訪問  2





「この前なんだけど僕達の所に鬼が来たんだよ。

おお冨鬼とみおにと言っていた。」


土足で上がり込んだので皆で掃除をして片付けた後、

皆はテーブルに着き一角がコーヒーを淹れた。

部屋中鬼頭が渡した消臭剤の匂いがした。


美行と衣織は最初コーヒーに手を付けてはいなかったが、

豆太郎が普通にそれを飲んだ。

それを見て二人も口を付けてはっとした顔をする。

一角がにやりと笑った。


『大冨鬼』の名を聞いて豆太郎の目が鋭くなった。


「その名前は一寸法師のリストに入っている。」

「だろうね、僕達でもちょっと引くぐらいの鬼だったよ。」


ユリが千角の隣で折り紙を折っている。

千角がそれを手伝っている様子を美行が見ていた。

ユリの前にはジュースが置いてあった。


「それでさ、断ったら鬼界のばあちゃんの家が襲われてさ、」

「襲われた?」


豆太郎がはっとする。


「うん、ここで断ってすぐだ、俺達の身元はもうばれていたみたいで、

ばあちゃんの名前を言っていたから危ないと思ってすぐに向かったら、

ばあちゃんは殴られて蔵が半分壊されてた。」

「おばあさんは大丈夫だったか?」

「ああ、怪我はしたけど傷はすぐ塞がった。

鬼は丈夫なんでね。

でも心配してくれてありがとう、豆太郎君。」


美行と衣織は豆太郎と鬼達のやり取りを黙って聞いていた。

そしてユリに対する態度も見る。


「あの、一角さんと千角さん。」


衣織がおずおずと話し出した。


「先ほどは申し訳ありませんでした。いきなりの態度で……。」


一角がふっと笑う。


「いやこちらも配慮が足らなくて悪かったよ。

同族の匂いだから鈍感になっていたんだな。

君達人にとっては嫌な臭いなんだろ?」

「ええ、まあ……。」


衣織が苦笑いをする。


「改めて紹介させてください。

私は津郷衣織です。こちらは青葉美行です。」


衣織が頭を下げるが美行は一瞬ぐっと体に力を込めた。

その時だ、ユリが美行に近寄る。


「みゆきはね、アイスかってくれたの。

いちごのアイス。すごくおいしかったよ。

くつとおんなじいろ。」


にこにことユリは美行を見上げた。

顔を上げた美行は千角と目が合う。

千角がにやりと笑った。


「……ありがとうな。」


美行は口元をへの字にしたが、


「その、急にあんなことをして悪かったな。すまん。」


と頭を下げた。

美行はユリに対する千角の態度を見たのだ。


確かに彼らは鬼だ。

だが今までに見た事がない鬼だった。

豆太郎が二人に会わせたかった意味が何となく美行には分かった。


「なんだ、その、もういいだろう。

美行は俺の友達だから悪い事はすぐに謝る良い奴だぞ。

それにお前ら仲良しなんだろ、さっき鬼頭さんにも言ったし。」


豆太郎が笑いながら言った。


「なかよし、なかよし。」


ユリが千角と美行の頭を撫でた。

衣織がくすくすと笑いだした。


「まったくユリには敵わんよ~。」


千角がユリのわき腹を少しくすぐった。

ユリが笑う。


「ところでな、大冨鬼だが……、」


豆太郎が言う。

そして美行がみなを見た。


「大冨鬼は僕のかたきです。母を殺されました。

一寸法師の中の人にも家族を殺された人がいます。

三人の鬼がその人の奥さんと娘を殺しました。

そのうちの一人が大冨鬼です。」

「他の二人の鬼はどうなったの。」


一角が聞く。


「……かたきを討ちました。

あなた達には面白くない話ですが。」


衣織が静かに言う。


「まあそんなに気にする事はないよ。過ぎた事だし。

人に仇名あだなしたのは事実だからね。

僕達自身に何かされたら当然仕返しするけど。」


一角の目の底が眼鏡の奥で光った。


「まあそれで大冨鬼が今探さなくてはいけない鬼だな、

お互いに共通の敵と言う事で。」


豆太郎がとりなすに言う。

それを見て千角が言った。


「そうだな。俺達はばあちゃんの仕返しがしたいし、

美行は仇が討ちたい。そう言う事だな。

それに蔵が大冨鬼に壊されたんだよ。宝が半分ぐらいだめになったんだ。」

「お前達は宝探しの家系だろ?

