ケーキピック





皆は鬼頭も連れて一寸法師に戻った。


「僕達はあそこは怖くて行けない、

とりあえず今の事をおばあちゃんに話に行くから、

何の話をしたか後で教えてよ。」


と一角と千角は鬼界に行った。


一寸法師に戻る頃には鬼頭の額は元に戻っていた。

ロビーで皆が集まる。


「私は結婚前は茨島いばらじまと言う苗字なんだ。

今では市町村合併で地名が変わったけど、

茨島いばらじまむらと言う所があってそこには鬼伝説があった。

私はそこの出身なんだよ。」


皆の中心で鬼頭が話す。


「額に目のある巫女が鬼を払ったと言う話だよ。

子どもの頃から祖母から何度も聞かされていたんだ。

うちはその巫女の家系だってね。」


金剛がため息をつく。


「各地に鬼伝説はある。

だから様々な話はあるが、まさか鬼頭さんが……。」

「鬼頭さんに来てもらう時にじいちゃんにも面接をしてもらっただろ、

その時にあの人は善い人だと言うから採用したけど、

勘は当たっていたんだな。」


鬼頭がちらりと金剛を見る。


「そうなのかい?」

「そうだ。」


金剛が彼女を横目で見降ろした。


「でもそんな事は私も信じていなかったんだよ。

でもさっき急に物凄く嫌な感じがしたら車に何か飛び込んで来て、

衣織さんはユリをかばったんだ。

それなのに衣織さんを殴りつけたから腹が立って

そうしたらおでこに力が入って……。」


鬼頭が額を押さえる。


「鬼頭さん。」


金剛が鬼頭を見た。


「俺達の仕事は普通じゃないと言うのは、

もううすうす分かっているよな。」


鬼頭が頷く。


「それでも鬼頭さんは誰にも言わず黙って仕事をしてくれた。

あなたは俺達の仕事に関わるためにここに来た気がする。」

「私もそんな気がするんだよ。

あの一角と千角も人じゃないだろ。鬼だな。」


皆は頷いた。


「私の額を怖がったから分かったよ。

ともかく最初から変な感じはしていたんだ。

家に来た頃は仕事はホストだとか言っていたけど。」

「ホスト?あいつらそんな事言っていたのか。」


豆太郎が呆れたように言う。


「ホストの仕事もよく知らないくせに。

あいつら人で言ったら中学生ぐらいらしいよ。

50年ぐらい生きているけど。」

「中学生!!」


皆は驚いた顔をした。


「中学生ぐらいと聞いてなんかしっくりするよ。

しっかりしているようで抜けてるし。

でもあの子達は悪い子じゃない。悪戯は好きみたいだけどな。」


皆はくすくす笑う。


「前には半年ぐらい家を留守にしていた事もあるけど、

普通なら事情によっては話し合って立ち退いてもらうんだよ。

家賃を払っていても不用心だから。

犯罪がらみだと怖いしな。

でもそれがどうしても出来なかったんだ。」


鬼頭はみなを見た。


「妙な話かもしれないけど、

悪い事をしないよう私が見張るために

あの子達はあのアパートに来た気がする。」


金剛が微笑んで彼女を見た。


「そうだな。鬼頭さん、これからもよろしく頼む。」

「ああ、この歳になってこんな事が待っているなんて

思いも寄らなかったけど、日本を守るんだろ?

