宝 2
「ただいま、ばあちゃん。」
居間で座っていた梅蕙が振り向く。
「千角か、どうした。あれ、一角は。」
「今日は一人。」
どこなく機嫌の悪そうな千角だ。
梅蕙は何かあったのだろうと感じた。
千角は無言でどっかりと座った。
「どれ、お茶でも入れようかね。」
梅蕙が立ち上がった。
このような時は余計な事をせず、
さりげなく接するに限る事を彼女はよく分かっていた。
千角はごろりと横になる。
そして持って来た桐の箱を見た。
羽衣が入っていても元々とても軽い箱だ。
そして今は中身は無い。
豆太郎の話では空に消えたのだ。
ふっと消えたらしいが、天女が受け取ったからだろうか。
千角はユリと初めて会った時を思い出した。
ユリは薄暗がりで男に蹴られていた。
それを見て自分は怒りを感じた。
小さなものをいたぶる様子に腹が立ったのだ。
それはユリに鬼の匂いを感じたからだろう。
同族の幼いものを守る気持ちは鬼でも人でも変わらない。
幼いものを守らなければその種族はいずれ死ぬ。
そしてそれ以上にユリを忘れられないのは、
「天女だったからだろうな。」
千角は呟いた。
天女は鬼にとっては人より遠いものだ。
美しく清らかな存在。
手の届かない聖なるもの。
それを欲する気持ちは宝を手に入れたい気持ちと似ていた。
「大冨鬼も同じ気持ちだったのかな。」
だが千角はその
あの生き方は鬼から見ても邪悪過ぎた。
死に際に泥船に閉じ込められ身動きが出来ず、
人から柊の葉で顔を撫でられて問い詰められるのは
まっぴらだと思ったのだ。
千角は部屋の中を見た。
まだ宝が沢山置いてある。
これを片付けるのは大変だなと考えているうちに、
彼に眠気がゆっくりと近づいて来た。
千角は大きく伸びをすると横を向いて目を閉じた。
千角が気が付くと自分に布団が掛けられていた。
「ばあちゃんかな。」
彼は起き上がり背を伸ばした。
その気配を感じたのか梅蕙が居間に入って来た。
「千角、ちょっと庭までおいで。」
彼女が手招きをする。
何の事か分からず千角は黙って庭に出た。
「あそこを見てごらん。」
梅蕙が指さすところに小さな光るものがあった。
他には何もない鬼界の庭だ。
草一つも生えていない。
千角はその光るものに近づいた。
「あっ!」
そこには一本のオニユリの花が咲いていた。
本当の花ではない。
水晶で出来たオニユリだった。
それは凛と立ち上がり、花は俯いてしべを伸ばしていた。
そしてユリの顔にあった愛らしいそばかすは、
その花びらにふっくらと浮き上がっていた。
「ユリだ……。」
梅蕙が千角の後ろに立つ。
「美しいものだな。」
「うん。」
千角は座り込んでそれを眺めている。
梅蕙はそれを見てそっと部屋に戻った。
しばらくすると梅蕙は千角が持って来た羽衣の箱に
真綿を入れて持って来た。
「千角、それを摘んでここに入れろ。」
「え?摘めるの?」
「摘めるだろ、やってみろ。」
「触ったら割れそうだよ、怖いな。」
と言いつつ千角が手を伸ばす。
地面に近い茎に触れるとそれは微かな音を立てて折れ、
千角は慎重にそれを手に持ち箱に入れた。
花は箱の大きさにちょうど入った。
まるで計ったようだった。
「お前の宝だ。」
梅蕙は千角に笑いかけた。
「俺の宝だ……。」
千角は箱に触れて囁いた。
柔らかな真綿に埋もれて水晶の花は輝いていた。
華奢な様子でありながら硬く輝くオニユリだ。
「天女はな、弱いようでかなり強いぞ。
だから体の中に鬼の血が入っても死なずに生き延びたんだ。」
彼はそっとふたを閉める。
「あーあ、もう一度ユリに会いてーな。」
千角は空を見て言った。
梅蕙が笑いながら彼を見た。
「ユリはどんな子どもだったんだ。」
「あいつ真っ赤な髪で顔にそばかすがいっぱいあったんだよ。」
「オニユリの花も斑点があるな。」
「それがまた可愛くて笑うと牙が見えるんだよ。
子どもはやっぱり可愛いよな。」
「……お前の父ちゃんもな、」
梅蕙は遠くを見る。
「子どもが好きでな、
お前達が笑うと可愛い可愛いと言っていたよ。
お前も父ちゃんにそっくりだ。」
千角がにやりと笑い箱を小脇に抱えた。
「ばあちゃん、お菓子食べよう。
俺、さっき食べ損ねたんだ。腹が減ったよ。」
「そうかい、でもその前に飯を食べろ。
菓子ばかり喰ってるからそんなにヒョロヒョロなんだ。」
「えーーー……。」
部屋に上がりかけた千角が苦笑いをする。
「ところでばあちゃん、コンビニって知ってる?」
「知っとるよ、入った事は無いけど。」
「そこのスイーツも結構美味いんだよ。
今度買って来るよ。」
梅蕙が笑った。
「そうかい、頼むよ。
でも鬼界にもコンビニがあると良いねぇ。」
「俺経営しようかな。」
「おお、どこにもないから儲かるぞ。でもどこから仕入れるんだ。」
千角が真顔になる。
「……やめようかな。」
梅蕙がははと笑った。
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