ドライブ
千角が怒って
終業時に豆太郎のスマホが鳴る。
それを見ると千角からだった。
『豆ちゃん、久し振り。』
ご機嫌な感じの千角の声だ。
「千角か、どうした。」
『ドライブに行かね?』
この前は拗ねさせてしまった千角からの誘いだ。
断る気はなかった。
「ま、良いけどいつ迎えに行けばいい?」
『良いよ、俺か一角が運転するから。』
「えっ?」
豆太郎は聞き返す。
『俺達運転免許を取ったんだよ。』
「えっ!!」
豆太郎は何も言えなくなった。
『豆ちゃん、お休みはいつ?』
「……
『だったら明後日の朝、歩いてこっちに来てよ。
一寸法師には怖くて行けないからさ。』
「分かったけど……、いつ免許を取ったんだ。」
『合宿だよ。早いなあれ。二週間ぐらいで取れた。
じゃあ豆ちゃん、待ってるからな。』
と電話が切れた。
豆太郎がぽかんと立っていると後ろから金剛が話しかけた。
「どうした、豆。」
「いや、今千角から電話があって運転免許を取ったって……。」
「ああ、もう取ったのか、早いな。」
「えっ、じいちゃん知ってたの?」
金剛がにやりと笑う。
「ああ、ユリの事があってから少ししてな、
一角と千角から相談されたんだ。」
「どうやって連絡して来たの?」
「普通にここに電話して来たぞ。」
「ああ、そうか……。」
考えてみれば当たり前の話だ。
一寸法師の電話番号は調べれば分かる。
「だから戸籍を作った。」
「戸籍?あ、あいつらの?」
豆太郎の口がぽかんと開く。
「戸籍がないと免許は作れないだろう。
だから本部と相談して二人の戸籍を作った。」
「あああ、そ、そんな事出来るの?」
「きわめて特例だ。
何しろあいつらは
だからその礼もあるし、」
金剛が声を潜める。
「それに戸籍を作ればある程度あいつらの行動は
把握できるかもしれんと言う事だ。
あいつらは今までに見た事がない鬼だ。
現代のやり方でどの程度行動が掴めるかのテストパターンでもある。
他にも試す計画はあるみたいだぞ。」
「……そうだな。」
豆太郎が頷く。
「まああいつらには言うなよ、怒ると思うから。」
金剛が口元に指を立てる。
「言わないよ。それで今ドライブに誘われた。」
金剛がにやりと笑う。
「初心者の運転か。それはそれは。」
「じいちゃんも来てくれよ。」
「何を言ってるんだ、誘われたのはお前だろ。
しっかり指導して来い。」
「ったって一角ならともかく千角の運転はどうなんだろう。」
「一角は几帳面だからな。千角は型破りで……、」
「一角に運転してもらおう。」
ドライブ当日、豆太郎がアパートに行くとレンタカーが置いてあった。
初心者マークがちゃんと貼ってある。
車のそばでは二人がにこにこと笑って立っており、
その横に鬼頭が気の毒そうな顔をしていた。
「豆ちゃんおはよう。」
「鬼頭さんも一緒に行こうよ。」
「いや、私は用事があってね。」
と鬼頭はへへと笑う。
それを見て一角が言った。
「僕は全然構いませんよ。行きましょうよ、鬼頭さん。」
「いやいや、残念だね、また誘ってな。」
と笑いながら鬼頭は部屋に帰って行った。
「じゃあ行こうか。」
と千角が運転席に乗り込んだ。
「お前が運転するのか!」
「そうだよ、一角には怖くて任せられないよ。」
一角は助手席に乗った。
「どうしてだよ、僕は運転したいのに。」
「帰りはお前が運転しろよ。ところで豆ちゃん、」
豆太郎は後ろに乗る。
そしてその横に前に羽衣が入っていた桐の箱があった。
それを聞こうとした時に千角が振り向いて言った。
「豆ちゃんの親の墓ってどこよ。羽衣を返した所。」
「えっ、そこに行くのか。」
「うん、見せたいものがあってさ。」
その車にはカーナビがついていた。
それを豆太郎がセットする。
「その指示通りに行くと良いぞ。近くに来たら教えるから。」
「分かった。じゃあ、」
と車は走り出す。
豆太郎は心で手を合わせた。
が、
千角の運転は極めて安全運転だった。
