宝 1
美行と衣織が帰って
その日は豆太郎は休日だった。
「出かけるのか?」
金剛が一寸法師の裏口から出かけようとする豆太郎に声をかけた。
「うん、千角から連絡が来た。
羽衣の事は話してないから行ってくるよ。」
「ああ、それと手紙が来てるぞ。衣織さんから。」
豆太郎は金剛から手紙を受け取る。
結構な厚みがある手紙だ。その顔が柔らかくなる。
「それでな、紫さんが明日から来る。」
「ああそうだね、ちょっとばかり予定日より遅かったのか?」
「そうだな、それで女の子だと。」
「へえ、
「名前はひらがなですみれだ。紫垣すみれ。」
「可愛い名前だな。」
豆太郎がふふと笑った。
「じゃあ行ってくる。ありがとう、じいちゃん。」
と彼は出て行った。
それを見ていた他の入所者が金剛に話しかけた。
「なんだ、豆太郎は衣織さんと手紙でやり取りしてるのか。
古風な事だな。」
「だな、まあ、二人はあれが良いんだろ。
それに……。」
金剛は言う。
「毎日電話もラインもしているみたいだぞ。」
「はぇ……。」
二人はため息をつく。
「若いなあ……。」
そして顔を合わせて二人は笑った。
豆太郎がアパートに着くとコーヒーのいい香りが漂って来た。
「あれ、ウォータードリッパーだ。」
一角と千角の部屋に入ると新しいサイフォンが彼の目に入った。
「そうだよ、やっぱり欲しくてね。買っちゃったよ。」
一角が少しおどけて言った。
「私ももらってるよ。」
と鬼頭がいる。
「一角がお菓子を持ってきたらただで飲んでいいよと言うから、
最近は二人がいる時は飲ませてもらってる。」
「一角のコーヒーはかなり美味いよな。」
千角もテーブルに来てコーヒーを飲んだ。
「でも最初の頃は本当にひどかったんだぜ。
苦くて全然飲めなかった。」
「だってあの頃はまだよく分からなかったから。」
「ま、一角の努力が実ってるんだ。頑張ったな。」
豆太郎が笑う。
「ところで鬼頭さん、あれから額は何ともない?」
鬼頭が額をさする。
「何ともないね、あの時だけだったのかね。」
「それは分からないけど鬼頭さんがそう言う力があるなら、
里奈さんも同じなのか?」
「いや、里奈はうちの主人の姪だからね。血筋は違うよ。」
鬼頭がコーヒーを一口飲む。
「私の主人は普通の会社員だったけど、
趣味で民俗学とか調べていたんだよ。
その関係で今は無いけど
千角が嫌な顔をする。
「茨と言うだけでなんかぞっとするよ。」
鬼頭がひひと笑う。
「だろ?鬼はとげとげしたものが嫌いだもんな。
あの辺りは野茨が沢山生えていたんだよ。
時期になると良い花の香りがしたよ。」
鬼頭は少しばかり遠い顔をする。
「私は村役場に勤めていたからね、
主人が来た時に案内役を務めたんだよ。
それで何回か会っているうちに……。」
「鬼頭さんのロマンスかあ……。」
一角が微笑む。
「おばさんにもそう言う事があったんだよ。
でも主人は体が弱くてね、早死にしちゃったんだ。」
「そうなんだ、寂しい話だな。」
豆太郎が呟いた。
「でもご主人は鬼とかそう言うものを調べていたんだろ?
鬼頭さんが実際に鬼に会ったり、
それにかかわる仕事に就いたって知ったらびっくりするんじゃないか?」
「あの世で歯噛みしてるよ。
やっぱりいたんじゃないかって。
もうちょっと長生きすれば面白いものが見られたのに。」
鬼頭はふっと笑った。
「まあ、主人がここを残してくれたからね、
それでどうにか生きて来たよ。
さあ、私はこれで失礼するよ。
一角、ごちそうさま。豆ちゃんごゆっくり。」
鬼頭は笑って部屋を出て行った。
その時豆太郎ははっとする。
「そう言えばお前ら凄いナチュラルに鬼頭さんと
鬼の話してるな。
鬼だって話したのか?」
千角が豆太郎を見た。
「話したって言うかこの前鬼頭さんから
あんた達鬼だろと言って来たんだよ。」
「そうだよ。だから僕達そうですって言ったらふーん、だって。」
「それだけか?」
「ああ、ただ悪い事するなよって言われた。」
豆太郎は不思議な気がした。
本来なら避けるべき間柄だ。
だがお互いに気を使いこだわりなく接すれば、
そのまま何事もなく過ごすことが出来るのかもしれない。
だが人同士でも立場が違えは難しい話だ。
鬼と人なら尚更だ。
「お前達、鬼頭さんが怖いんじゃないのか?」
「今の鬼頭さんはそんなに怖くないよ。」
千角が額を指さした。
「あそこに出る模様が気持ち悪い。」
「あれは目じゃないのか。」
「お札みたいな感じだよ。僕は近寄りたくないなと感じる。」
「まあそれで一度はユリが助かったからな。鬼頭様々だ。
まあお前らも鬼頭さんの言う事は聞いた方が無難だぞ。」
千角が鬼頭が持って来たお菓子を開けた。
「鬼頭さんはいつも違う物を持って来るな。」
「お前、それ鬼頭さんはすごく気を使ってるからだぞ。」
「豆太郎君はいつもゆかり豆だけど。」
「俺もそれなりに気を使ってるんだ。」
豆太郎はふんぞり返った。
「ところで豆ちゃん、羽衣は返してくれたんだろ?」
「ああ、これ箱。」
豆太郎が羽衣が入っていた桐の箱を取り出した。
「処分してくれて良かったのに。」
「いや、骨董品だろ。」
「高く売れるかもしれないのにやっぱり律儀だね、豆太郎君は。」
豆太郎は腕組みをして首を振った。
「いや、だめだ。人から預かった物を勝手に売るなんてだめだ。」
一角と千角はふふと笑う。
「ところで羽衣はどこで空に返したの?」
「ああ、俺の親の墓の前だ。
あそこは景色が良いからな、衣織と一緒に行った。
箱から出してしばらくしたら空に浮かび上がって、
上空でふっと消えたよ。ユリが受け取ったのかな。」
豆太郎はその時の事を思い出す。
薄く清らかな布を衣織は持っていた。
その美しさは今でも彼はありありと思い出せた。
「羽衣は雲みたいだった。そして綺麗だった……。」
豆太郎がうっとりとした顔になる。
それは二人も初めて見る彼の表情だ。
そして千角が気が付く。
「豆ちゃん、胸元にやたらと満ち満ちたものがあるけど、
それ何?」
はっと豆太郎が自分の胸元を押さえる。
そこには衣織からの手紙があった。
「いや、これは……。」
気が付くと豆太郎のそばに千角が立ち、
手には衣織からの手紙があった。
「お、お前、やっていい事と悪い事が……。」
豆太郎が怒って立ち上がった。
だが、
「ごめん。」
千角が申し訳なさそうに言って豆太郎に手紙を返した。
「あ、その、分かってくれれば……、」
そんな彼の様子に豆太郎が拍子抜けしたように座った。
「衣織さんからの手紙だな。千角がふざけて悪かったね。」
一角がにやりと笑った。
「まあ、返してくれればそれで良いけど。」
「豆ちゃん、ごめんな、なんかすごく良いものに思えてさ。」
「良いもの?」
「宝に見えた。」
豆太郎は手紙を胸元にしまった。
「そうだな、宝だ。でもお前らには絶対にやらん。
俺だけの宝だ。」
「宝かあ……、
そういえばおばあちゃんに聞いたけど、
サイコロを神様に奉納する時に一筆添えたらしいよ。
人の柊豆太郎の願いでサイコロの格が、みたいな事を書いたらしい。」
「そうなのか。」
「神様は多分それを読んだんじゃないかな。」
豆太郎がぽかんとした顔になる。
「人の縁は神の采配、だよ。」
一角がにやりと笑う。
「それで豆太郎君、衣織さんと出かけたのは羽衣を返しに行っただけなのか?」
「いや、パフェも食べに行ったぞ。2回だ。
恐竜フェアとバラフェアだな。
バラフェアは情熱の赤いバラの香りと言うパフェだったな。
ピンクのクリームに花びらの形のルビーチョコが乗ってた。」
「ルビーチョコなんて豆太郎君、良く知ってたね。」
「衣織が教えてくれた。」
豆太郎の顔はにやけた。
だがその時二人は千角が
不機嫌そうな表情になっているのに気が付いた。
千角は先ほどから全然喋っていなかった。
「……どうした、千角。」
豆太郎が恐る恐る聞いた。
千角は眉を潜めて二人を見た。
「良いよなあ、二人は。
一角はえらのママからノートを貰って、
豆ちゃんは衣織と付き合ってるし。」
千角はテーブルの上の羽衣の箱を引き寄せて、
その蓋をいらいらしたように指先で軽く叩いた。
「俺もサイコロを探したのに、
ユリを見つけてもあいつは死んで天女になって
どこかに行っちまうし、
服の作り方を教えてもらおうと思ったのに
里奈ちゃんはいなくなるし。」
千角は箱を小脇に抱えると立ち上がった。
「俺、ちょっと
「ま、待て、千角、僕も行くよ。」
「一人で行く。」
千角は怒った顔で姿を消した。
残された二人はしばらく無言だった。
「……ちょっと良い気になり過ぎたかな。」
豆太郎がぼそりと言う。
「いや、拗ねているだけだと思うけど。」
「でも確かに千角には寂しい事ばかりだったからな。
悪い事したかな。」
一角は首を振った。
「気にしなくていいよ。たまにこういう事はあるんだよ。
豆太郎君が他の人とパフェを食べたのが
ちょっと悔しかったんじゃないかな。
豆ちゃんは俺達と一緒でないと
一人ではパフェは食べられないと言っていたし。」
「いや、まあ一人では食べには行かないけど……。」
豆太郎はふふと笑った。
「なんかお前ら、可愛いな。やっぱり中坊だ。」
「それはそれで失礼だぞ。」
「すまん、まあ今日は帰るよ、今度また何か食べに行こう。」
「コーヒーでも良いよ、まだ僕達ゴシック卿に行ってないから。」
「そうだな、また連絡するよ。」
そして豆太郎は部屋を出て行った。
「……しばらくすればご機嫌は直ると思うけど、」
残った一角はため息をついた。
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