一年





「そう言えばおばあちゃん、」


鬼界にいる一角が梅蕙ばいけいに聞いた。


「この前豆太郎君と話したけど、

サイコロは神様に献上したんだよね、

それで豆太郎君が俺の事は言ってくれたかって。」

「ああ、」


梅蕙が何かを書く真似をする。


「当然神には直接話せないから一筆添えて献上したよ。

人の柊豆太郎の願いによりサイコロが一つとなり、とな。

神が気が付くかどうか分らんが。

気分次第では豆太郎にも何か善い事が起こるよ。」


梅蕙が含み笑いをした。


「神に献上するものを無意識に作っちまう男だ。

さすがに神も捨て置かんだろうよ。」

「俺達の事も書いてくれた?」


千角が聞く。


「当たり前だろ、梅蕙が孫、一角と千角が探し当て、とな。」


一角と千角はにやにやと笑う。


「僕達にも良い事が起きるかな。」

「一角はもういい事があっただろ?」

「それはそうだけど。」

「俺にはまだ何もないからなあ。」


梅蕙が部屋の宝の中から箱を出して来た。


「ばあちゃん、それをまた一寸法師に飛ばすのか。」


彼女は前に使った事のある視虫しちゅう覗鬼しききょうを出して来た。


「ああ、そのユリって子を見たいんだよ。

一角に少し改良してもらったから音も聞ける。」

「でもこの前はすぐに豆ちゃんに見破られたんだろ。」

「大丈夫だよ、人香じんこうこうがまだあったからそれを虫に塗った。

だからばれにくいと思うよ。」

「でもどうやって音を聞けるようにしたんだよ。」


一角が小さな紙で出来た虫のようなものを出した。


「耳を書いた。」


細長い紙をひねったような虫の羽根に『耳』と書いてある。


「えー、そんなで聞けるのか?」


千角が呆れた顔をする。

一角はにやりと笑ってじゅを唱えると紙はすっと姿を消した。

皆は鏡を見た。


しばらくすると食堂の様な所が映った。


「誰もおらんな。」

「食事時じゃないし。」


一角が鏡の縁を触れると

その方向に虫が飛んで行くのか画面が動いた。


そこには一寸法師の庭があった。

そこでは桃介とピーチ、ユリが走り回って遊んでいる。


「おお、これは……。」


梅蕙が感嘆の声を上げた。


「世にも珍しい鬼と天女の間の子だ。

話には聞いた事はあるが初めて見たな。」

「やっぱりそうか。

ユリに俺が羽衣を掛けたらそれが浮いたんだよ。」

「天女のがあるからな。

でも鬼のは残っているから完全じゃない。

だが……、」


梅蕙がユリを見る。


「この場所のせいだろうか、かなり鬼の気は抜けてるな。」

「だろうね、一寸法師は人の聖域みたいなところだよ。

僕達はどうなるか分からないから近寄れない。」

「聖なる場所で体が徐々に変わっているんだな。

でも、どうしても鬼の名残は消えない。天女にはなれんよ。」


一角が鏡の縁を触り虫を移動させた。

画面はユリたちの近くになり、ぼそぼそと話し声が聞こえて来た。

ユリは先ほどから空をちらちらと見ていた。


『ユリ、何か見えるの?』


ピーチだ。


『うん、なんかひかってる、きれい。』


ピーチと桃介が空を見上げた。

その日は晴れた暖かい日だった。


『綺麗な空だけどね。』


他愛のない話だ。

それを聞いた梅蕙がため息をつく。


「無垢で邪悪な心が全くない子だ。不憫だ。」


それを聞いて千角がはっとする。


「不憫、ってどういう事だ、ばあちゃん。」

「……この子はな、」


梅蕙が画面のユリを見た。


「どこにも行き場がない。鬼の地、人の地、天にも。

それに体の中の血が争い合っている。

しかも一つの血はおお冨鬼とみおにだ。

消えようとする凶鬼きょうきの血が激しく抗っていて、

いずれ体がそれに耐えられなくなる。

それで成長も邪魔されているな。

だがらこそ無邪気な存在だが、それはいずれ死をもたらすものだ。」


千角が怒ったように立ち上がった。


「ばあちゃん、そんな事、酷いよ。」


梅蕙が冷静に彼を見上げた。


「よく考えろ、親ならともかく他人のお前が

ユリをどうにか出来るのか?

