訪問 3
鬼頭アパートから一寸法師に帰る途中だ。
少しばかり車を走らせた瞬間、
凄まじい腐臭が車の前から後ろにかけて走り抜けた。
車中の皆は一気に張り詰めた。
それはアパートに漂っていた臭いと一緒だったからだ。
「
美行が呟く。
豆太郎は急いで車を停め、走って来た方に戻った。
臭いが通り過ぎた方向はアパートの方だった。
そしてその臭いが通り過ぎた瞬間、
それは車中の全てを見た気がした。
「ユリ、ユリ!どうしたの!」
後部座席の衣織が隣に座っているユリの名を呼んだ。
「どうした。」
「ユリが痙攣してる……。」
豆太郎が車を停めて後ろを見た。
「シートベルトを外して横向きに寝かせろ。息はしているか。」
「してます。」
「顔色は普通か。」
「悪くありません。目はうつろで半眼です。」
「まだ分からんがてんかんかもしれん。数分様子を見る。
だがアパートも心配だ。様子を見つつ先に行く。
呼吸に気を付けろ。」
車はすぐにアパートに着いた。
その前には鬼頭が動揺した様子で外に出ていた。
「あ、豆ちゃん、みんなも。」
鬼頭が車から降りた豆太郎に近寄って来た。
「どうしました。」
「凄い音がしたんだよ、ガス爆発みたいな。
それとまたこの臭い……。」
豆太郎もその臭いは感じていた。
先程のそれとは比べ物にならないぐらいの腐臭だ。
「俺、二階を見てきます。
鬼頭さん、悪いけど車にユリがいるんですが
気を失っているんです。
衣織と一緒にユリを見て頂けますか。」
「あ、ああ、分かったよ。」
美行が豆太郎のそばに来る。
「僕も行く。」
「頼む。俺は剣は使えないからな。」
「速さでは豆太郎の方が上だ。
もし敵がいたら隙を作ってくれ。」
「分かった。」
二人はそろそろと階段を上った。
一角と千角の部屋の扉は少し開いていた。
そこからとてつもない腐臭が流れて来る。
先程撒いた消臭剤の匂いは全く残っていなかった。
豆太郎が扉に手を掛けてそっと開け中を覗くと、
床にウォータードリップが倒れて割れていた。
「……豆ちゃん、」
奥から小さな千角の声がする。
「どうした。」
扉のそばで豆太郎が聞いた。
「大冨鬼が来た。油断した。」
「お前ら大丈夫か、大冨鬼は。」
「出て行ったよ、もういない。」
豆太郎と美行が中に入った。
部屋では一角と千角が頭を押さえて座り込んでいた。
「どうした、怪我をしたのか。」
「頭を殴られたよ。いきなり窓が開いて大冨鬼が入って来た。
豆ちゃんが行ってすぐだ。」
「俺達がいた時にも近くにいたのか?」
「分からない、でも僕達はやっぱり鬼だから鬼の匂いに鈍感なんだろうな。
近寄って来るのが全然分からなかった。」
「今は臭いは凄いぞ。消臭剤を撒いたのは良くなかったかな。」
「そうかも……。」
一角が殴られた拍子にずれた眼鏡を直しながら言った。
「豆ちゃん、」
千角が真剣な声で言った。
「大冨鬼は
テーブルに置いてあったがそれがない。」
豆太郎がテーブルを見ると
コーヒーを飲んだカップやお菓子が乱雑に倒れていた。
「あれはひと塗りすると鬼の臭いが消えると言ったな。」
「ああ、でも大冨鬼ぐらいになると
ひと塗りでは匂いは消えないと思う。
多分全部使って……、一日ぐらいか。」
一角が腕組みをする。
「それでもいつかの一日は大冨鬼の後は追えないんだ……。」
その時扉のそばにいた美行がはっと外を見た。
「豆ちゃん!!!」
車から鬼頭の悲鳴が聞こえた。
美行が急いで車に走って行く。
その瞬間美行は車から飛び出す大冨鬼を見た。
それはかつて自分の前で凄惨な様子を見せたその時の姿だった。
鬼はちらと美行を見た。
彼と目が合う。
そしてにんまりと笑って姿を消した。
「美行さん、衣織さんが!」
鬼頭が叫ぶ。
美行が慌てて後部座席を見ると衣織が頭から血を流して気を失っていた。
「衣織、しっかりしろ、衣織!!」
その声に気が付いたのか豆太郎も走って来る。
彼は彼女の様子を見て立ち竦みしばらく動けなかった。
「豆太郎しっかりしろ、衣織の息はある。」
「う、ああ、衣織、どうした。」
焦った顔をした豆太郎が衣織に近づいた。
するとうっすらと衣織が目を開けた。
「鬼が、赤鬼がユリを連れて行こうとして……。」
「ああ、僕は見た、大冨鬼だ。でもどうしてユリを……。」
豆太郎が車のダッシュボードからタオルを出し
衣織の頭を押さえた。
ユリは後部座席で未だに目を覚ましていない。
「鬼頭さんも額に傷が……。」
豆太郎が常備している救急箱からガーゼを取り出した。
「いや、私は何とも……。」
鬼頭の額には縦に赤い筋がついており薄く開いていた。
衣織がそれを見てはっとする。
「鬼頭さんの額に目が…、それを見て鬼が逃げて行ったの。」
その時一角と千角が降りて来て鬼頭を見た。
そして二人は少しばかり後ずさりした。
「鬼頭さん、それ、ものすごく怖いよ……。」
鬼が恐れる何かが鬼頭の額にあったのだ。
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