掉尾(ちょうび)を飾る大活躍





「ただいま。」


夕食前に豆太郎が一寸法師に帰って来た。

桃介とピーチが出迎える。

多分一角と千角の臭いは残っているだろうが、

二匹はもう何も言わなくなった。


「豆太郎、なんか匂う。」


桃介が言う。


「匂うわ、良い匂い。」


ピーチも豆太郎が持った荷物に鼻を寄せた。


「やっぱりお前らは鼻が良い。」


豆太郎が近くの椅子に座りその荷物を取り出して中身を見せた。


「ケーキだ……。」


桃介とピーチがそれを見る。


「美行から頼まれたんだよ。

ずっと前にジャーキーを買ってやるとか言ったんだって?」


まだユリがいる頃、アイスクリームをユリと美行が食べた時に

彼が約束していたのだ。


「ここにいる時はバタバタしていたから出来なかったし、

向こうでも忙しくてしばらく忘れていたみたいなんだ。

だからこの前連絡が来て買ってやってくれって。

ジャーキーじゃなくて犬用のケーキだ。

遅くなってごめんだって。」


二匹の目が輝く。


「夕食前だが食うか?」


二匹は尻尾を激しく振る。


「ねえ、どこで買って来たの?

今日はドライブだったんでしょ?」


ピーチが聞く。


「ああ、一角と千角とな。二人がそれぞれ運転してくれだけど、

途中で千角に変わってもらったよ。

このケーキは千角に運転してもらって買いに行った。」

「千角?あの鬼の方が運転は荒そうだけど。」

「それがなあ、桃介……。」


一人と二匹は庭の方に歩いて行く。

そこには金剛と徳阪がベンチに座って将棋をしていた。


その近くの花壇は既に綺麗に整えられている。

咲いているのはピンク色の花だった。


豆太郎は二人に手をあげた。

そしてその近くで犬の皿にケーキを出した。


「豆、お帰り、ドライブはどうだった。」


金剛が盤面を見ながら言う


「一角と千角とドライブだったそうだな。」


徳阪がにやりとしながら言った。


「千角の運転はどうだった。」

「それがさあ……、」


豆太郎が鬼の様子を話す。

それを聞いた二人は笑い出した。

その時金剛がぱちりと駒を動かした。


「見た目とまるっきり反対と言う事か。

案外と千角はそう言う鬼なんだな。」


続いて徳阪が自分の駒を動かす。

すると金剛の顔色が変わった。


「あ、徳阪さん、ち、ちょっと待って。」

「いや、だめだなあ、何回目の待ってだ?」


豆太郎はにやにやしながら二人を見た。


「桃介とピーチ、衣織と美行に写真を送るから

こっち見ろ。」


口元がクリームだらけの犬が笑って豆太郎を見た。

そして豆太郎は徳阪と金剛の写真も撮る。


「豆よ、それを送るのか。」

「ああ、送るよ、特に美行が徳阪さんの事を心配してるから、

徳阪さんが勝ったとついでにラインする。」

「豆、送るなよ。」

「豆太郎、送ってやれ、圧勝だとな。」


と徳阪がにやりとする。


「送っちゃったよ。」


そして皆も笑う。


豆太郎は送った写真を見た。

その背景にはピンク色の花が咲いている。


ユリが好きな色の花だった。






「美行、豆太郎さんから写真が来たでしょ、見た?」


衣織が美行の部屋に来た。


今日は休日だ。

いつもなら美行は出かけているが、

今日は珍しく家にいた。


「あ……、うん、見たよ。」


美行は部屋の窓辺に座っていた。

ここ数日美行は元気がない。

それに外出もしていない。

休みの日はいつも彼女とデートなのだ。

その様子伺いも兼ねて衣織は美行に言ったのだが、

やはり明らかに様子がおかしかった。


「ちょっと、あんたさ、この前から変だよ。」


衣織が彼の顔を覗き込むと、美行は上目遣いで彼女を見た。


「……、」

「はっきり言いなよ。」


二人は幼馴染だ。

しかも子どもの頃から一緒に暮らしている。

もう身内のようなものだ。


「あの、菜穂子、だけど……。」

「菜穂ちゃん?菜穂ちゃんがどうしたの。」


菜穂子は美行の彼女だ。

彼女がすぐに変わる美行にしては珍しく半年ほどつきあっている。


衣織も何度か菜穂子に会ったが、

感じの良い優しい女性だった。


「……菜穂子に子どもが出来た。」


一瞬衣織は何を言われたか理解が出来なかった。


「子ども?」

「菜穂子に子どもが出来た。」


衣織は一拍置いて静かに息を吸った。

そして、


「……菜穂ちゃんに子どもが出来たじゃなくて、

菜穂ちゃんにあんたとの子どもが出来た、でしょうが。」


衣織が低い声でゆっくりと言った。


「一人じゃ子どもは出来んだろうが。」


美行は怯えた目で衣織を見た。

彼女がガチで怒っているのが分かったからだ。


「そ、その通りです。」

「で、いつ言われたんだ。」

「一週間ぐらい前……。」


美行の様子がおかしかったのはそのせいだろう。

しばらく二人は黙ったままだ。

耐えかねたのだろうか美行は顔を逸らした。

すると衣織の手が静かに上がりその頭に拳骨げんこつを落とした。

大きな鈍い音がする。


「な、何するんだよ!」


頭を押さえて美行が涙目で衣織を見たが

その顔を見て黙り込んだ。


「馬鹿者!!」


衣織の一喝だ。美行は身をすくめる。


「お前は一週間も菜穂ちゃんをほったらかしにしていたのか!

