第11話
「ハルカちゃんと一緒に帰ったことだってあるだろ?」
「途中までだよ。家の方向が同じだったからだ」
「家の方向が同じなら、好きでもないヤツと一緒に帰るのか?」
その質問にクニヒコは答えられなかった。
今までハルカの行動に深い意味があるなんて考えたこともなかった。
でも、こうして色々言われてみるとクニヒコの心臓はドキドキしてくる。
「でも、俺とハルカちゃんが釣り合うわけがない。タカシとなら、きっと釣り合うけど」
想像してみると美男美女のカップルが出来上がって、ただの想像なのに嫉妬してしまいそうになった。
「とにかく、クニヒコに元気がないとハルカちゃんにも元気がないんだ。だからなにかあったなら言ってほしい」
「本気で言ってるのかよ」
タカシはまっすぐにクニヒコを見て頷いた。
ライバルの元気がない内にハルカを横取りしてしまえばいいのに、タカシにはそんな考え毛頭ないみたいだ。
呆れ返ったクニヒコはタカシのことを試してみようと考えた。
今自分の身に起きていることは到底信じられないことばかりだ。
それをすべて話して信じるかどうか確認するのだ。
もし信用してくれないようなら、タカシも所詮その程度だったということだ。
「わかった。少し時間がかかるけど、話を聞いてくれるか」
クニヒコはそう言い、タカシを近くの公園に誘ったのだった。
☆☆☆
クニヒコがすべての出来事を説明し終わるまでに30分も時間がかかってしまった。
太陽は傾き始めていて周囲はオレンジ色に染まってきている。
「それ、本当のことなのか?」
「あぁ、引越し先のアパートで確かに猫を見たんだ」
「それで、その前に言っていた歴史が見えるメガネって言うのは?」
今の悩みは猫の亡霊についてだけれど、クニヒコはメガネについてもタカシに説明していた。
「これだよ」
カバンの中から透明なメガネケースを取り出す。
机の鍵のかかる引き出しに入れていたものの、いつでもその地域の歴史を見ることができるように持ち歩いていたのだ。
「かけてみたもいいか?」
タカシが隣で唾を飲み込む音が聞こえてくる。
「俺の話を信じてるのか?」
「あぁ。だって、そんな嘘をつく必要なんてないだろう?」
「猫の話も、メガネの話もか?」
「もちろんだ。どうしたんだよ、そんな不審そうな顔して」
タカシはキョトンとした表情を浮かべてクニヒコを見つめる。
本当に少しも疑いなんて持っていない様子だ。
「わかったよ」
クニヒコは頷いてメガネをタカシに渡した。
「ごく普通のメガネに見えるけれど……」
手に持った感触やレンズの分厚さなどを確認した後、タカシはメガネをかけた。
「少しめまいがするかもしれないぞ」
「あぁ、大丈夫だ」
メガネはタカシによく似合っていて、また少し嫉妬してしまう。
しかしタカシは首を傾げて「公園が見えるだけだ」と、言ったのだ。
「そんなわけないだろ」
クニヒコは横からメガネを取り、かけてみた。
少しめまいを感じた後、目の前の光景がクリアに見えるようになる。
そこには大きな瓦葺き屋根の家があり、近くには小川が流れていた。
「ここは民家だったみたいだ。小川も流れてる」
「本当にそれが見えているのか? 嘘じゃないよな?」
やっぱり疑ってかかるのかと思いつつ、スマホを取り出してこの周辺の歴史を調べてみることにした。
すぐには出てこなくて少し手こずったけれど、確かにこの周辺に川が流れていて集落があったことを示す古い地図が出てきた。
「すごい。本当のことだったんだな」
「あぁ。だから俺の知識なんて本当は嘘みたいなもんなんだ」
「そんなことはないよ。このメガネをかけても僕にはなにも見えなかった。クニヒコは選ばれたんだ」
その言葉にクニヒコが目をパチクリさせた。
メガネに選ばれたと言われてもあまりピンと来ない。
「とにかく、話はそれだけだから。相談したって猫の亡霊なんてどうにもならないってわかっただろ?」
クニヒコはため息交じりにそう言ってベンチから立ち上がる。
それを追いかけるようにタカシも立ち上がった。
「でも、それなら自分のアパートの中を、そのメガネをかけて見てみれば良いんじゃないか?」
「なんだって?」
歩き出そうとしていたクニヒコはタカシをまじまじと見つめる。
「だってそのメガネはその場所の歴史を見ることができるんだろう? 猫殺しの班員だって見えるかもしれないじゃないか」
そんな風に考えたことはなくてクニヒコは目を丸くしてタカシを見つめる。
「犯人が捕まれば猫たちの亡霊も落ち着くかもしれない。僕も一緒に行くから、調べてみよう」
有無も言わさぬ勢いてそう言われ、気がつけばクニヒコはタカシと2人へアパートへむかっていたのだった。
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