第10話

☆☆☆


その日タカシがどれだけクラス内で幅をきかせてもクニヒコが嫌な顔をすることはなかった。



そんなクニヒコを見てタカシも拍子抜けしてしまったのか、午後からはクラスメートを集めての勉強会をすることもなく大人しく過ごしていた。



「クニヒコ」



終わりのホームルームが終わって教室から出ようとした時後からタカシが声をかけてきた。



「なに?」



「今日はどうしたんだよ。やけに静かだったじゃないか」



言いながらタカシはクニヒコと肩を並べて教室を出た。



誰かと一緒に帰るような気分じゃなかったクニヒコは廊下で立ち止まる。



「ちょっと体調が悪いんだ。帰りも、1人になりたい」



「確かに顔色が悪いよな。でもそれなら家まで送ってやるよ」



「いいよそんなことしなくても」



クニヒコはしかめっ面をして左右に首を振った。



できれば1人であのアパートでの出来事について考えたかった。



「いや、ついていく」



そう言い切るタカシにクニヒコは呆れたため息を吐き出した。



「なんでだよ」



「僕が気になるからだ。クニヒコは僕にとってライバルだから」



その言葉にクニヒコは目を見開いた。



自分なんかがタカシのライバルになれるなんて思ってもいなかった。



「冗談やめろよ」



「冗談なんかじゃない。歴史はクニヒコの右に出るヤツはいないんだからな」



「だけどタカシは他の勉強もできるじゃないか。いつでもトップ争いをしてるくせに」



嫌味としてその言葉を投げかけたのに、カタシはクニヒコの手を掴んで強引に歩き出した。



クニヒコはそれにひかれて渋々歩き出す。



「俺とお前がライバルだなんて笑わせるなよ。お前は俺を見下して笑ってるんだろ?」



「そう思いたいならそう思っていればいい」



「そういう態度が嫌いなんだ」



昇降口までやってきて、クニヒコは足を止めた。



カタシはさっさと靴を履き替えている。



「教室に忘れ物をしたから、取りに戻る」



クニヒコはタカシが靴を履き替えたタイミングでそう言い、背を向けた。



「わかった。それなら取りに行ってくればいいよ。僕はここで待っているから」



「待ってなくていいよ。早く帰れってば」



「嫌だ」



頑なにその場から離れようとしないタカシにクニヒコは呆れたため息を吐き出した。



タカシは1度こうと決めたら曲げない性格みたいだ。



だからこそ、スポーツなどで粘り抜いて結果を出してきたのだろう。



「わかったよ。俺の負けだ」



クニヒコはそう言うと下駄箱の靴に手をのばす。



忘れ物なんて、本当は嘘だったのだ。


☆☆☆


タカシと肩を並べて歩いているのはすごく不思議な感じがした。



タカシのことはライバルだと思っているけれど、なんでもそつなくこなしてしまう

性格を嫌いだと感じている。



さっきみたいにクニヒコのことをライバルだと素直に言ってしまうところも、嫌いだった。



「クニヒコに元気がないとつまらないんだ」



「別に、そんなの関係ないだろ」



「関係あるよ。僕とクニヒコはライバルなんだからな」



「さっきからライバルライバルって言ってるけど、どこがどうライバルなわけ?」



クニヒコがタカシに憧れるのはよくわかる。



だけどその逆は全然納得できなかった。



タカシは晴れ渡った空を見上げ、少し考えていた様子だけれど意を決して口を開いた。



「ハルカちゃんのことだ」



突然ハルカの名前が出てきて、クニヒコは思わずむせてしまいそうになった。



「ハルカちゃんが、どうしたんだよ」



ドキドキしながらも平静を装って聞く。



するとタカシの顔はみるみる赤くなっていき、クニヒコはすべてを理解した。



タカシはハルカのことが好きなんだ。



「好き……なのか?」



タカシは頷く。



それで自分の事をライバルだと言っていたのだとわかると、笑いそうになってしまった。



自分とタカシを比べてどちらがいいかなんて、考えなくてもわかるはずだ。



「それ、嫌味だぞ」



クニヒコはタカシを睨みつけて行った。



ハルカが選ぶのは間違いなくタカシだ。



クニヒコであるはずがない。



「クニヒコはハルカちゃんの気持ちを全然理解してない」



「どういう意味だよ?」



その質問にタカシは少しの間無言になった。



ほんの数十秒の沈黙が、永遠のように長く感じられる。



「今日だってハルカちゃんはクニヒコが元気がないことを気にしてた」



「それは、ただ近くにいたから気になっただけだろ」

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