仕返し





しばらくして一角と千角は梅蕙ばいけいの元にやって来た。

既に壊れた蔵は無く更地になっていた。


「うわー、家の中が凄い事になってる。」


一角が居間に入り声を上げた。


「蔵の中の残ったものを全部こちらに持って来た。」


梅蕙が言う。

全ての部屋が足の踏み場もないぐらいになっていた。


「何百年分だったろうね、ついでに虫干しと物の整理だよ。

ご近所さんが手伝ってくれたよ。」

「良かったな、ばあちゃん。」

「その代わり好きな物を持って行って良いよと言ったからな。

なんかすごいものも持って行かれたかもしれん。」


と梅蕙が笑った。


「えー、なんかもったいない気がする、ばあちゃん。」

「何百年もほったらかしだったからな、

ま、ただ置いておくより良いだろう。こんな時は割り切らんとな。」


一角が梅蕙の頭に手を伸ばした。


「おばあちゃん、傷の具合どう。」

「ありがとうよ、しばらく触ると痛かったが、今はすっかり治ったよ。

蔵も全部壊して新しく建てるよ。」

「ところでさ、ばあちゃん。」


一角が言った。


「この前バタバタして言わなかったけど、

俺、現世で鬼の子を拾ったんだよ。」

「鬼の子?どうして現世にいるんだ。」

「鬼の子と言うか半分鬼なんだよ。何かとのハーフらしい。」

「ふむ。」

「まだ子どもでさ、人で言ったら3歳ぐらいかな。

街中で悪い男に蹴られてた。」

「それは許せんな。それでその男はどうした。」

「記憶を喰ってやったよ。美味かった。」

「で、その子はどうした。」

「今一寸法師にいるよ。」


梅蕙が驚く。


「豆太郎のいる所か。」

「うん、その子はユリと言うんだけど

現世だから警察に届けないといけないと思ったんだ。

でも僕達は鬼だろ、

だから豆太郎君に頼んでユリを連れて行ってもらった。」

「……豆太郎か。お前ら本当に豆太郎に足を向けて寝れんな。」


一角と千角がにやにやと笑う。


「こちらに連れて来てもよかったんだけど、

鬼の血が入っているのは確かでも後は何なのかよく分からないんだよ。

人の様な気もするし違うかもしれない。」

「まあこちらに来ても得体のしれないものはすぐ喰われちまうし、

面倒を見るものがおらんしな。」

「ばあちゃん、面倒見てくれよ。」


梅蕙は激しく頭を振った。


「勘弁してくれ、

子育てなんて厄介なものもう二度と嫌だね。

孫が一番良いよ。」

「でも、子どもがいれば楽しいんじゃないの?」


梅蕙が苦笑いする。


「そりゃ、楽しい事もあるし自分の子は特別だよ。

でも責任があるだろ、ほっといてもそれなりに育つが

どう育つか分からん。

時間をかけて馬鹿になっちゃあ元も子もないだろ。

そういう意味でも子ども一人大きくするのは大変なんだよ。」

「ふうん、そんなもんなんだ………。」


一角と千角は何とも言えない顔をする。


「まあいいさ、人の血が入っているようなら

人に任せる方が無難だ。

だんだんと人の血が濃くなるかもしれんしな。」

「血の濃さなんて変わるの?」

「その国の人でなくてもその国にずっと住んでいると

元々からいる人みたいになるだろ。

そんな感じで体が変わる。

案外とな鬼の血は弱いんだ。純粋な鬼でないと鬼の力は出んよ」


梅蕙が二人を見た。


「まあそのユリと言う子は豆太郎に任せておけ。

あいつはちゃんとやるだろう。

その代わりちゃんと礼をしろよ。

人とは言え世話になったんだ、ちゃんと筋を通せ。

それと、」


梅蕙が自分の頭を指さした。


おお冨鬼とみおには絶対に探し出せよ。

仕返しは必ずしてやる。ただではすまさん。」


二人は頷いた。


「色々と調べてもらったが、今は鬼界にはおらんようだ。

現世にいるだろう。見つけたら教えろよ。」


梅蕙の目は鋭かった。


「じゃあとりあえず僕達は現世に戻るよ。

また来るよ。」


と二人は姿を消す。


そして梅蕙は一つの小さな膏薬こうやくかんを取り出した。


「蔵の中には思わぬものもあるねぇ。」


と梅蕙がにやりと笑う。

そしてその膏薬を首筋に塗った。






豆太郎は入所者に頼まれて買い物に出ていた。

近所のスーパーだ。

ぶらぶらと歩きながらそこに向かうと、

杖を突いた一人の老婆が大きな交差点でうろうろとしていた。


「ばあちゃん、どうした。」


老婆は困った顔をして豆太郎を見上げた。


