送迎会
その日の夕方、一寸法師では美行と衣織の送迎会が行われた。
人前で美行は緊張しながら挨拶をし、
衣織は恥ずかし気に頭を下げた。
「まあ今日は無礼講で楽しもう。
ケータリングを頼んでいるから好きなものを注文してくれ。
今日はアルコールも解禁だ。」
金剛の音頭で皆が杯を上げた。
先日のお疲れ会も含まれているのだろう。
いつもより豪華な会だった。
美行のそばには徳阪が座っていた。
他の入居者が美行にアルコールを勧めるとそれを徳阪が飲む。
衣織も他の入居者と話をしている。
「ほら鬼頭さんも飲めよ。」
隅の椅子に座っている鬼頭の横に金剛が来た。
「ああ、飲んでるよ。
でもこんなパーティなんて久し振りだからさ。」
「そうなのか?」
「ああ、ずっとアパートの管理人だったから。」
鬼頭がふふと笑う。
「まあ今回はあんたにも世話になったからな。
鬼頭さん、これからも頼むよ。」
「大したことはしてないけど、こちらこそだね。」
二人はにやりと笑う。
金剛が鬼頭にビールを勧めた。
「鬼頭さんもイケる口だろ。
意外とこういう仕事をしている奴は酒に強い奴が多いんだ。」
「あんたも強そうだな。お神酒を飲んでるからか?」
「普段は一応館内は禁酒だがな。
もしかすると鬼頭さんはビールより日本酒の方が良いか?」
「そうだね。」
「持って来てやるよ。冷か熱燗か。」
「冷で。」
「おう。」
何となく息の合う二人だ。
そして衣織は少し休憩なのか庭に続くテラスで座っていた。
そこに美行がやって来る。
「衣織。」
「ああ、美行、飲んでる?」
「飲んでないよ、今日は食べるのを解禁だ。」
「何を食べたの?」
「オードブルだろ、ピザと唐揚げとローストビーフと……。」
「なんか脂っこいものばかりじゃない。」
「たまにはいいだろ。」
「あんたはすぐ太るからまた節制しなきゃね。」
美行ががっくりと肩を落とす。
「そうなんだよなあ、すぐ太るんだよなあ。
だから気を付けているんだよ。」
でも彼はさっと顔を上げた。
「でも今日は喰うぞ。デザートも凄いしな。
明日から節制する。明日だ。」
衣織が笑う。
「ところでな、衣織。今日豆太郎とどこに行ってた。」
美行がにやりと彼女を見た。
彼は今日二人が午後に出かけているのを見ていた。
「お墓参りよ。」
「お、お墓参り?」
「そして羽衣をユリに返したの。」
「羽衣って千角が持っていたものか。」
「ええ、豆太郎さんから天女に返してくれって。」
美行は少しばかり黙り込んだ。
「どうかした?」
「……ここに来て僕は鬼への印象がすっかり変わった。
千角は良い奴だった。」
衣織は優しく微笑んだ。
「そうね、私も鬼は徹底的な悪と思っていたわ。
でもあの二人は何だか違う。
もしかするといつかは変わるかもしれないけど。
でもその時私達はそれが善いか悪いか、
先入観に囚われずに判断しなきゃならないのよ。
私達は鬼とは言え命を奪う事もあるだろうし。
それを知るためにここに来た気がする。」
「だな。」
二人は真剣な顔になった。
「ところでお前、豆太郎どうした。」
今度は衣織がにやりと笑った。
「豆太郎さんは鈍感じゃなかったわ。」
「えっ。」
「私に電話していいかって聞いて来たの。」
「電話?それで?」
「……それでって?」
「それだけ?」
「電話してくださいと言ったけど……。」
美行は絶望をしたように頭を抱えた。
「なんだよ、まるで中学生みたいじゃないか。
お前歳はいくつだ。それで良いと思ってるのか?
だから男と付き合った事がない女は……。」
「そ、そこまで言わなくていいでしょ。」
顔を真っ赤にして衣織が怒った。
「何言ってんだ、妹みたいな奴の将来を心配しているんだぞ。
二人とも
その時豆太郎が両手に皿を持ち二人の前に来た。
「なんか盛り上がってるな。」
皿には沢山の料理が乗っている。
「お前の話をしていたんだよ。」
じろりと美行が豆太郎を見た。
「え、俺なにかやった?」
「何もしてないよ、変な事言わないで、美行。」
「それならいいけど。」
豆太郎も椅子を持って来てそこに座った。
「あ、私飲み物を持って来る。
美行はジュースが良いよね、豆太郎さんはどうする?」
「ビールが良いな。」
「了解。」
衣織が立ち上がると美行が豆太郎を見た。
「おい、豆太郎。」
何となく不穏な気配だ。
「お前、衣織の事、どう思ってる。」
「いや、その……。」
「好きだろ?」
豆太郎の顔が赤くなった。
そして、
「……好きだ、あんな良い人はいない。」
美行がため息をつく。
「なら電話していいかは無いだろ。」
「だ、だめなのか?」
「ダメだよ。一体お前ら何歳なんだ。
子どもみたいな事言ってちゃだめだ。」
「だが、その、美行はアルコールを飲んだのか?
