第17話 奪い取りゲーム

「根暗マサシ」



2年A組の教室内から聞こえてきた声にマサシはピクリと肩を震わせた。



だけど声がした方を向いたりはしない。



そんなことをしたら自分の悪口を誰が言ったのかわかってしまうから。



マサシはなにも聞こえないふりをして文庫本に視線を落とす。



大好きな冒険小説を読んでいる最中だけれど、さっきの『根暗マサシ』というひとことが気になって文章が頭の中に入ってこなくなってしまった。



マサシは内心大きなため息を吐き出した。



読書に集中できなくなってしまうと、休憩時間にやることはなくなってしまう。



それでも顔をあげて誰かと視線がぶつかるのが嫌で、本を読むフリを続けるのだ。



教室の後方からはクスクスと女子たちの笑い声が聞こえてくる。



それはもしかしたら自分のことを笑っているのかもしれない。



窓辺で固まっている男子たちはさっきから自分の悪口を言っているのかもしれない。



想像は嫌な方嫌な方へと進んで行って、マサシは強く左右に首を振ってそれを打ち消した。



誰もかれもが自分を笑っていると思ってしまうのはただの被害妄想だと、マサシ自身もわかっている。



だけどクラスで1番暗くて友人もいない自分は、いつでもクラスの笑いものにされていることは事実だった。



現に、ついさっきだって誰かが『根暗マサシ』と呟いていた。



それはマサシが中学に入学してから付けられたあだ名だったのだ。



最初の頃は友人もいてごく普通の中学校生活を送っていた。



だけどある日友人たちがサッカーや野球がしたいと言い出した。



けれど運動が苦手なマサシはそれに加わることができず、気がつけばクラスで1人ぼっちになっていたのだ。



当時の友人たちは今ではクラスも別れてしまい、廊下でばったり会った時に挨拶するくらいの関係になってしまっていた。



「ねぇ見て! またタカヒロ君がゴール決めたよ!」



窓からグラウンドを見ていた女子生徒が手を叩いてはしゃぐ。



タカヒロというのは同じA組の生徒で、サッカー部のエースだ。



短い休憩時間でもすぐにグラウンドへ出てボールを蹴っている。



確かにサッカーは上手だと思うけれど、それがどうしたんだとマサシは思う。



ちょっとサッカーが得意だからって、必ずプロになれるわけじゃない。



なんの意味もないじゃないか。



口には出さないけれど、マサシはタカヒロのことを良く思っていなかった。



「チナちゃん。勉強教えてくれない?」



教室中央ではチナという女子生徒が他のクラスメートたちに囲まれるようにして、勉強を教えていた。



2年生の中でいつも1位2位の成績を争っている秀才だ。



マサシは机の中に手を入れて前の授業で戻ってきた小テストを取り出した。



点数は10点満点中0点。



少しは解答したのに、そのすべてを間違えていたのだ。



マサシは軽く舌打ちをしてテストをビリビリに破くと、ゴミ箱に捨てた。



女子のくせに頭がいいなんて生意気だな。



女子は少しバカなくらいが可愛げがあるんだ。



心の中で差別をして、チナを見下す。



マサシはチナのことも良く思っていなかった。



「あ、ヒデアキ君戻ってきたよ」



「本当だ! ヒデアキ君、私クッキー作ってきたんだぁ」



教室に入ってきた背の高いヒデアキを見た途端、女子生徒たちは騒ぎ出す。



ヒデアキは学年でもトップクラスに顔がいい。



中学生モデルをしているという噂を聞いたこともあった。



チッ。



男のくせに女にチヤモヤされて嬉しがってんじゃねぇよ。



マサシはヒデアキのことも良く思っていなかった。



女子にチヤホヤされていい気になっている男は、男らしくないのだ。



それからクラスで一番リーダシップのあるノリコのことも良く思っていなかった。



女子は男子の後について歩いていればいいのに、どうしてクラスを引っ張っていくのかわけがわからない。



とにかくマサシには気に入らないことだらけだった。



マサシはそのどれもから目をそむけるように、頭に入ってこない文庫本の文字を一生懸命を読み進めたのだった。


☆☆☆


「今日も全然おもしろくなかった」



1人の帰り道、マサシはブツブツと文句を言って小石を蹴飛ばす。



小石はそのまま溝にはまって落ちてしまった。



A組のクラスではマサシは全く重要な人間ではなかった。



誰にも注目されない、誰にも期待されない。



それどころか、下手をしたら1日誰とも会話することなく終わってしまう日だってあった。



それがマサシには気に入らない。



かと言って自分からクラスメートに声をかけることはできなかった。



勉強もスポーツも苦手で、顔も人並みでリーダシップもない。



おまけに根暗呼ばわりされている自分が誰かに声をかけたって、きっと相手にされない。



無視されることを想像すると、ずっと1人で机に座っている方がいいと思ってしまうのだ。



イライラを抱えて帰宅したマサシはリビングにいる母親に声をかけることもなく、2階の自室へと向かった。



自分で取り付けた簡易的な鍵をかけて閉じこもる。



マサシの唯一の楽しみにはテレビゲームだ。



中学に入学したときに無理を言って買ってもらった13インチのテレビを付けて、

テレビ台の中に入れてあるゲーム機の電源も入れる。



今ハマっているゲームは格闘系のゲームだ。



オンラインでランダムにつながった相手と対戦して、自分のレベルを高めていく。

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