それってかなり痛いんじゃないか。」

「そうなんだよ、とりあえず残った宝は家に入れたけど

足の踏み場もないぐらいになっていたんだ。

色々整理するためにご近所の人にも手伝ってもらったんだけど、

おばあちゃんは好きなものを持って行って良いと言ったらしくて、

どれぐらい持っていかれたか僕達には分からないんだ。

おじいちゃんの頃からあった物も持って行かれたかも。」


愚痴が延々と続く。

彼らにとって一番悔しいのは宝が無くなった事の様だ。


「やっぱりお前らは宝探しの家系なんだな。

相変わらず取っておくだけで使わないのか。」

「そりゃそうだよ、せっかく集めたのにどうして使うんだ。」


不思議そうに鬼達は豆太郎を見た。


美行と衣織はなぜこの鬼達にそれほど邪気を感じないのか、

その様子を見ていて分かった気がした。

彼らは人に害悪をもたらす気はないのだ。

興味があるのは宝を探して手に入れる事だけなのだ。


「豆太郎さん、分かったわ。」


衣織が微笑みながら豆太郎を見た。


「この二人に私達を合わせたかった意味が。」

「えっ、豆ちゃんなんか言ってたの?」


衣織が千角を見た。


「色々な鬼がいるって事よ。

私達も鬼だからって最初から色眼鏡で見ちゃだめって事。

油断は出来ないけどね。」


一角がにやりと笑う。


「衣織さんだよね、

そうだね、僕達も人に油断しちゃだめだけど

人にも色々いるって事が分かったよ。」


美行は少しばかりむっつりしているが、


「まあ、コーヒーが美味いからな。」


とゆかり豆の大袋を出した。


「お、ゆかり豆だ。美行君気が利くね。

コーヒーのおかわりはどうだい。」

「もらおうかな。」

「水出しコーヒーだから美味しいだろ。

これは豆太郎君に買ってもらったんだ。」

「豆太郎に?結構高いんじゃないか。」


豆太郎が頭を掻く。


「こいつらの宝を俺が台無しにしちゃってさ。」

「俺達が探したサイコロかー、あれなあ……。」


何となく千角の歯切れが悪い。


「なんだよ、使えなかったから俺が奢らされただろ?」


一角と千角が顔を合わせる。


「今更の話なんだけど、あのサイコロは今は神様の所にあるよ。」


豆太郎が驚く。


「神様?えっ?」

「豆太郎君が願ったから雄と雌のサイコロが一つになっただろう、

サイコロは元々一つで世界を表している。

でも雄と雌に分かれていた。

それが一緒になったらどうなると思う?」

「いや、あれはやっぱりサイコロだろ?

