第26話

突然視界が高くなり、手足がぐんと伸びた気がした。



ノリコが唖然とした表情で自分を見上げている。



隣にいるチナは目に涙を浮かべているし、タカヒロは顔をそむけている。



そしてその隣に、自分の姿を見つけた。



女子と同じくらいの身長で長い前髪で顔を隠している、根暗な自分。



白くてヒョロリとした手足は頼りなくて、女子に人気がないのも頷けることだった。



「すげぇな。やっぱり背が高いんだな」



呟くと声までヒデアキになっていて驚いた。



これじゃ自分がマサシだと言っても誰も信用しないだろう。



「入れ替わっているのか?」



タカヒロが恐る恐るマサシの手に触れた。



マサシはそれを握り返してみせる。



「あぁ。俺がマサシだ。で、こっちがヒデアキ」



ヒデアキはずっとうつむいたまま顔をあげない。



相当ショックだったのかブツブツと小さな声でなにかを呟いただけで、教室を出ていってしまった。



「プレイヤーが1人いなくなったから、ゲームも中断だな」



「ちょっと待ってよ! まだ才能を取り返してないのに!」



ボードゲームを片付けようとするマサシの手をノリコが止める。



マサシはノリコにグッと顔を寄せてみた。



するとノリコは一瞬にして顔を赤らめ、手を引っ込めた。



顔がいいとここまで相手の行動を操ることができるのだと、初めて知った。



「今日はおしまい。また明日な」



マサシは優しくそう言って、ボードを片付けはじめたのだった。


☆☆☆


一歩外へ出ると沢山の視線を感じた。



そのどれもが女子生徒や女性からの視線で、時折「かっこいい」とか「あの人見たことがある!」と囁かれる。



そう言われるたびにマサシは背筋が伸びる気持ちだった。



ヒデアキはずるい。



ずっとこんな景色の中で生きてきたなんて、自分とは大違いだ。



今までの地味で暗い生活を思い出すと胸の奥が苦しくなった。



こんなに華やかな生き方があるなんて、今までずっと知らなかったんだ。



「ただいま」



いつもどおり玄関に入ってリビングまでの廊下を歩き出したとき、玄関先に自分の通学靴が置かれていることに気がついた。



あれ、と思って立ち止まるとリビングのドアが開いて自分が出てきた。



一瞬悲鳴を上げそうになったが、相手がヒデアキであることを思い出して、悲鳴を飲み込んだ。



「ここに帰ってきちゃダメだ。俺の家を教えるからそっちに帰ってくれ」



ヒデアキは震える声でそう言い、住所を教えてくれた。



「あ、そっか……。よくこの家がわかったな」



「帰る方向は同じなんだ。何度かこの家に入っていくのを見たこともあった」



そうだったのかと思い住所を確認してみると、ここから5分ほど歩いた場所にある家だとわかった。



「赤い屋根の家だから、すぐにわかると思う」



「わかった。じゃあな」



マサシは軽く手をあげて家から出たのだった。


☆☆☆


5分ほど歩いた場所にヒデアキが言っていた通りの赤い屋根の家が見えてきた。



小さな庭付きの一軒家で、庭では小型犬が放し飼いにされていた。



「ただいま」



玄関を開けると知らない家の匂いがして、一瞬躊躇してしまう。



「おかえり」



奥から出てきたのはヒデアキの母親のようで、その人はスラリと背が高い美人だった。



思わず見とれてしまいそうになり、左右に首を振る。



自分の母親に見惚れるなんてありあえないことだ。



ドキドキしながらリビングに上がると綺麗に掃除されていた。



真ん中に白いテーブルがあり、それを囲むようにクリーム色のソファが並んでいる。



テレビはマサシの家の倍の大きさはありそうだ。



テレビ台の上には家族写真が何枚も飾られていて、とても仲のいい家族なのだということが伺えた。



「今日はトレーニングをしないの?」



自室でくつろいでいたところに母親からそう声をかけられて、開いていた漫画を閉じた。



「トレーニング? えっと、俺なにかしてたっけ?」



「なに言ってるの。毎日帰ってきてからすぐに走りに出てたじゃないの。少しでも太ると衣装が着られなくなるからって」



呆れたように言われてマサシは自分の体を見下ろした。



スッとした体型で、でもほどよく筋肉もついていると思っていたけれど、ちゃんと努力をしているみたいだ。



しかし、そう理解したところで自分がなにかをしようとは思えなかった。



もしもこの体がブヨブヨに太ってしまったとしても、本当の自分の体ではない。



またゲームをして欲しい体や顔を手に入れればいいだけだった。



「今日はやめておくよ」



マサシはそう答えてゴロンと横になったのだった。

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