訪問  1





老婆と会った豆太郎が一寸法師に帰って来た。


「おーい、桃介とピーチ。」


豆太郎が犬を呼ぶ。

二匹はご機嫌で寄って来た。


「お土産?お土産なの?」


二匹はふんふんと鼻を鳴らす。


「何にもないじゃん、なんだよ、豆太郎。」


少しばかり声が低くなった犬が不機嫌そうに去って行った。


「……気のせいなのかな。」


豆太郎は首をひねった。

そして先程の電話で千角が言った事を思い出し、

彼は美行と衣織を呼んだ。


「お許しが出たぞ、一角と千角が来いって。」


それを聞いた美行と衣織がピリッとした顔をする。


「そう緊張するなよ、

明日の昼頃と言っていたから、昼ご飯を食べたら行こう。

丁度休みだしユリも連れて行けばいいだろう。」




翌日、緊張の面持ちで美行と衣織は豆太郎の車に乗っていた。

ご機嫌なのはユリだけだ。


「ゆかり豆を渡せばあいつらの機嫌も良いぞ。」

「ゆかり豆……。」


菓子の大袋を持っている美行が変な顔をした。

このような菓子だけで本当にご機嫌が取れるのかと言う表情だ。


「多分一角がコーヒーを淹れて待ってるはずだ。

あいつのコーヒーは結構美味いよ。」


豆太郎が美行と衣織、ユリを連れて車で鬼頭アパートに来た。

だがそこに近づくと異様な気配が漂って来た。


それは極めて危険な臭いだ。

いわゆる腐臭だ。

人の本能に働きかけてすぐにそこから逃げろと訴えかけるものだ。


豆太郎は鬼頭アパートの駐車場に車を停めた。

三人は何も物を言わない。

言葉を交わさなくても分かる鋭い緊張感がそこにはあった。


それは人を喰った鬼の臭いだからだ。


それも相当な数の人を殺めている。

とてつもなく古い臭いから新しいものまでそれはあった。


「……豆太郎、話が違う。あの鬼達は人を喰ったのか。」


美行が唸るように言った。


「俺もどうしてこうなっているのか分からん。」


衣織は無言で懐に手を入れていた。

美行も何かに手を掛けている。

豆太郎は愛用のスリングを取り出していた。


「せんかく、いくよ。」


ユリだけは無邪気に話している。

半分鬼の彼女にはこの臭いは何ともないのかもしれない。


三人はゆっくりと車を降りた。

ユリは車の中にとどめておくつもりだったが、

彼女はすぐに自分で下車しさっと走り出した。

仕方なく三人はその後を速足でついて行った。


そしてユリが部屋の扉を開けた。

扉のそばに一角の姿が見えるが、その横を美行が風の様に通り抜けた。

一角ですらそれを止めることが出来ないほどの速さだ。


そして続いて豆太郎が部屋に入ると椅子に座っていた千角の首筋に

美行が短刀を突き付けていた。


千角は簪に手を掛け、振り向いた一角はネクタイを掴んでいる。

そして豆太郎は千角と美行にスリングを向けていた。

廊下には衣織がユリを背にして守るように立っている。


「豆太郎、誰にそれを向けている。」


静かに美行が言った。


「お前と千角にだ。」


千角が顔色も変えず豆太郎を見た。


「豆ちゃん、これは一体なんだ。」

「それは俺が聞きたい。

この辺りに漂っている臭いはなんだ?

人を喰った鬼の臭いだぞ。」


豆太郎は視線も変えず返事をする。

しばらく誰も動かない。


「古い腐臭も交じっているからお前らではない事は分かるが、

もし邪悪なものと通じているならただでは済まさん。」


豆太郎が低い声で静かに言った。

美行の目には怒りの炎がある。


「豆太郎、今すぐに成敗するべきだ。こちらは三人いる。」


豆太郎が瞬きもせず二人を見た。


「こいつらがもし何かをやらかしているなら、

俺が成敗する。

それはお前達の仕事ではなく俺の役目だ。

おい、一角と千角、俺にはその覚悟がある。

何があったか正直に話せ。」


千角が簪に手を掛けたまま皆を見た。


「この前、俺達の所に鬼が来たんだ。古い鬼だ。

そいつは相当人を喰ってる。

もう臭いは消えていると思ったが残っていたんだな。」

「それで何を話したんだ。」

「僕達と組んで人を殺ろうと言ったんだ。

だけど僕達は宝探しの家系だからと断った。」

「その鬼はどんな鬼だった。」

おお冨鬼とみおにと言ってた。赤い小鬼だ。」


その名を聞いた美行の短刀が一瞬緩む。

その瞬間千角が簪を抜き短刀を弾いた。

音を立てて短刀が飛ぶ。


「みな、動くな!!」


腹の底に響く豆太郎の大声だ。

そこの全員が身動きをしない。


そして、


「うわぁぁああん……。」


ユリが大声で泣き出した。


「ケンカだめ、せんかくいじめちゃダメ。」


衣織の後ろでユリが棒立ちで泣き出した。


「ああ、ごめんね、怖かった?」


衣織がユリの方を向いて頭を撫でた。


「ちょっとあんた達何してるんだい。」


気配を感じたのか鬼頭も階段を上がって来た。


「いい大人が揃ってユリちゃんを泣かせて何してるんだ!

ケンカするなら別の所でしな!

ここで大騒ぎは困るよ!」


皆は一斉に鬼頭を見た。

その雰囲気に一瞬鬼頭は飲まれたが、


「すみませーん、ちょっと揉めちゃって。」


千角は手に持った簪をさっと後ろに隠すと、

美行の肩を抱いた。


「俺達仲良しなんです~。」

「仲良しったってあんた達会った事があるのか。」

「いやその、これから仲良しになるんです。

豆ちゃんから話を聞いていて友達になりたいなーと。」


豆太郎もスリングを隠した。


「そうなんですよ、美行と衣織に紹介したくて。

一角と千角はちょっと変わってるから、

話のネタになるかなあと、ははは。」

「それならいいけどここで騒ぎは困るからね。

それと一角と千角、未だに臭いよ。

もう二度とシューなんとかの缶詰は部屋で開けちゃダメだよ!!

ほら!」


鬼頭は近くにいた衣織に消臭剤を渡した。

飛んだ短刀は彼女には見えなかったらしい。

鬼頭はため息をついて階段を下りて行った。


「鬼頭さんにもこの臭いが分かるのか……。」


豆太郎が呟いた。


「うん、僕達はこの前叱られたよ。」


一角が返事をする。


「ともかく何があったか教えろ。

それと千角と美行も今は押さえろ。やりあうのは事情を聴いてからだ。」


肩を組みながらお互いに殺気に満ちた目で

睨み合っている二人に豆太郎が声をかけた。









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