第23話

☆☆☆


「あがれあがれぇ!」



6時間目のサッカーの授業中、マサシはチーム全体に声をかけて全力で走った。



同じチームのメンバーたちはそれに引きずられるように足を前へ前へと出す。



敵チームの中にはタカヒロもいたけれど、マサシにはそんなこと関係がなかった。



ボールがマサシに回ってきた時、それは足に吸い付くように近づいてきて、決して離れることがなかった。



ドリブルをするたびに明後日の方向にボールが飛んでいって、味方の足を引っ張っていたマサシとは大違いだ。



ゴール付近まで一気に走ってきたマサシは思いっきりボールを蹴り上げた。



ボールは敵チームに阻止されることなく、ゴールネットを揺らす。



その瞬間仲間から大きな歓声が沸き起こった。



みんなが一斉にマサシに駆け寄ってきて、背中や肩をばんばん叩く。



そんな中、タカヒロは呆然とグラウンドに立ち尽くしていた。



サッカー部のエースは今日の授業で1度もサッカーボールに触れることができていなかったのだった。


☆☆☆


「これからは運動も勉強もマサシの時代だなぁ」



教室に戻ってきた時、そんな噂話しが聞こえてきてマサシは満足げに微笑んだ。



みんなが自分に注目していることがこんなにも気持ちいいことなのだと初めて知った。



気分よく掃除に取り掛かろうとしたとき、チナとタカヒロの2人が近づいてきた。



その表情は険しい。



「マサシ、俺たちの才能を返してくれ」



タカヒロに言われてマサシはニヤリと口角をあげた。



必ずそう言ってくると思っていた。



「もちろんいいよ。その代わり、ゲームで取り返してくれよ」



マサシの言葉にタカヒロとチナは目を見交わせている。



「またゲームをするつもり?」



「あぁ。その中であたりに止まればいいだけだろ?」



「でも、そんな簡単じゃないだろ。あたりのマスは3つしかないんだし」



「それなら、あたりに止まるまで何度もゲームをすればいい」



そうすれば、4人全員の才能をマサシ1人が奪い取ることだって可能になってくる。



マサシはすべての才能を奪い取った場面を想像してみてニンマリと笑う。



「どうする?」



「やるしかないよね」



チナは覚悟を決めたようにそ言ったのだった。



終わりのホームルームが終わり、担任教師が教室から出ていったとき、4人がぞろぞろとマサシの机に近づいてきた。



マサシはみんなが集まったのを確認してからボードゲームを机に広げる。



「あたりに止まったら、本当に才能を返してもらうからね」



チナが念を押す用に言う。



マサシは呆れたため息を吐き出した。



「わかってるって」



答えながら、前回まで進んでいた位置にコマを設置していく。



次のあたりのマスまで20マスくらいある。



今度はこのマスに止まってヒデアキかノリコの才能のどちらかをいただくつもりだ。



「ちょっとサイコロを見せてもらうわね」



ノリコがそう言うと机の上のサイコロを念入りに確認しはじめた。



「なにしてんだよ」



マサシは思わずサイコロを取り返しそうになるが、グッと我慢した。



あのサイコロ自体に仕掛けはなにも施していない。



見られたってバレることはないのだ。



「特になにもないみたいね」



それでもノリコは慎重そうにボードを見つめている。



「そんなに調べたって、ただのボードゲームだぞ」



「そんなのわからないでしょ。マサシがイカサマをしているかもしれない」



ノリコは容赦なく言い放つ。



一瞬ドキリとしたけれど、どうにか顔に出さないでいられた。



散々ゲームを調べられた後、ようやくゲームが再開された。



「才能を取り戻さないと、このまま勉強できなくなってしまうと困るの」



チナは必死に願いを込めるようにサイコロを振る。



「どうしてそんなに勉強がしたいんだよ」



マサシからすればあんなのつまらないことでしかない。



それよりもずっとゲームをしていたい。



「チナは将来お医者さんになるの。だから今から猛勉強をしているのよ」



それは初耳だった。



ノリコはクラスメートの情報をよく知っているようだ。



「私、絶対にお医者さんになるの。それで小学生の従兄弟の病気を治すの」



チナには将来の明確なビジョンが見えているようで、マサシにはそれが面白くなかった。



夢なんてくだらない。



夢を持ったって叶うかどうかわからないし、叶わないほうがずっと多いはずだ。



マサシは何度目かの自分の番のとき、サイコロにネリケシを付けた。



5の目が出るようにその逆側の2に貼り付ける。



そしてそれを、転がした。



コロンと軽く転がっただけのサイコロは5を上にして止まった。



4人の視線がボードの上を動き、そしてあたりのマス目で止まる。



「嘘でしょ」



呟いたのはノリコだった。



マサシはそれに気が付かないふりをしてコマを移動していく。



そして、あたりのマスの上で止めた。



「あたりだ」



マサシの言葉に他の4人がビクリと体を跳ねさせる。



もうすでに才能を奪われている2人は不安そうな表情を他の2人へ向けた。



「そうだなぁ。今度はどんな才能がほしいかなぁ。ヒデアキの顔なんて本当にいいなって思ってるよ」



「そ、それだけはやめてくれ! 明日も仕事があるんだ!」



「へぇそうなんだ? じゃあノリコのリーダシップにしようか?」



今度はノリコが青ざめた。



懸命に左右に首を振るが、その姿はとても弱々しい。



このゲームであたりに止まることは最強を意味する。



「あ、そうだ。決められないからサイコロを振って決めようかな。もう1度5が出ればノリコのリーダシップ。それ以外ならヒデアキの外見」



遊ぶようにサイコロを手の中で転がしてマサシは言った。



その言葉にノリコの表情が緩むのがわかった。



6分の1の確率なら大丈夫だと踏んだようだ。



代わりに青ざめたのはヒデアキだった。



こちらは6分の5の確率で当たることになる。



「頼むよ、まだ仕事があるんだよ!」



すがるように言うヒデアキを無視してマサシはサイコロを振った。



まだネリケシを回収していないサイコロはコロコロと軽快に転がり、そして5を上にして止まった。



「え……嘘でしょう?」



ノリコが唖然としてサイコロを見つめている。



「出ちゃったものは仕方ないよなぁ?」



マサシはサイコロを手に取り、素早くネリケシを回収した。



そして「ノリコのリーダーシップを奪う」と、言ったのだった。

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