたのだと言う。
「俺は別にいいけど、タカヒロに悪いんじゃないか?」
マサシはわざとタカヒロに聞こえるような大きな声でそう言った。
タカヒロは一瞬こちらを気にして視線を向けてきたけれど、すぐに視線をそらせてしまった。
「いいんだ。タカヒロにはちょっと休んでもらって調子を戻してもらうつもりなんだ」
「それならいいんだけどさ」
マサシはニヤついた笑みをタカヒロへ向ける。
タカヒロがどれだけ練習したってレギュラーになれることはないだろう。
だって今のタカヒロはなんの才能もないのだから。
「ヒデアキ君、今度はサッカーするの?」
「私達も試合見に行ってもいい?」
話しがまとまってサッカー部員たちが教室から出ていくと、すぐに女子生徒たちが近づいてきた。
みんな目がハートになっている。
「うん。頼まれたから一応ね」
返事をしながらマサシは椅子の上でふんぞり返った。
ここにいる女子生徒たち全員が自分のことを好きなのだと思うと、気分がよかった。
それでも誰とも付き合えないなんて、モデルっていうのはつまらない職業だ。
そうだ!
モデルなんてやめてしまえばいいんだ。
そうすれば好きな子と付き合うことができるんだから。
そう決めた時、視界の端に自分の姿が移った。
マサシになったヒデアキは1人机に座ってぼーっと黒板を見つめている。
未だに自分の状況が理解できていないのかもしれない。
これだけのイケメンが根暗男子になったのだから、茫然自失となっても仕方ないことだった。
「いいよ。みんなまとめて試合を見においでよ」
マサシが言うと、女子たちからは黄色い悲鳴が上がったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます