二人





「豆太郎さん、部屋。」

「ありがとう、衣織。ちょっと入れよ。」


豆太郎が衣織の肩を抱いて部屋に引き入れた。


豆太郎はまだ酔っているようだ。

そして自分もふわふわとする。


少しばかり乱雑とした彼の部屋だ。

男性の部屋らしくいくつもの筋トレ器具があり、

ゲーム機も置いてある。


一度彼の部屋には来たがその時は美行と一緒だった。

だが今は……。


部屋の隅にあるミニ冷蔵庫から豆太郎は

ミネラルウォーターのペットボトルを出し衣織に渡した。

冷たい感触が手のひらに伝わる。

それは火照った体に心地良かった。


豆太郎はベッドに腰を掛けた。

朝のままなのだろう少しばかりそこは乱れている。

一瞬衣織は躊躇したが彼の横に座った。


衣織は一口水を飲んで彼を見た。

彼も水を飲んでいる。

そして衣織を見てにっこりと笑った。


穏やかな顔だった。

何の陰りもない正直な彼の顔だ。


「豆太郎さん……。」


衣織は金剛が言った言葉を思い出した。


- はっきり言うと良い


金剛は優しい顔をしていた。

そして衣織はまだ自分は酔っているのだと思う事にした。


「豆太郎さん、私の事好き?」


心臓が激しく鼓動する。

だが素直に彼の心が知りたいと彼女は思ったのだ。

彼には真っすぐに聞きたかった。


それを聞いた彼の顔が一瞬真顔になる。

そしてまた笑った。


「……物凄く好きだ。まだ会ったばかりなのに。」


衣織が軽くため息をつく。


「いつから好きになったの?」


豆太郎がもう一口水を飲んで少し考えた。


「美行に拳を打ち込んだ時かな。」


衣織は驚いた。

まだ美行が豆太郎に反感を持っていた頃だ。

いつまでも反抗的な態度の美行に、

彼女が怒って腹に拳を入れたのだ。


「凄い良い音がしたな。びっくりしたよ。」

「ち、ちょっと待って、そんな事、拳ってあんまり……。」


豆太郎が笑う。


「その後衣織がすぐに頭を下げただろう。

その時にこの人は正しく良い人だと思った。

そして……綺麗だった。」


衣織の顔がすぐに赤くなり俯いた。

豆太郎が彼女を見てその肩を抱き体を引き寄せた。

衣織もそのまま近くに寄りそう。


豆太郎は彼女の頭に顔を触れた。


「もう痛くないか。」

「痛くない。」

「そうか、良かった。」


衣織が顔を上げた。

豆太郎と目が合う。

そして額を合わせて少し笑った。


それ以上の言葉は無かった。


二人の顔は重なり衣織の手が豆太郎の頬に触れた。


それは豆太郎が好きな手だ。

力強い美しい手だ。


少し硬く、そして優しい手だ。


それは今は彼だけのものだった。






翌朝、一寸法師の前にタクシーが止まった。


「本当に皆さん、お世話になりました。」


美行と衣織が頭を下げた。

ハウスの皆が拍手をして二人を見送る。

衣織は人の向こうに豆太郎の顔を見つけた。

彼は笑って手を上げ、衣織も笑いかけた。

ちらと美行がそれを見た。


そして乗り込んだタクシーは駅に向かう。

美行は隣にいる衣織に話しかけた。


「寂しいか。」


ずっと黙っている衣織が彼の方を向いた。


「寂しくないと言ったら嘘になるわね。

来る時は面倒だなと思ったけど、ここに来て本当に良かった。」

「そうだな。」


二人にとって実に濃い研修だっただろう。

様々な事があった。


「ところでさ、」


美行が衣織の耳元で囁く。


「豆太郎とどうだった。チューぐらいしたか。」


衣織の顔がさっと赤くなる。


「それ、セクハラ!」

「違うぞ、兄ちゃんとしてはどうなったか気にしているんだ。

モテない妹と女っ気のない豆太郎だろ、

心配で仕方ないんだ。」


衣織はツンと顔を背けて言った。


「悪かったわね。

でも豆太郎さんは人が言う程鈍感じゃない。」

「そうなのか。」


その時だ、衣織のスマホが鳴る。

メッセージが来たようだ。

それを読むと彼女の顔がとろけるようになった。


「豆太郎か。」

「そう。」


そして彼女は窓の外を見る。


どんなメッセージが来たのかは分からない。

それまで知るつもりは美行にはなかった。

だが軽く衣織の肩をつつきにやりと笑った。


「良かったな。」


衣織は少しだけ笑ってまた窓の外を見た。








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