様子が変だぞ。」
「飲んでないよ。勧められたけど全部徳阪さんが飲んでくれた。」
「そうか、あの人はザルだからな。金剛じいちゃんもすごいぞ。」
豆太郎がにこにこと笑う。
そこにトレーに飲み物を乗せて衣織が戻って来た。
「美行にはジュースと麦茶ね。私はチューハイ。
豆太郎さんにはビールとハイボールね。」
「ああ、ありがとうな、衣織は本当に気が付く。嬉しいな。
美行もな最初は難しい男かと思ったが、
悪い事はすぐ謝るさっぱりとした奴だ。良い男だ。」
豆太郎が缶を開けてビールを飲む。
「美行の討伐も本当に立派で俺は感心した。
俺は剣は使えないからな。
あんな重い出来事を受け止めて勤める事は
半端な決心では出来んよ。」
その時美行は気が付いた。
もしかすると豆太郎は酔っているのかもしれないと。
「豆太郎、お前酔ってるのか?」
「え?酔ってないぞ。少しふわふわするけどな。」
「そう言うのを酔っていると言うんだ。」
「そうか、気持ち良いけどな。
美行はお酒をあまり飲まないのに分かるのか、凄いな。」
美行は衣織を見た。
「豆太郎は褒め上戸だ。やっぱり変な奴だ。」
それを聞いて衣織がくすくす笑い出した。
そして美行も笑う。
「なんか俺、変な事言ったか?」
きょとんとした顔で豆太郎が二人を見たが、
彼もつられて笑い出した。
酒宴も佳境を過ぎてぽつぽつと部屋に戻る者も出て来た。
「まあそろそろお開きだな。だが全く酒の強い奴が多い事……。」
酒類はほとんどなくなったらしい。
ケータリングも片づけを始めている。
金剛がそう呟くとゴミを集め始めた。
「お前達、部屋に戻れよ。
僕は飲んでないから片づけを手伝うよ。」
美行が立ち上がった。
豆太郎と衣織が彼を見る。
「良いのか?」
「豆太郎は結構飲んでいるんだろ?
衣織、豆太郎を部屋に連れて行ってやれよ。」
「美行……。」
「デザートはまだ残っているみたいだから取っておいてやるよ。
明日食べればいい。」
「ありがとう。美行は本当に気の付く奴だ。」
豆太郎はにこにこしながらまた美行を誉めた。
「なんだあいつ、しっかり酔ってるじゃん。」
並んで歩く二人の姿を見ながら美行は苦笑いをした。
そしてテーブルを片付けている金剛のところに向かった。
「なんだ、美行は飲んでないのか。」
「僕はほんの少し飲んでも眠くなっちゃうんですよ。
金剛さんは結構飲んでいましたね。何ともないんですか。」
「俺は平気だ。
ウワバミの精がついているんじゃないかと昔から言われてる。
でも美行も周りから結構勧められたんじゃないか。」
「徳阪さんが全部飲んでくれました。だから僕は今日は食べ専で。
とても美味しかったです。」
金剛は笑う。
「今日は君は主役みたいなものだから手伝いはやらなくても……。」
「構いません。
その代わりデザートが残っているので貰って良いですか。」
「本当は駄目みたいだがな、
冷蔵庫にちゃんと入れておくなら良いと思うぞ。」
美行が走って行く。
そしてしばらくして戻って来た。
「衣織と豆太郎に約束したから良かった。」
金剛が彼を優しい目で見た。
「……君がここに来てくれて本当によかったよ。
ありがとうな。」
「いや、僕こそ色々な事があって勉強以上の経験をした気がします。
ありがとうございました。」
「これからも豆太郎の友達でいてくれよ。」
「当たり前ですよ。あんな変な奴、友達でいないと心配で。」
「変な奴か?」
「そうですよ、どう見ても酔っぱらっているのに酔ってないとか言って、
酔っぱらって散々人を褒めるんですよ。
絡み酒の人は何人も見たけど、褒め上戸は初めて見ました。」
「褒められたか。」
「もう物凄く。」
美行がにやりと笑う。金剛が豪快に笑った。
「あいつはそう言う奴なんだ。面白いだろう。」
「はい、本当に面白いです。」
「あいつはあれで良いんだ。そう思わんか。」
「その通りです。」
金剛が美行を見た。
美行は優しい顔をしていた。
「美行も変わるな。
君は素晴らしい剣士だ。
自分の思うように正しく生きろ。」
美行は金剛を真っすぐ見た。
「はい。」
涼やかな声で美行は返事をした。
「ところでな、」
急に金剛が声を潜めた。
「美行は気が付いているよな。豆太郎と衣織だが。」
「金剛さんも分かりますか。」
「と言うかみんな何となく気が付いてる。」
美行は周りきょろきょろと見た。
「別に今周りを見たって何ともないぞ。」
「まあそうですけど……。」
「どう思う、美行は。」
美行はくすくすと笑いだした。
「さっきも少し聞き出したら
お互いに電話するぐらいは約束したみたいですよ。」
金剛が呆れた顔になった。
「電話?そんなもんか?」
「仕方ないですよ、衣織は男と付き合った事はないし、
豆太郎も女っ気なんてないでしょう。
それで精いっぱいなんじゃないですか。
それだけでもすごい進歩だと僕は思います。」
「まあそうなんだな、豆はずっとここにいるからな。
良い奴なのは間違いないんだが、
経験がないと言うか、色気がないと言うか。」
金剛がちらりと美行を見た。
「君みたいに遊んでいればもっとスマートに
進められるんだろうがな。」
「あ、遊んでいるって、いや、僕は、」
金剛がにやりと笑った。
「お父さんから聞いてるぞ。
連れている女の子がいつも違うって。」
美行が何かを飲み込んだような顔になった。
金剛が笑う。
そして美行の父の青葉がにやにやしながら金剛に言っていた続きだ。
『俺の若い頃にそっくりだ。もてて仕方なかったよ。』
それは言わずにおこうと思った。
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