可哀想に思う心はそれは立派だが、

そう思うなら一生をユリに捧げるつもりでいなきゃならん。

それが責任と言うものだ。その覚悟があるのか?」


千角はしばらく無言で立っていたが、荒々しく再び座った。


「ユリはどれぐらい生きられる?」

「分からんがひと時間で一年か、そこらか……。」

「おばあちゃん、ユリは一寸法師だと

もっと長生きできるかな。」


画面のユリが再び走り出した。

その後ろを桃介とピーチが追う。


「分からん、一寸法師で鬼の血が薄くなるとそれが抗う。

だが、鬼界に連れてこれば鬼の血は強くなるが、

天女の血が抵抗を始める。

常にユリの体の中で血がせめぎ合っているんだ。

それがあの子の体を蝕んでいる。どうにもならん。」


三人は何も言わず画面を見た。

ユリの笑い声が聞こえる。

明るく楽しい声だった。






衣織の傷も治りかけて来た。

そして彼女達は毎日剣を振る。


その日も武道場で徳阪を前にして美行と衣織は

木刀を振っていた。

その時金剛がやって来る。


「また二人で打ち合ってみるか。」


徳阪を前にして二人は木刀を構えた。


「始め!」


以前の様に二人は静かに立っている。

だがそれは見た目だけだ。


ほんの少しの相手の隙を探っている。

息を吸う瞬間でもわずかにそれは生まれる。


そしてまた何かの拍子に呼吸音ともに二人の体が動いた。

目にも止まらない速さだ。


美行の剣は振り下ろされている。

そして衣織の腰は少し下がり、美行から半歩程前に出ていた。

そして剣は真っすぐ前を向いている。


「衣織!」


徳阪が言う。

いつの間にかハウスの皆が集まっていて拍手が起きた。


二人は身を正してお互いに礼をする。

そして美行が衣織に手を差し出した。


「完敗だ。やっぱり衣織は強い。」

「ううん、止めは刺せていないわ。

私は胴を払い抜いただけ。」

「いやそれでも僕は衣織の体に触れる事が出来なかった。

止めを刺すことは諦めても、生き残るのはお前だ。

お前の素早さが勝ったんだ。

やり方を変えたんだな。凄いな。」


二人は強く握手をする。


「……ありがとう。」


その時豆太郎が二人のそばに来た。


「今度も凄かったな。二人とも強い。」

「ありがとう、豆太郎さん。」


衣織が豆太郎ににっこりと笑いかけた。

美行がちらりと二人を見る。


「ま、今回の勝利は豆太郎のおかげだろうな。」

「え、あ、その……。」


衣織が少し口ごもる。


「あの、そうね、そうだわ。ゆかりさんと話したからかも。

豆太郎さんが会わせてくれたから。ありがとう。」

「俺、何もしていないのに二度も礼を言われて

なんか照れるな。」


美行が豆太郎の肩を軽く叩いた。

その仕草は昔からの仲の良い友達の様だった。




美行と衣織の研修期間はしばらくで終わりだった。

彼らのレポートの追い込みも始まっていた。


「お前は良いよな、ゆかり豆の工場に行ってるし。」


机に向かっていた美行が背伸びをした。


「えっ、行ってないの?今からでも遅くないから行けばいいのに。」

「そうだけどさ、」

「私が豆太郎さんに頼んでみようか。」


スマホを見て調べ物をしている衣織が言う。

それをちらりと美行が見た。


「お前さ、この前出掛けた時に豆太郎と何かあった?」


一瞬衣織の動きが止まる。


「い、いや別に何もないよ。」


少しばかり声が上ずっていた。

美行がにやにやと笑う。


「お前は嘘をつくのが下手だな。」

「下手と言うか、関係ないでしょ。」


衣織の顔は真っ赤だ。


「まあ、僕はそう言うのは慣れてるから分かるんだよ。

お前豆太郎、大好きだろ。」


真っ赤な顔の衣織の口がぱくぱく動く。


「お、お、女たらしの美行に言われたくない。

高校の時から相手をとっかえひっかえしてたくせに。」

「自分で言うのもなんだけど僕はもてるからね、

でも二股なんてしたことはないし、

別れる時はちゃんと話し合って綺麗に清算してるよ。

もめた事なんて一度もない。」


美行と衣織は子どもの頃からの知り合いだ。

彼が言っている事は全て事実だった。

女性に優しくて見た目も悪くなく、いつもきりりとしている。

そして強い。

衣織も何度も友達から紹介してくれと言われていた。


だがそれほど長続きしない。

なぜなら彼はやはり剣中心の生活をしているからだ。


実情が分かれば普通の女性は離れていく。

生活習慣は全てにおいて節制しており、食べる物もきちんと管理している。

だからこそ彼は密かな甘党なのだ。


だがなぜか彼と付き合った女性は

別れた後は必ず良い相手と巡り会っている。

それは都市伝説にも近い話となって広まっていた。


「あんた、昔からあげチン君って女の子から呼ばれてるの知ってる?」

「光栄だな。」


美行は涼しい顔をして言った。

衣織は悔しそうな顔をして彼を睨んだ。


「ま、お前は昔からお堅いタイプだからな。」

「……うるさい。」

「僕とか全然気にしていない男は呼び捨てにするけど、

好きな男程呼び捨てに出来ないんだ。それは男からすると重いんだよ。

だから全然彼氏が出来ないんだ。」

「……。」


美行は衣織を見た。


「だが豆太郎はどうだ?

豆太郎さん呼ばわりで嫌だとか言ったか?」


衣織ははっとする。


「……言わなかった。」

「気にしていないだろ。

未だに豆太郎さんと呼んでも。」

「うん。」

「だからな、あいつはそう言う事には鈍感なんだ。

だからお前の重さにも気が付いていない。

分かるか?」


衣織はきょとんとする。


「僕達がここにいるのもしばらくだ。

そのうちにあいつの気持ちをはっきり聞け。

ともかくあいつはど・ん・か・ん、だ。」


と美行が衣織をびしりと指さした。

しばらく彼女はあっけに取られていたが、

何も言わずよろよろと美行の部屋を出て行った。


その後ろ姿を見て美行が机に突っ伏した。

肩が震えている。

そしてしばらくすると彼は顔を上げて笑い出した。


「もうたまらん、あいつ、

豆太郎が大好きなのが丸分かりだぞ。」


彼は涙を拭った。


「チャンスだぞ、衣織。

豆太郎なら僕でも許すからな。

だが僕は手伝わないぞ。自分でやれ。」


そして彼は豆太郎の様子も思い出す。

昼間の彼の目は衣織をいつも追っていた。


豆太郎の気持ちも丸分かりだった。








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