第19話

大きな荷物を下げて学校へ向かうマサシへ周囲の通行人たちは何事かと視線を向ける。



同じ制服を着ている生徒たちは今日はなにか行事がっただろうかと、気にしている様子を見せていた。



マサシはそんな中をできるだけ早足で、うつむいてA組まで急いだ。



「なんだよそれ」



普段はおとなしいマサシが大きな荷物を抱えてクラスに入ってきたことで、妙に目立ってしまっている。



一番最初に声をかけてきたのはスポーツが得意なタカヒロだった。



今日もこれからグラウンドへ向かおうとしていたのか、サッカーボールを小脇に抱えている。



「ゲームだよ」



マサシはボソリと返事をする。



「ゲーム?」



眉間にシワを寄せながらもどんなゲームか気になったのかタカヒロは教室から出ようとしない。



マサシが袋の中からボードゲームを取り出すのを待っているようだ。



「よ、よかったらやる?」



上目遣いにそうきくとタカヒロは一瞬嫌そうな顔をした。



ゲームは気になるけれど、マサシと一緒に遊ぶのが嫌なのかもしれない。



けれど次の瞬間には「あぁ、いいぜ」と、頷いていたのだ。



その言葉に一番驚いた顔をしていたのはタカヒロ本人だ。



目を見開き、自分の口を押さえている。



思っていることと出てきた言葉が食い違っていたのだろう。



マサシはそんなタカヒロを見てほくそ笑んだ。



ボードゲームの説明に書いてあったことは本当のことみたいだ。



このゲームに誘われた人間は断ることができない。



「サッカーボールを片付けてくるから、ちょっと待っててくれよ」



タカヒロは怪訝な顔を浮かべながらそう言い、自分の席へと戻っていったのだった。


☆☆☆


それから徐々にクラスメートたちが登校しはじめて、マサシはボードゲームに参加させる相手を選んでいた。



まずはタカヒロ。



それから顔のいいヒデアキに勉強のできるチナ。



リーダシップのあるノリコもいいかもしれない。



それぞれのいいところを全部奪い取ることができれば、マサシは完璧な人間になれる。



「楽しいゲームがあるんだ。一緒にやらないか?」



マサシは普段は絶対に自分から声をかけたりはしないノリコに、自分から声をかけた。



これも、自分がすべてを手に入れるためだった。



ノリコは一瞬嫌そうな顔を浮かべたけれど、すぐに笑顔に変わった。



「もちろんいいよ」



そう答えてから、タカヒロち同じように驚いた顔をしている。



ノリコもやっぱり自分の意思ではないみたいだ。



けれどそんなことマサシには関係がなかった。



とにかく人数を集めることができればそれでいい。



マサシを含めて5人が集まったのを確認してから、箱を開けた。



昨日中身を確認しておいたから、コマもちゃんと入っている。



「随分と古いゲームだな」



顔のいいヒデアキが珍しそうにボードを見つめる。



ただそうしているだけで長いまつげが揺れて絵になるのだから、不公平にもほどがある。



「中古で買ったんだ」



マサシは気のない返事をして、ボードの上に書かれているゴールの文字を指差した。



「ルールは簡単だ。このゴールに最初にたどり着いた人が勝ち」



マス目には色々を書かれているけれど、1マス戻るとか、進むとか、そういった単純なものばかりだ。



「このあたりのマス目に止まったらどうなるの?」



チナがボード上のあたりマスを指差して聞く。



さすがに、気になったみたいだ。



「そこに止まるともう1度サイコロを振ることができるんだ」



マサシは予め考えておいた嘘を伝えた。



プレイヤーのいいところを奪えるなんて言っても、どうせ信じてはくれないだろうけれど。



「そうなんだね。じゃあさっそく始めようか」



マサシが持ってきたボードゲームなのに、いつの間にかノリコに主導権を握られてジャンケンでゲームの順番が決まっていた。



そのことに少しムッとしたマサシだったが、すぐに気を取り直した。



このゲームであたりに止まればノリコのリーダーシップを奪い取ることができるのだ。



そのためには今はゲームに集中することだった。



ボード上のあたりマスは全部で3箇所。



止まることができるかどうかは、サイコロの目に委ねられている。



もしかしたら1度もあたりに止まることなくゴールしてしまうかもしれない。



だけどマサシはそんなヘマをするつもりはなかった。



自分の番が近づいてきたとき、そっとポケットからネリケシを取り出した。



白色で爪の先程の小さなものだ。



自分のコマが止まっている場所からあたりのマスまで残り3マス。



マサシはサイコロを手に取り、手のひらで弄ぶふりをしながらネリケシを貼り付けた。



3の目を出すために逆側の4の面を重たくするのだ。



「次は俺の番だな」



マサシはわざとらしくそう言うとサイコロを振った。



サイコロは机の上でコロコロと転がり、3の面を上にして止まった。



「3だ!」



そう言ってすぐにサイコロを手にして3の目をみんなに見せるように掲げる。



そして机の上に戻るタイミングで、ひっつけていたネリケシを回収した。

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