『なあ、豆ちゃん、一寸法師の周りに罠、仕掛けて良い?』


千角から豆太郎に電話が来た。


「罠?どんなものだ。」


近くにはたまたま金剛と徳阪がいた。


『宝でよさそうなものを見つけたんだよ。』


豆太郎はそばの二人に目で合図をする。


「すぐそばに金剛さんと徳阪さんがいるんだ。

一緒に聞いていいか。」

『良いよ。』


豆太郎はスピーカーにする。


「千角か、金剛と徳阪だ。」

『ども。』

「罠か、場合によっては仕掛けても構わんが。」

『一角です。鬼だけ捕まる罠だよ。人が通っても影響ないらしい。』

「そんな都合のいい罠があるのか?」


徳阪が聞く。


『ただ鬼界の物を使うからね、敏感な人は嫌かも。

使うのは鬼界のものだから鬼は気が付きにくいと思うんだ。』


おお冨鬼とみおにはしばらく姿を現していなかった。


『大冨鬼はユリに妙に執着しているから、

僕はそのうち一寸法師の近くに来ると思うんだよ。

だからそこに罠を仕掛けておくと捕まる確率は高いかなあと。』


それを聞いて皆はしばらく考えた。


「俺は一角の話に乗っても良いと思うが。」


金剛が二人に話す。

二人も頷いた。


「一角と千角、それを仕掛けてくれるか。」

『分かったよ、すぐにでもセットするよ。』


と一角が言う。


『あの、千角です。』


金剛と徳阪の前ではさすがの千角も控えめだ。


『ユリの具合はどうですか。』


金剛と徳阪が難しい顔になった。


「時々気を失う事がある。気を付けているが……。」


徳阪が呟くように言った。


『おばあちゃんがユリの中で二つの血が争っているって。

だからそれがユリの体を……。』


それ以上一角が言わなくても皆分かっていた。


「おばあさんは何と言っている?」


金剛が聞いた。


『長くて一年かと……。』


徳阪の口が強く結ばれた。


「鬼界に連れて行ってもダメなのか?」


豆太郎が聞いた。


『二つの血がユリの中にあるうちはどこにいてもだめらしい。

一寸法師ならどうかとおばあちゃんに聞いたけど、

どうしても鬼の血は消えないらしいよ。』


皆はため息をついた。

しばらく沈黙が続く。


『罠は夜中にこっそりやるよ。』

「悪いな、一角。」

『良いよ、僕らも早く終わらせて宝探しをしたいよ。

じゃあね。』


と電話は切れた。

豆太郎が再びため息をつく。


「千角はユリの話を聞いたら喋らなくなったな。」


豆太郎が徳阪を見た。


「千角は金髪の鬼だな。ユリを見つけたと。」

「そうだよ、あいつ見た目はああだけど優しいんだよ。」

「ユリもせんかくが、とよく言っているな。」


金剛が言う。


「まあこの中には結界が壊されない限り侵入出来ないはずだ。

ユリを狙ってくるかもしれんが、ここににいれば安全だと思う。」

「そうだな、近くに現れたら激しい腐臭が漂うから

すぐ分かるはずだ。

その時はみなでユリを守る。」


最初はユリを一番警戒していた徳阪だ。

だが今は一番にユリを見守っている。


その心変わりまでは色々と葛藤があったはずだ。

だが今は決意を真っすぐに持っている。


ユリには鬼の血が入っている。

だが無邪気で素直な子どもだ。

か弱く幼いものを守りたい気持ちは人として当たり前の心だ。


豆太郎も二人の背中を見て決心を新たにする。


人を守る。

そして凶悪な鬼相手でも、

人として恥ずかしくない行動をしなければいけない。


何度も死線を乗り越えている二人だ。

いつかはそこまで進み、

そして乗り越えたいと豆太郎はいつも思っていた。





その日、ユリは一人で庭で遊んでいた。


誰彼となく手入れをする一寸法師の庭はとても美しい。

季節の花がいつも咲いていた。


ユリはその庭で花を見た。

様々な色の花びらは鮮やかな姿で虫を呼ぶ。

その中心に誘われたミツバチが頭を突っ込み

その尻が上下に動いた。


音もなく花びらが散る。

そしてその横には膨らみかけの蕾がある。

蝶が羽ばたきゆっくりと飛んで行く。


彼女はこのような景色をどこかで見た気がした。

光り輝き全てが美しく平和で優しい世界。


あれはどこだっただろう。


彼女の心にふっと想いが湧く。


するとどこかから黒い闇が押し寄せて頭が割れるように痛んだ。

そして気が付くと徳阪が彼女のそばにいた。

それはいつもだ。


心配そうにのぞき込む彼の顔を見ると

ユリはとてもうれしくなる。


「お父ちゃん。」


いつも徳阪はそれを泣きそうな顔で微笑みながら聞いた。