今日もどうして家にいるんだ!彼女を放置か!」


彼女は立ち上がり美行を上から覗き込むようにして怒っていた。


「あ、その、でも……。」


美行はしどろもどろだ。


「どうしてそんな事になったか分かっているだろう!

一体どうするつもりだ。」

「け、結婚はする。菜穂子としたい。」

「なら迷う事は無いだろう、すぐに青葉先生に伝えろ。」

「でも、その、まだ早いと言うか……。」


衣織が黙ってまた拳を上げた。

それを見て美行ははっと頭を押さえる。


「子どもも出来たのに早いも何もない。

けじめをつけろ。来い、美行。」


衣織が美行の胸倉を掴み立たせた。


「青葉先生の所に連れて行く。」

「えっ!」

「早ければ早い方が良い。」


美行は衣織に引きずられるように部屋を出た。


「全く、子どもが出来るのは悪い事じゃないが、

男なら注意しなきゃ駄目だろ。」


衣織が呆れたように言った。


「その、研修から帰ったら菜穂子が寂しかったとか、

なんか盛り上がっちゃって……。」

「ドアホ。」


少し前の彼女ならもっときつく怒ったかもしれない。

だが、今は衣織も大事な人がいる。

その人と久しぶりに会ったらと考えると、

菜穂子の気持ちは分からなくもなかった。


ふと前を見ると美行の父親の青葉が立っていた。


「どうした、大きな声が聞こえたが。」

「先生……。」

「親父……。」


衣織は青葉に突き出すように美行を前に押し出した。


「事情は美行に聞いて下さい。

美行、覚悟を決めろ。」


美行は少し恨めし気に衣織を見た。

青葉は不思議そうな顔をしたが書斎に美行を連れて行く。


そして数分もすると怒声が聞こえて来た。


バタバタと部屋を誰かが出てまた戻る音がする。

その後は妙に静かだった。


あまりにもその静かさが続くので衣織も心配になって来た。


「まさか手打ちにされたとか……。」


衣織の背筋がぞっとする。

青葉はすさまじい剣士だ。

美行も強いが比べ物にならない。


衣織は恐る恐る書斎の扉を叩いた。

するとそこが静かに開く。


「あっ。」


衣織は思わず声を上げた。

頭を丸刈りにされた美行が出て来たのだ。

そして続いて青葉も出て来たが彼も丸刈りだった。


「ど、どうして……。」


驚きで衣織はそれ以上ものが言えなかった。


「けじめだ。」


青葉が静かに言う。


「でも先生まで……。」

「よそのお嬢さんに失礼をしたのだ。

今から詫びを入れに行く。

とりあえず服を着替えて身を清めるぞ。

首回りがチクチクする。」


中を覗くとバリカンが机の上にあり、髪の毛が散らばっていた。


「衣織、すまんが掃除をしておいてくれんか。」

「それは構いませんが、菜穂子さんに連絡したのですか。」

「さっき美行にさせた。だからすぐ出かけるからな。」


美行は俯いたまま何も言わなかった。

そして二人は大慌てで出かけて行った。




彼らが帰って来たのは夜遅くだった。

行く時は深刻な顔だったが、帰って来ると満面の笑みだった。


「確かに向こうの親御さんは複雑な顔だったが、」


お茶を飲みながら青葉が言う。


「こちらが何度も詫びを入れて頭を下げているうちに、

美行の頭のこぶが膨れて来てな、」


それは衣織が頭を殴ったからだ。


「見る見るうちに大きくなるからみんな笑いだしてな、

向こうのお母さんや菜穂子さんが冷やしたタオルを用意したり、

いろいろやっているうちに場が和んできて、

お互いによろしくお願いしますと言う話になった。」


青葉が衣織を見た。


「お前が殴ってくれたおかげだ。ありがとう。」


衣織は妙な気持ちになった。

そして美行と目が合う。

彼の頭のてっぺんには発熱した時に貼る

青いシートが二つ付いていた。


「助かったよ。ありがとな。」


その美行を青葉がぎろりと見た。


「明日にでも手土産を持ってまたあいさつに行け。

今日はそれどころじゃなかったからな。

改めてお詫びをするんだぞ。」


美行が身をすくめて青葉を見た。

そして、


「……はい。」


と頭を下げて小さな声で返事をした。

するとなにかの拍子か一つシートが下に落ちた。


衣織が黙ってそれを拾う。

そして無言で部屋に戻った。


笑ってはいけない事だが、

そこにいたら我慢出来なくなったかもしれないからだ。


「遊び人もついに観念したのね。」


そして衣織は机の引き出しから新しいシートを出した。

彼女は剣士だ。

打ち身もしょっちゅうしている。

だからシートは部屋に置いてある。


「弟みたいなものだから慰めてやらないとね。」


彼女は美行の部屋の扉を叩いた。




