第29話

☆☆☆


「あーそこは違う。こっち使って」



5時間目と6時間目は一週間後に控えた文化祭の準備に当てられていた。



ここでもマサシはリーダーシップの力を発揮してみんなを束ねていた。



A組が出すことになったイチゴ飴屋台も、マサシが決めたようなものだった。



「それも違うってば。どうしてみんなわからないのかなぁ」



教卓に立ってみんなの様子を見ているマサシはため息交じりに呟いた。



「口ばかり出さないで手伝ったらどう?」



作業の手を止めてそう言ったのはノリコだった。



相変わらず話すたびにもごもごと口の中で呟く感じて、うまく発言できていない。



「はぁ? 俺はみんなのまとめ役だぞ? お前らは俺の言うとおりにすればいいだけだろ。楽でいいよなぁ」



教卓の上に座って大きく伸びをするマサシにノリコは黙り込んでしまった。



これ以上文句を言えばヒデアキのファンから嫌われてしまうとわかっているから、強く出られないのだ。



「ヒデアキ君って最近ちょっと変わったよね」



「わかる。前はあんなに傲慢じゃなかたっよね」



「顔もさ、ちゃんとていれしてたのに最近はニキビが目立つよね」



女子生徒たちから笑い声が聞こえてきてマサシは手鏡を取り出した。



顔を確認してみるとたしかにニキビができている。



お菓子を食べ過ぎたんだろうか。



チッと舌打ちをしてニキビを潰そうとすると、腕を掴まれて止められていた。



「潰すのはやめてくれ。跡が残ったから消えるのに時間がかかる」



止めたのはヒデアキだった。



「なんだよお前。俺に指図するのかよ」



「ついで教えておいてやるけれど、筋肉が落ちてきてる。ちゃんとトレーニングしてるのかよ」



自分の言葉を無視されたマサシはヒデアキの手を振り払った。



パンッと肌を打つ音が響いて、みんなの私語が止まる。



「うるせぇ、俺に指図すんな!」



マサシは怒鳴り声をあげて大股で教室から出ていったのだった。


☆☆☆


みんな俺よりもバカばっかりだ。



スポーツだって俺より下手くそばっかり。



リーダーシップだってないし、見た目も悪い。



俺が誰よりも1番なんだ!



スマホのアラーム音が聞こえてきて、ベッドの上で目を覚ました。



大きく伸びをしてトイレに向かう。



面倒くさいけど今日も学校へ行かないといけない。



学校になんて行かなくても俺には沢山の才能があるっていうのに。



ぶつぶつと文句を言いながら階段を下りたところで、トイレから出てくる母親と視線がぶつかった。



「おはよう」



そう言った瞬間違和感があった。



見た目がヒデアキになったときから声もヒデアキになっていたはずなのに、今の声は随分と聞き馴染みのあるものだったきがする。



自分の喉に手を当てて首をひねったとき「あんた誰!?」と、ヒデアキの母親が悲鳴をあげたのだ。



ギョッとしている間に騒ぎを聞きつけた父親がやってきて、マサシの姿を見て目を見開いた。



「お前は誰だ、どうやって家に入ってきた!?」



「な、なに言ってんだよ、俺だよ。ヒデアキ……」



しかしその声はマサシのものに戻っているのだ。



まさか!



慌てて玄関に走りそこに設置されている鏡で自分の姿を確認する。



そこに写っていたのはヒデアキではなく、マサシ本人だったのだ。



背は低く少し猫背で、前髪は長くて顔を隠してしまっている。



「な、なんで!?」



「泥棒だ! 早く警察を呼べ!」



困惑している中父親のそんな叫び声が聞こえてきたので大慌てで家を出た。



ヒデアキの靴は大きくてサイズが合わず、途中で脱ぎ捨ててしまった。



なんでなんでなんで!?



俺はヒデアキになっていたはずなのに、なんで元に戻ってるんだよ!



全身から汗が吹き出して、困惑と緊張で心臓が早鐘を打ち始める。



とにかく一旦自分の家に戻ろうと足を進めていると、前方から私服姿のヒデアキが歩いてくるのが見えた。



その姿はもう自分ではなくなっている。



「お前、なんで……!」



「目が冷めたら元に戻ってたんだ。ようやく自分に戻れてよかったよ、じゃあな」



「おい、待てよ!」



慌てて引き留めようとするが、ヒデアキはマサシに見向きもせずに歩き去ってしまった。



マサシはその後ろ姿を見送り、家に向けて駆け出した。



玄関に駆け込んで自分の部屋へと向かう。



途中で母親が「マサシ、どこに行ってたの。今あんたの部屋から知らない人が出てきて――」と説明しはじめたけれど、それも無視した。



自分の部屋に駆け込んで制服に着替え、カバンを掴んで大慌てで学校へ向かう。



ボードゲームは学校に置いたままだから、なにがあったのか確認するためには学校へ行かないといけないのだ。



走って走って誰よりも早くA組の教室にたどり着いたマサシは、机の上にボードゲームを広げた。



誰かが勝手にプレイした形跡はない。



それなのにどうして見た目が元に戻ってしまったのか……。



説明書を乱暴に開いて確認して行くと、そこには奪った才能を使うことができる期間が記載されていることに気がついた。



「奪った才能は5日から一週間で持ち主に戻ります!?」



マサシは驚愕の声をあげてその場にへたり込んでしまった。



ゲームをプレイしてから一週間は経過している。



つまり、奪い取った才能はすべて元に戻ってしまったということだ。



「嘘だ、そんなの嘘だ!」



せっかく才能を手に入れたのに、もう手放さないといけないなんて……!



試しに英語の教科書を広げてみた。



このくらいの文章は簡単に読めるし、日本語に訳すこともできるはずだった。



それなのに、わからない。



どのページを開いてみても、なにが書かれているのか少しも理解ができない。

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