どうして彼はいつもそんな表情なのか、

だがユリにはその感情は分からない。

ただ徳阪がいつもそばにいるのが嬉しいのだ。


「お父ちゃん。」


ユリは徳阪の首に抱きついた。

徳阪はユリの頭を撫でる。

優しく何度も。


そんな時、空から光が降って来るのが見えた。

それは青空からふわふわと落ちて来る。

かぐわしく清浄な光だ。


徳阪の首に抱きつきながらユリの目はそれを辿る。


あの光は……。


だがそれを思い出そうとすると頭が酷く痛んだ。


「ユリ、大丈夫か。」


うめき声を上げ始めたユリを抱いて、

慌てて徳阪は館内に走った。

しばらくすると何事もないようにユリは遊び出すのだが、

その頻度は徐々に増えて行った。




その日もユリは花壇の中にいた。


いつものようにミツバチは花の蜜を集めるのに勤しみ、

蝶は花の間を飛ぶ。

花の香りが周りに漂い、日差しは暖かく風は微かだった。


庭の隅で桃介とピーチが遊び疲れたのか眠っている。

徳阪も何かの用事で席を外しているらしい。


ユリは花に顔を寄せた。


黄色い花粉を体につけてミツバチが必死に蜜を集めている。

それを座っている彼女は見続けた。


「かわいいね。」


と彼女が呟いた時だ。

少し離れた花壇の中にうっすらと影が湧いた。

それは小さな闇だ。


闇はそこにある花を踏みつけていた。

そして徐々に姿を取る。

ユリの背と一緒ぐらいの小さな老人だ。


ユリは潰れた花を見た。

そして影の顔を見た。

その老人はユリに笑いかけ手招きをした。


その笑みは歪み、そこから見える歯には隙間がある。

抜け落ちたのだろうか。

だが白い牙だけが鋭く光っていた。


それを見たユリの目からすうと生気が抜け、

彼女はふらりと立ち上がった。


老人の手が素早く音もなく細く伸びて

ぼんやりと立っているユリの首に届いた。

そしてそれはいきなり強い力で彼女の首を両手で絞めた。

彼女の首から鈍い音がする。


その瞬間老人の腕に白い光が通るとだらりと落ちた。

ユリも一緒に倒れる。


老人はふらふらと後ろに下がった。


手が落ちた老人の前にいたのは

刀を構えた恐ろしい形相の徳阪だった。


おお冨鬼とみおに!!」


凄まじい声で徳阪は一喝する。

腕は地面に落ち、強烈な腐臭を放った。

そして老人の腕の切り口からも同じ臭いが噴き出す。


桃介とピーチが激しく吠え徳阪の近くに走って来た。


その様子に老人の姿の大冨鬼が一瞬怯むが、

体を縮めると門の外に飛んだ。


だが、その場所は普通の地面のように見えたが、

鬼が足を着けるとぬかるんだ泥になった。

すぐに大冨鬼の足は沈み込む。


「泥船だよ。」


門の向こうに一角と千角が現れた。


「もがけばもがくほど沈むよ。」


老人が悔し気に顔を上げた。


「お前らか、鬼のくせに鬼を罠にかけるたぁいい度胸だ。」


千角がうっすらと笑う。


「今までさんざん裏切って来たんだろ?

ばあちゃんから聞いたよ。

それとよくも蔵を壊してくれたな。」

「この泥船は蔵が壊されたから見つけられたんだよ。

自分で自分の首を絞めたんだ、大冨鬼さん。」


大冨鬼は既に体の半分を泥船に沈められていた。

手も足もすでに沈んでいて身動きが取れなかった。

そして見る見るうちに目の辺りまで泥に沈んだ。

その眼だけが憎々し気に一角と千角を睨んだ。

徳阪がそれを見定め、そして倒れているユリを見た。


花の中に目を閉じて彼女は横たわっていた。

その顔立ちは今までのものとは少し違っていた。


まるですぐにでも立ち上がりそうな様子だが、

徳阪が近寄り彼女の体に触れると、

真っ白な細かい砂が崩れるようにその部分が音も立てず、

おぼろげに地面に落ちた。


徳阪は驚いて手を引いたが、

そこからユリの体はぼんやりと光りながら消えて行く。


門の外から千角と一角がそれを見た。


千角が驚いて門に近づいたが、

ぱちりと音を立てて彼の体は弾かれた。

鬼に対しての結界が張られているのだ。


豆太郎が慌てて門を開けた。


「ダメだ、僕達はそこには入れない。」


一角が言う。

千角が怒りを込めた目でユリを見た。


だが、そのうちにユリの体は全て柔らかな光に変わり、

ゆっくりと空に消えて行った。

周りの花がそれにつられてか花びらを散らした。


光と一緒に空に消えて行く。

音もなく静かに。

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