「と言う事があったのよ。」


と衣織はスマホに話す。

画面の向こうには豆太郎がいた。

カメラ電話で話しているのだ。


『ものすごくびっくりしたな。美行が結婚するのか。

どんな女の子なんだ?』

「相手の女の子は管理栄養士なの。

美行は付き合った女の子の数は多いんだけど、

大抵食べ物関係で別れちゃうのよ。

凄く節制してるからケーキを食べたいと女の子が言っても

今日はだめとか断るから嫌がられちゃうの。

でも彼女は菜穂子さんと言うんだけどそのあたり詳しいし、

料理も上手だから色々なものを作ってもらっていたみたいよ。

だから珍しく半年ぐらい続いているなと思ったら……。」

『へぇ、でもそれも縁だよな。』

「そうよね。」

『でもまた、衣織は美行を殴ったんだな。』

「えっ、仕方ないわよ、あれは美行が悪い。」


豆太郎がははと笑う。


『お前が美行を殴ると大体良い方向に向くんだよ。

見たかったなあ。』


画面には優しい顔の豆太郎がいる。


「それでこちらの一寸法師で来週神前式をするの。

お腹が大きくならないうちに花嫁衣装が着たいんだって。

豆太郎さんにも出席して欲しいらしいけど出られる?」

『何もなければ休みだよ。明日にでもじいちゃんに聞いてみる。

多分良いと言われるはずだよ。

……それに衣織にも会いたいしな。』


豆太郎がぼそりと言う。

衣織は顔が熱くなる。


「私も……。」

『車で三時間だ。すぐだよ。朝早く出るからな。』

「待ってる、気を付けてね。」

『ああ、もう遅いし、そろそろ寝よう。じゃあまた明日な。』

「おやすみなさい。」


と電話が切れた。


衣織はほっとため息をついた。

それは胸がいっぱいのため息だ。


あの研修から三ヶ月ほど経つ。


実に濃い研修だった。

仕事としてもプライベートでも。


「来週、ね。」


彼女はふふと笑ってベッドに横になった。


机の上には恐竜とバラの花のケーキピックが

小さな写真立てに入れて飾ってある。


昔はそんな事は軟弱だと思っていた。

だがこちらに帰ってから彼女はそれを買って来て飾った。

今では何かを飾る気持ちがよく分かった。


それを見るたびに大事な人を思い出すのだ。


手紙も一週間に一度は書いている。

日常の他愛もない話だ。

豆太郎のものには桃介とピーチや金剛の話が書いてある。


とくに変わった事は書いていない。

それでもお互いに思い遣っている事はとても良く分かる。

それが送り合う度に手紙として貯まっていくのだ。


あの一ヶ月の研修が

自分の生き方を色々な意味で変える何かだったのだろう。


部屋の電気を消して衣織は目を閉じた。


瞼の裏に豆太郎の顔が浮かぶ。


そして隣にいた彼の体の温かみを彼女は思い出していた。







『なあ、豆ちゃん助けてくれよ。』


ドライブに行ってしばらくした頃、

千角から電話が来た。


「なんだよ、どうした。」


と一応返事はしたがまた何か起きたのかと

心の中ではひやりとする。


『一角が最近ラリーカーの動画ばかり黙って見ているんだよ。』

「ラリーカー?」

『砂漠とか山の中とか街中とかぎゅんぎゅん走るやつ。』

「まあ知っているけど……、」


豆太郎は以前一角が運転していた様子を思い出す。


「……ヤバい気がする。」

『だろ?だったら来てくれよ。

見ている時の顔色がいつもと違うんだよ。俺、怖くてさ。』

「分かった、仕事は終わった所だから今から行くよ。」


豆太郎が慌てて用意を始めた。

それを金剛が見る。


「どうした、豆よ。」

「千角から電話が来たんだけど、

一角がラリーカーに興味を持ったみたいでさ。」

「ラリーカー?カーレースで走る車だな。」

「あいつ、前にも高速道路で……、」

「高速道路?初心者で走ったのか?凄いな。」

「いや、それは、その、どうでもいい事で、その、

あいつレースを見ていると顔色が変わるらしい。

怖いから来てくれって。」

「ラリーか、

海外のレースだったら国際ライセンスを取らないと出られんな。

じゃあ今度はパスポートだな。」

「じいちゃん、頼むから止めてくれ。」


と言い残して豆太郎は出かけて行った。


「ラリーは格好良いだろうよ、豆よ……。」


その金剛のつぶやきは誰も聞いていなかった。









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一角と千角3 人の縁は神の采配 ましさかはぶ子 @soranamu

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