おばさんになってそんな仕事が出来るなんてな。」

「そうだ、俺達は俺達の正義のもとに動くんだよ。

影日向なくだ。」

「格好良いねぇ。」


鬼頭が笑った。


豆太郎はその様子を見て部屋を出た。

そして医務室に行く。


そこにはベッドに横たわったユリとそのそばに徳阪が座っていた。

近くには頭に包帯を巻いた衣織がいた。


「まだ気が付かない?」


豆太郎が静かに言う。


「ああ、顔色も呼吸も普通だがな。

ただ眠っているだけならいいが……。」


徳坂はユリを見る。

目を閉じた小さな顔がそこにあった。

豆太郎はユリを見て衣織に振り向いた。


「大丈夫か?」

「ええ、徳阪さんが手当てしてくれたわ。

殴られて皮膚が少し裂けたの。頭の傷は血が結構出るから。」


徳坂が衣織を見た。


「それでも打っているからな。

しばらく痛むかもしれん。ここは私が見ているから

豆太郎、衣織を休ませてやってくれ。」

「でも、ユリが……。」


衣織が心配そうにユリを見た。


「徳阪さんの言う通りだよ。何かあったら呼ぶから。

今は休もう。」


豆太郎に促されて衣織は部屋を出た。

皆はロビーに集まって話をしているようで館内は静かだ。


豆太郎と衣織は彼女の部屋の前に来た。


「大丈夫か?」

「ええ……その……、」


衣織が俯いて口ごもる。

しばらく二人は無言のまま向かい合っていた。


「痛いか?」


豆太郎が聞いた

すると彼女の足元にぽたりと何かが落ちた。

衣織がはっとして顔を上げて豆太郎を見た。


「……、」


衣織の目には涙がいっぱいに溜まっていた。

彼女自身も驚いたような顔をして自分の頬に手を触れた。


「あの……、」


戸惑ったような衣織の言葉だ。

豆太郎は周りをさっと見渡した。

そして衣織の部屋の扉を開け彼女の背に手を添えて

二人で中に入った。




何もない衣織の部屋だ。

研修で来ているだけなので何もないのは当たり前だが、

その壁に小さなものが張り付けてあった。


それは恐竜フェアのパフェについていたケーキピックだ。

豆太郎はちらとそれを見た。


彼は衣織を近くのソファに座らせた。

彼女はずっと泣いている。


「ご、ごめんなさい、なんだか……。」


涙が止まらないのだろう、

彼女は近くにあったタオルを顔に当てて

しゃくりあげる程泣き続けていた。

豆太郎はその横に座り、ずっと彼女の背に手を当てていた。


しばらくして彼女は落ち着いて来た。

タオルをそっと顔から外す。


「あの、ごめんなさい。」


再び彼女は少し顔を上げて謝った。


「そんな謝る事なんかないよ。

鬼に殴られて痛いし怖いし。泣いて当たり前だよ。」


それを聞いた途端彼女の目から涙が溢れた。


「あ、ごめん、変な事言ったな、俺。」

「ち、違うの、豆太郎さんの顔を見たら、

なんだか止まらなくて……。」


衣織は自分は強い人間だと思っていた。


昔から人とは違う苦労をして来た。

そして美行の生い立ちも知り、自分よりも過酷な彼の運命も知った。

それに打ち勝つために剣の道に進み、ずっと修行をして来た。

全て鬼を成敗するためだ。


それなのに今は涙が止まらなかった。

辛くても絶対に泣くものかと

今まではいつでもぐっと我慢をして来たのだ。


だが豆太郎の顔を見ると涙が止まらない。


これは何なのか。


「鬼に襲われたのは初めてだった?」


衣織は無言で頷いた。


「怖かったか?」


豆太郎が優しく聞いた。

涙がこぼれる。


「……怖かった。」

「そうか、それに痛いよな。」

「……痛い、の。」


まるで甘えるような言葉だ。

豆太郎がそっと衣織の傷に手を添える。

温かみがそこに伝わった。


彼女は豆太郎の体に身を寄せた。

そんな事をしたのは初めてだった。

豆太郎はそのまま彼女の体の重みを受けた。

その手が彼女の肩に回される。


豆太郎は彼女の包帯の上に唇を寄せた。


彼もそんな事をしたのは初めてだった。

そして寄り添っているだけで、

こんなに心が満たされるのも初めてだった。






翌朝普通にユリは目を覚ました。


「おはようございます!」


ユリの元気な声だ。

食欲もある。

だが徳阪は難しい顔をしてユリを見ていた。

その横に金剛が来ると彼に話しかけた。


「何か気になるのか。」


徳阪が腕組みをする。


「ああ、昨日はユリのそばで寝たんだが、

ユリの体が光り出した。」

「光った?」

「ぼんやりとだが。」


金剛もユリを見た。


「俺も色々と考えたんだが、

ユリの血の半分は天女じゃないか?」


金剛が徳坂を見た。


「昨日美行が言っていたよな。

一角と千角の所で羽衣を見て

それをユリに掛けたら顔立ちや姿が変わったと。」

「私もそう思う。

だがどうして鬼と天女が交わるんだ?接点が分からん。」

「まさか天女が堕天したとは思えん。

その時点で天女じゃなくなるからな。

今のユリの様子を見ると天女としての純粋さが残っている。」


食べ終わったユリが徳阪の元に走って来た。


「ユリ、ちゃんと食器を片付けて来い。」

「はあい、お父ちゃん。」


金剛がそれを見た。


「誰もが優しい気持ちになれる不思議な子だ。」

「……ユリは忘れていたことを思い出させてくれた。」


走って行くユリの後ろ姿は元気そうだ。

だがいつ調子が悪くなるのかは分からなかった。。


「だがおお冨鬼とみおにがやたらと関わって来るな。

ユリに関係があるんだろうか。徳阪さん、どう思う。」


徳阪が薄暗い目になった。


「ユリの血の半分がその大冨鬼かもしれん。

どうして付け狙うのは分からんが、

あいつが人を喰うのと同じ意味でユリを狙っているとは思えん。

何か魂胆があるはずだ。」

「天女に関係があるのだろうかな。」


徳阪が難しい顔になった。


「それとユリは大冨鬼と遭遇した時に痙攣を起した。

ユリの体の中で重大ななにかが起きているのは間違いない。

狸殿が街中にユリを連れて来たのも、

その体の変化でどうにもならなくなって

助けを求めて街中に出てきた気がする。」

「物の怪の世界でもユリは前例のない特殊な存在だったのかもな。

狸殿の目的地がどこだかは分からんが、

少なくともあの繁華街よりここはましだと思ってくれればいいけどな。」


二人は腕組みをして難しい顔になった。

皆は大冨鬼が極めて凶悪な鬼と知っている。

通り過ぎた後は何も残らないと。

ユリはその渦中にいるかもしれないのだ。


徳阪は真っすぐユリを見た。


「今度は救う。絶対に。」


そのつぶやきを金剛も聞く。

それは彼も同じ気持ちだった。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る