制限速度以上は絶対に出さず、信号もちゃんと守る。
歩行者がいれば横断歩道できちんと止まった。
それは当たり前の事だ。
だがそれを守れない車は多々ある。
だが鬼の千角の運転はとても穏やかだった。
豆太郎は黙って彼の運転を見ていた。
自動車学校を出たばかりだからかもしれない。
だが、彼の見た目とは全然違う運転に彼は驚いていた。
「そう、そこが駐車場だ。」
豆太郎が指示をすると千角はスムーズに駐車した。
「驚いたなあ。上手いじゃないか、千角。」
皆は車から降り、豆太郎が言った。
千角の手には桐の箱がある。
「だろ?結構いけるじゃんって自分でも思ったよ。
でも一角は仮免は一度落ちたんだよ。」
ちらと千角が一角を見る。
「そうなのか、意外だな。」
「筆記はばっちりだったけどな。」
「だろうな。」
もしかすると一角は運転に向いていないのかもと豆太郎は思った。
どちらかと言うと頭脳派だからだ。
彼の運転のセンスはまだ分からない。
皆は柊家の墓の前に来る。
そして静かに手を合わせた。
豆太郎の親は鬼に殺されている。
そして今その鬼が墓の前で手を合わせている。
不思議な景色だ。
人と鬼の間には大昔から凄まじい程の因縁が存在している。
それを全て消し去る事は不可能だろう。
だが鬼は手を合わせている。
それがただの真似事だとしても、今ここには何もない。
豆太郎と一角と千角がいるだけだ。
その三人が揃って手を合わせているのだ。
「なあ、豆ちゃん、これ見てよ。」
顔を上げた千角が手に持った箱を
豆太郎の前に出した。
「そうそう、気になっていたんだよ、何が入っているんだ。」
千角がそれを開けると、
つややかな真綿の中に透明な輝く花があった。
「これは、ユリか?」
「そう、オニユリだよ。ばあちゃんの家の庭に咲いた。」
豆太郎はそれを細かく見た。
「花びらの上にはぽつぽつとふくらみがあるな。」
「ユリのそばかすみたいだろ?」
豆太郎はユリの顔を思い出す。
いつも笑っている可愛い子どもだった。
そばかすだらけの顔を見ると誰もが楽しくなるような……。
「ユリからの礼かな。」
「だと思うよ、だから羽衣を返した所で
豆ちゃんに見せたかったんだよ。」
豆太郎が千角を見た。
「お前にも宝が出来たな。本当に綺麗な宝だ。」
千角はにっこりと笑った。
「豆太郎君、あの辺りが一寸法師だろ?」
少し離れた所で景色を眺めていた一角が言う。
二人は彼のそばに寄った。
一角は指を差す。
「ああ、多分あの辺りだけどよく分からんな。
よく見えるな。」
「街中だけど凄く目立つよ、一目で分る。」
「うん、あそこだけ白く光ってる。」
豆太郎は手をかざして見た。
「もしかして豆太郎君は見えないのか?」
「近眼でもないのになあ。もしかしたら豆ちゃん……、」
千角が言う。
「赭丹導の時も赤い粒が見えなかったし、
もしかしてこういうの見えないんじゃないか。」
「一寸法師が清められたんだよ。
僕達も見ていたけど大冨鬼の時に雪みたいなものが降ったよね。
あれであの場が清められたんだ。
僕達は一寸法師の周りに泥船を仕掛けたけど、あれも全部消えてる。」
大冨鬼が命を落とした後、一寸法師には光が降った。
それはすぐに全て消えた。
それは凄惨な現場を清める光だったのだ。
「そうか……。」
「多分天女からの礼だよ。いや、ユリかな……。」
しばらく皆は黙って景色を見ていた。
豆太郎と一角、千角が生活をする街。
人と鬼とが生きている街。
「しかしまあ、豆太郎君は赤い粒や白い光が見えなかったりと
何だかよく分からないなあ。」
豆太郎はため息をついた。
「そうなんだよな、じいちゃんが言うには守護が強すぎるらしいよ。」
「でも光が降ったのは見えたんだろ?」
「あれは見えた。」
「多分相当強くないと見えないんだよ。
赤い粒は小さかったし、
一寸法師の今の光もどちらかと言えばそんなに強くないから。
でも気配は分かるだろ?