「ここを渡りたいけど……。」


その交差点は中央分離帯のある二車線ずつの道路だ。

少しばかり横断歩道は長い。


「じゃあ、ばあちゃん一緒に渡ろう。」


と豆太郎が彼女の手を持った。


「渡り切れるかね。」

「真ん中で少し待てばいいよ。」


老婆の歩く速度は遅かった。

渡り出したが案の定真ん中で信号が変わった。

二人は中央分離帯の所で立ち止まる。


「悪いね、一人じゃここが怖くてさ。」


豆太郎が笑った。


「そうだな、でも俺はちょっとここが好きだよ。

普通じゃないし、ちょっと変わってるから。」


老婆が笑う。


「でもあんた、あたしを抱っこしたりしようとは

思わなかったのかい?

その方が早いだろ。」

「いや、」


豆太郎は腕組みをする。


「歩けるなら歩いた方がいい。

ばあちゃんも大変だけど歩こう。

使えるうちは体は使えるんだぜ。」


その時信号が変わった。

二人は手を繋いで信号を渡る。


「ばあちゃん、ここから一人で行けるか?」

「ああ、行けるよ。ありがとう、助かったよ。」


老婆がにやりと笑う。


「あんたはやっぱりあたしが思った通りの男だ。

うちの孫が世話になったね。

これからも頼むよ、豆太郎。」


豆太郎がはっとする。

だがその老婆の姿はもうなかった。


「うちの孫?」


豆太郎は慌ててスマホを出し千角に電話を掛けた。


『豆ちゃん、どうした。』

「おい、お前らにばあちゃんっていたよな。」

『うん、いるよ。』

「現世に来てるのか?今通りすがりに人だと思ったけど、

妙なおばあさんに会ってうちの孫をよろしくと言われたぞ。」


しばらく返事は無い。


『うん、いるけど今は鬼界きかいだと思うよ。

なんか幻でも見たんじゃね?』

「何言ってんだよ、すぐに姿を消したけど絶対にいたぞ。

そんなことが出来るのは鬼ぐらいだろ。」

『でもうちのばあちゃんじゃないと思うよ。

ごめん、ちょっと忙しいから切るよ。

あ、そうだ、明日ぐらい前に言っていた研修の人連れて来てよ。

昼頃来る?一角も良いって言ってるからさ。

じゃあな、明日な。』


と電話は切れた。


豆太郎は全然納得がいかない様で首をひねっている。

だが用事を頼まれているのだ。

とりあえず買い物を済ませてから考えようと思った。




「で、なんだよ、ばあちゃん。

豆ちゃんには言うなって事か。」


千角が電話をしている最中アパートに来た梅蕙が

彼の前で指を口に当てていた。

その姿は先ほどの老婆の姿だ。


「あまり大っぴらにしたくなくてさ。

それでも世話になっているから礼だけ言いたかったんだよ。」

「普通に会えばいいのに。豆太郎君は気にしないと思うよ。

ところでおばあちゃん、」


一角が梅蕙のそばに寄り匂いを嗅いだ。


「全然鬼の匂いがしない。どうやって消したの。」


梅蕙がポケットから小さな膏薬缶を出した。


「これだよ、これ、じん香膏こうこうだよ。

ほんの少し塗ると鬼の匂いを消して人の体臭になる。」


千角が受け取り蓋を開けた。


「ああ、凄いな、いい香り。」

「この前蔵が壊されただろう、その時に見つけたんだ。」

「僕達が最初からこれを渡されていたら

もっと楽に仕事が出来たのに。」


梅蕙が苦笑いする。


「でもこんなものを使っていたら豆太郎と会えなかったぞ。」

「ああ、そうか。」


皆は笑った。


「まあ、あたしも一度豆太郎と話がしたかったからな。

それとお前らの事を頼んでおいたから。」

「別に豆ちゃんに頼まなくても良いと思うんだけど。」


梅蕙がじゅを唱えて元の姿に戻った。


「鬼界と現世を行き来している奴は捕まえにくい。

現世でも事情を知っている者がいた方が良いだろう。

ともかく絶対に捕まえる。」

「……そうかもね。

まあ豆太郎君にも機会があったら事情を話すよ。」

「そうしてくれ。

豆太郎にはいずれこちらかも礼をするよ。

あいつによろしく言ってくれ。」


そう言うと梅蕙は姿を消した。


「おばあちゃん、本気で怒ってるね。」

「うん、そうだな。」


本気で怒っている鬼は絶対にそれを忘れない。

怒りが消えるのは相手の命が無くなった時だ。

その執念深さは比類するものは無いだろう。








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