柊の枝





「僕は千角を連れて一度鬼界に戻るよ。

おばあちゃんにも報告するから。

泥船は周りの土ごとそちらの結界に移せば良い。

君らでも術を使えば動かせるものだ。」


と門の外で一角が言った。

千角はその横で厳しい顔つきで何も言わず

ユリが消えた場所を見ていた。

そこでは徳阪が座り込みうなだれていた。


「泥船を動かしたらおお冨鬼とみおにの顔だけ掘り出して

話を聞くと良い。」

「お前達は大冨鬼の話を聞かなくていいのか。」


豆太郎が聞く。


「聞きたいけど、現世ならこのケアハウスの中が

一番逃げられない場所だ。僕達は入りたくない。

どうして大冨鬼がそこに入れたのか分からないけど。」

「分かった。

とりあえずこちらで聞き取りをして、お前らにも必ず連絡をする。」


千角が怒りに満ちた目で豆太郎を見た。


「ユリのかたきは俺に取らせてくれ。」


いつもとは違う低い声だ。


「すまんが今は返事は出来ん。だがそれも配慮する。

こちらの連絡を待ってくれ。」


豆太郎が静かに言った。


「豆太郎君、

泥船は捕まえたものを取り出すと全部崩れる一度限りの罠だ。

だが中にものがあるうちは絶対に崩れない。

くさびを打ち込めばすぐに壊れるが……。」

「大冨鬼を出す時に気を付けろと言う事だな。」

「そうだ、だが……。」


一角が泥船を見た。


「多分、もう逃げられないと思う。かなり弱っているみたいだ。」




泥船は何重もの結界が張られた中庭に運ばれた。


そして豆太郎が少しだけその表面を払った。

するとそこにぎらぎらとした怒りの目があった。

豆太郎はそれに構わずそのあたりを払う。

すると大冨鬼の顔の半分が出て来た。


「……!!」


大冨鬼は鬼の声で叫んだ。

それは怒りの声だった。

本来なら人には耐えられない音だ。

だが一角が言ったようにもう衰えているのだろう。

大きな声だが周りの人は耳を押さえる事無くそのまま立っていた。


「大冨鬼よ。」


金剛が鬼に近寄り静かに言った。


「お前はもう逃げられない。

観念しろ。」


鬼は再び叫んだ。

だが息が続かない様で最後にはその声はかすれ

息切れをしていた。


「お前は何故ユリを付け狙ったのだ。」


金剛が聞く。

だが大冨鬼は鼻で笑った。

それを見た金剛が手に持っていた柊の枝で鬼の顔を撫でた。

凄まじい悲鳴が上がる。


「もう一度聞く、ユリを狙った理由は。」

「……あの餓鬼の中にわしの命があった。」

「命とは?ユリの中にはもう一つ命があったな。

天女だろう。」

「そうだ、天女だ。

攫って来てわしの命の欠片を天女の中に入れたんだ。

人の女でも何度も試したがみんな死にやがった。

だから天女を攫って試してやったんだ。

だがあいつは命を入れた途端種になってどこかに消えやがった。」

「それはいつの話だ。」

「30年ぐらい前だ。わしならついこの前の話だがな。」


大冨鬼は馬鹿にしたように笑った。


「わしは人香じんこうこうを塗っているからな、ここに入れたんだ。

あのたわけた鬼の双子は宝の使い方を知らん馬鹿者だ。

あれはな人間の術を全然効かなくするもんだ。

人の脂からつくったものだぞ。

わしの方が宝の使い方をよーく知っとる。

だが泥船は気が付かなんだ。通れたからな。

くそっ、腕が切られなきゃ罠にもかからんかったのに。」


泥船に顔を半分埋めた大冨鬼が叫ぶ。


「わしはなあ、もうすぐ命が尽きる。

だからあの餓鬼の中の命を取りに来たんだ。

前にあの双子の馬鹿鬼がいる住処にわしの臭いがあるのを見つけたんだ。

臭いを辿ってやっと見つけて取ってやろうと思ったら、

あの餓鬼、こんな所に入りやがって。

おかげでほとんどわしの命が消えただろうが!

お前らのせいだ、呪ってやる、呪ってやる!」








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