第20話
小学校の頃少しだけマジックにハマっていた時期があって、その練習のおかげて手先は器用になっていた。
4人はマサシの不審な動きに気がつくこともなく、コマを動かすのを見つめている。
「あたりに止まったから、サイコロをもう1度振るんだよね?」
ノリコがそう言い、マサシにサイコロを渡してくる。
しかしマサシはそれを受け取らなかった。
代わりにチナへ視線を向ける。
チナは首を傾げてマサシを見つけ返した。
今日の1時間目はマサシの大の苦手な英語の授業だ。
先生は出席番号順に当てることが多くて、今日はマサシが当てられる番になっていた。
「チナから頭脳を奪う」
マサシはチナを指差してそう断言をした。
一瞬4人は驚いたような顔を浮かべたら、すぐに吹き出して笑い始めた。
「ビックリした。マサシ君が何を言い出すのかと思った」
チナは笑いながら言う。
「本当だよね。ねぇ、今の一体なんなの?」
ノリコが質問してもマサシは答えなかった。
ジッと自分の両手を見つめている。
「そろそろ休憩時間も終わりだな。一旦やめようぜ」
ヒデアキのひとことで我に返ったマサシはボードゲームを片付け始めたのだった。
☆☆☆
『チナから頭脳を奪う』
そう言った時、たしかに体に電気が走ったような衝撃を受けた。
だから呆然と自分の両手を見つめてしまったのだけれど、その衝撃波すぐに消えていつもどおりの自分に戻っていた。
あれは一体何だったんだ?
首をかしげながら英語の教科書を取り出す。
休憩時間にゲームをしていたから、今日当てられる問題を確認していない。
まぁ確認したってどうせ答えはわからないけど。
後ろ向きな気分で教科書を開き、長い英文を見つめる。
そのときだった。
マサシの目には英文が日本語のように見えてきたのだ。
「なんだこれ」
目をこすってみるけれど、変わらない。
よくよく教科書を見てみると、日本語で書かれているわけではなく、ちゃんと英語で書かれているとわかった。
だけどそれがスラスラと読めてしまうし、意味もちゃんと理解できるのだ。
まだ習っていないページを開いてみても同じ現象が起きた。
驚いて思わず教科書を床に投げ捨ててしまった。
「どうしたの?」
偶然通りかかったノリコが教科書を拾って机に戻してくれたけれど、マサシはお礼を言うのも忘れてしまったのだった。
そして、一番苦手な英語の授業が始まった。
担当の女性の先生は流暢な英語で教科書を読み上げていく。
いつもならなにを言っているのかわからなくて眠くなっている時間だけれど、今日のマサシは違った。
先生が話している言葉の意味がすべて理解できるのだ。
それは自分で面白いくらいで、つい笑ってしまった。
「なにかおもしろいことでもあったの?」
教科書を読んでいた先生が教科書からマサシへ視線を移動して言った。
その目はつり上がっていて、マサシが授業を聞いていなかったと思っているのがわかった。
「いえ、別に」
マサシはすぐに先生から視線をそらして答えた。
しかし、それで許してくれるような先生ではなかった。
先生は教科書を持ってマサシの机の前まで移動してくると「では、続きを読んでもらおうかしら」と言ったのだ。
授業を聞いていない不真面目な生徒には厳しいことで有名な先生だった。
当然マサシは困るだろうと思っていたが、予想に反して素直に立ち上がった。
そして先生が途中で止めていた文章をスラスラと読み上げ始めたのだ。
その発音の良さに教室中にざわめきが巻き起こった。
マサシは自分でも面白いと感じるくらいに自然と唇が動いていた。
教科書で読めない単語だってひとつもない。
こんなこと、初めての経験だ。
長い文章を最後まで読み終えたマサシは自信満々の表情を先生へ向けた。
マサシが英語が苦手なことを知っている先生はポカンと口を開けて立ち尽くす。
「先生。もう座っていいですか?」
マサシがそう聞くまで、先生は絶句したままだったのだった。
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