前におばあちゃんが虫を寄越した時はすぐ分かったと言っていたから。」
「ああ、あれはな、匂いと言うか。」
「やっぱ豆ちゃんは犬だな。桃介とピーチの仲間だ。」
と皆は笑った。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか、次は僕に運転させてくれ。」
一角がにやりと笑った。
その顔を見て千角が焦ったように言った。
「い、いや、やっぱり俺が運転するよ。」
「何言ってるんだよ、レンタカー代は折半だろ。
半分は運転しないと不公平だ。」
「ま、豆ちゃん、止めてよ。」
情けない顔で千角が豆太郎を見た。
「よく分からんがお金を半分出しているなら
一角にも運転させないとだめなんじゃないか。」
と豆太郎は言った。
だがその言葉をすぐに彼は後悔した。
一角の運転は実に派手だった。彼は無言でハンドルを握っている。
「だから言ったじゃないか、豆ちゃん!」
助手席の千角が青い顔をして豆太郎を見た。
「だって俺は初めて乗るんだぞ、分かる訳ないだろ。
あ、あ、一角、そこにあのファミレスがある、
入れ、入れ、今日のお礼に俺が奢る!」
皆はやっとファミレスのテーブルに着いた。
「あー、面白かった。」
一角が笑いながら言う。
「お前なあ、運転が面白いって問題だぞ。
事故を起こしたらどうするんだ。」
「大丈夫だよ、僕は鬼だから悪運が強い。
前にも運転したけど僕だけ何ともなかったし。」
「前?」
「ああ、外車を運転したんだ。
高速道路にも行ったよ。面白かったなあ。」
豆太郎はふと思い出す。
「もしかして電光掲示板にぶつかったか?」
一角がにやりと笑う。
「お前、それ絶対に人に言うなよ。俺も聞かなかったことにする。」
「だから言っただろ、一角には運転させちゃだめって。
ところで何にする?
今回はアメ・飴・キャンディフェアだってよ。」
千角がホールスタッフを呼ぶ。
「僕はこのパチパチパフェにしよう。」
「豆ちゃんは?」
「俺はカリカリキャンディパフェだな。」
「じゃあ俺もそれにしよう、お姉さんよろしくね。」
やがてそれぞれパフェが運ばれてくる。
カリカリキャンディパフェは
薄い細工のカラフルな飴がフルーツの間に差し込まれてる。
そしてパチパチパフェには小袋がついていた。
「これをパフェにかけるのか。」
一角が袋を開けて細かい粒を一気にパフェにかけた。
すると粒は一斉にパチパチとはじけだす。
そして周りにクリームが飛び散った。
「何やってんだよ、一角、
メニューに少しずつかけろって書いてあるだろ。」
「あ、本当だ、ごめん。」
「ごめんじゃないよ、二人とも早く周りを拭けよ、
あ。すみません、ありがとう。」
ホールスタッフが慌てておしぼりを持って来た。
多分同じような事があったのだろう。
周りを拭きながら千角が思わず笑い出す。
それを見た豆太郎と一角も笑い出した。
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