確かにすごく綺麗なものだったけど。」


一角が指を振る。


「完璧な世界になったんだよ。

豆太郎君の願いでサイコロの格が上がったから、

おばあちゃんが神様に献上した。」


豆太郎は驚いた。


「なら俺がやったことはすごく良い事じゃないか。

なのにお前達に色々と買わされて……。」

「全然だめだよ、使えなかったうえに

神様のものになったんだぜ。俺達は働き損だよ。」

「はたらきぞーん!」


ユリが大きな声で千角の真似をした。


「ちぇっ、お前達のおばあさんは神様にちゃんと

俺が作りましたと言ってくれたのか?」

「それは聞いてないな。今度会ったら聞いてみるよ。」

「かなり買わされて損するばっかりだからな、

俺も少しは神様に贔屓して欲しいよ。」

「まあまあ、コーヒーだけはこれからも飲みに来て良いよ。

ウォータードリップはさすがに美味いから。

買ってもらって良かったよ。」

「俺もミシンで作るの楽しいからな。豆ちゃんありがとな。

ユリにも何か作ってやるよ。服が良いか?」

「ふくがいい!」


そう言うと千角が部屋の奥から細長い桐の箱を持って来て

テーブルの上に置いた。


「それで綺麗な布があるんだよな。」


千角がにやにやしながら箱を開けた。

皆がそれを覗き込む。


中には光り輝く向こうが透けそうなほど薄い軽やかな布が入っていた。

先日千角が持って来た羽衣だ。


豆太郎、美行と衣織も皆息を飲む。

これは宝なのだ。


「お前、これって……。」


豆太郎がやっと声を出す。


「羽衣だよ。」


あっさりと千角が言った。

そしてそれをユリの肩にかけた。

ユリがかけられた布を両手で触ると、

布はまるで引力が無いようにふわふわと浮いた。


「あれっ、俺達が触ってもそんな風にならなかったのに。」


その時だ、ユリの姿がずれたように二重になった。

光と影が一瞬重なり、それぞれゆらゆらと動いた。


それを見て驚いた千角が布をさっと取った。

ユリは何かに囚われたように身動きをしなかったが、

しばらくするとユリは顔を上げた。


その顔は今までのユリの顔とは少し違っていた。

愛嬌のある幼い顔でなく、

気高く白い端正な顔立ちだった。


だがそれもほんの瞬間だ。

ユリは元の姿になった。


「……何があったの。」


衣織が呟いた。


「いや、びっくりしたなあ、ユリは鬼の血が入っているから

羽衣が反応したのかな?」


千角が少し笑いながら言った。


「でも羽衣だろ、いわゆる天女の持ち物だ。

それをどうしてお前達が持っているんだ。」


豆太郎が聞く。


「蔵から持って来たんだよ。

これで服を作ったらハデハデで良いかなと思ってさ。

でもはさみが入らないんだよ。」

「宝なんだろ?それをはさみで切るとか無茶苦茶だぞ。」

「蔵にずっと置いておくより良いと思ったんだよ。」


今衣織と美行の目の前で話された会話や出来事は

ある意味神話の世界の話だ。

それを日常の様に三人は話している。


不思議が目の前で起こっているのだ。


「何だか訳が分からなくなって来た。」


美行が呟く。


「私も。」


衣織もあっけにとられるだけだ。


「そうだろう、面白いだろう、こいつら。

珍しいものが見られて良かったな。」


二人はすっかり気抜けした。

豆太郎はにこにこと笑っているだけだ。


「そう言えば豆太郎君、

おばあちゃんがいずれ礼をすると言っていたよ。」

「えっ、そうなのか。」

「ああ、ばあちゃんは豆ちゃんを気に入ったみたいだ。」


豆太郎が少し考えこむ。


「……もしかしてやっぱり昨日のおばあさんは、」

「そう言う勘の良さも良いみたいだよ。」


と一角がにやりと笑った。


「豆太郎さん、なんの話?」


衣織が聞く。


「昨日道端で困っているおばあさんと会ったんだ。

助けた後にその姿がすっと消えた。

やっぱり見間違いじゃなかったんだな。

でもあのおばあさん、鬼の匂いが全然しなかったぞ。」


千角が手のひらに乗るぐらいの膏薬缶を出した。


人香じんこうこうだって。

これを一塗するとあら不思議、人の香りになるんだってよ。」


豆太郎がそれを受け取りふたを開けた。

中には白っぽいぬるりとしたものが入っていた。

匂いを嗅ぐが全く香りは無い。

衣織と美行もそれを見る。


「全然臭わないぞ。」

「そりゃそうだよ、僕達にはとてもいい香りだけどね。

おばあちゃんや僕達みたいな人を喰っていない鬼だと、

ほんの少し塗るだけで鬼の匂いが消える。

宝を家に移した時に見つけたんだってさ。」


豆太郎がため息をつく。


「たとえでも人を喰う話は止めろよ。」

「それは失礼した。済まないね、皆さん。」


一角が頭を下げた。


「まあおばあちゃんが豆太郎君の所まで来て顔を見せたのは、

相当怒っているって事なんだ。

どうしても仕返しをしたいんだよ。

おばあちゃんは大冨鬼は鬼界と現世を行き来しているみたいだから、

こちらにも協力者がいた方が良いと言ってたよ。

それに大冨鬼は鬼界でも鼻つまみ者らしい。

ともかく全て壊して全て喰う……、と言う話だ。

火つけもするらしい。

鬼でも人でも平気で裏切るから今は仲間はいないんじゃないかな。

だから僕達みたいなひよっこの所にわざわざ来たんだと思う。」

「鬼達でも大冨鬼は始末したいと言う話か?」


美行が言う。


「そういうこと。

人間は俺達を狂暴でルールなんてないと思っているかもしれないけど、

俺達もそんなに現世を見て回った訳じゃないけど、

あんまり変わらないね。

悪い奴はどこでも悪いよ。」

「……まあこの話は、」


豆太郎がみなを見る。


「それぞれ思惑はある。

だがこの問題を早く決着するためには協力しないといけない。

大冨鬼を放置しておいては何が起こるか分からん。

お互いに何か手がかりを見つけたら連絡し合う事だ。

大冨鬼を倒したい気持ちはみな一緒だろ?」


全員は豆太郎を見て頷く。

ユリも皆をきょろきょろと見渡して、


「はーい!」


と手を上げた。

思わず皆は笑い出した。

千角は彼女の頭を撫でた。

その様子は人でも鬼でも変わらないと美行は思った。


「おばあちゃんの話だと大冨鬼は20年ぐらい見かけなかったらしい。

それと全て破壊するような鬼なのに

おばあちゃんは殴られたぐらいだったから、

もう歳で弱っているんじゃないかなと言っていたよ。」




「そういう事でみんな頼むよ。」


豆太郎が帰りがけに皆に言った。


階段を降りながら豆太郎と手を繋いだユリが千角に手を振る。

その後ろを衣織と美行が降りながら彼女がそっと言った。


「豆太郎さんって本当に不思議な人ね。」


それを聞いた美行が彼女を見た。


「だって、本当なら結びつかない何かを結び付けたのよ。

そしてみんな言う事を聞いてしまう。」


美行が豆太郎の後ろ姿を見た。


「そうだな……。俺達と違って剣の腕はいまいちらしいが。」

「スリングは凄いじゃない。」

「まあ、そうだが豆太郎は俺達が持っていない何かがある。

あいつは凄い。」


衣織は少し俯いて微笑んだ。


ユリと話しながら歩く豆太郎の背中は大きい。

それを見てここでの研修はもう中盤を過ぎている事を思い出した。


もうすぐ元の職場に戻らなくてはいけない。


彼女の微笑はもう消えていた。








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