景色 1
一寸法師に来たユリは少しずつ顔色が良くなって来た。
顔にあったあざも消えた。
「ごはん、おいしいね。」
「そうか、お腹いっぱい食べていいんだよ。
おかわりは?
今日はユリが言っていたコーンスープだよ。」
鬼頭が言うとユリは茶碗を差し出して
「おかわり!!」
と大きな声で言った。
それを聞いたハウスの皆は笑う。
「ユリちゃんよ、あんまり食べるとお腹が破裂するぞ。」
「えー、じゃあやめる。」
「割れないよ、駄目だよ、そんな事言っちゃ、
ほらユリちゃん、お茶碗出して。」
「われない?」
「割れない。」
何やら妙になごむ雰囲気だった。
だが笑うと大きな犬歯が見える。
どことなく鬼の特徴はあるのだ。
だが、素直で幼い様子は可愛らしい。
「油断は出来ん。」
徳阪が呟く。
彼は毎日ユリを見張っていた。
その近くにいる美行はその言葉を聞いた。
美行にも彼が言った言葉の意味は分かっていた。
可愛くいたいけなユリもやはり鬼なのだ。
いつ豹変するか分からない。
だが彼女の中で回っている血には何かしら違和感があった。
鬼なのか人なのか、それとも別の何かなのか。
彼女の体力が戻って来た事で
本来の何かが見えて来たような気がしていた。
毎日、美行と衣織は金剛や徳阪から稽古をつけてもらっていた。
その日も激しい木刀の音がする。
「一度二人で打ち合って見ろ。」
金剛が美行と衣織に言った。
彼らは室内の武道場で練習を行っていた。
噂を聞いてざわざわとハウスの皆が集まって来た。
そして豆太郎もそこにやって来た。
室内の中心に美行と衣織が向かい合っていた。
金剛と徳阪が近くに立ち行方を見守る。
「はじめ!」
美行と衣織は刀を構えたまましばらく動かなかった。
気迫が満ちる。
見ている者も息を潜めた。
そして彼らの間の何かのタイミングだろう。
鋭い呼吸音と衣擦れの音とともに二人は動いた。
衣織は美行の胴の横に剣を打ち、
そして美行の剣は衣織の頭頂部に振り下ろされていた。
だが刀は体には触れていない。
その寸前で止まっていた。
「美行!」
金剛の声が響く。
二人は身を正してお互いに礼をした。
豆太郎は美行に近寄って行った。
「すげえな、お互いに気合が凄かったよ。」
豆太郎が美行を見ると彼は汗びっしょりだった。
「ああ、死ぬかと思った。」
「死ぬ?」
美行は汗を拭いながら言った。
「衣織が男だったら俺は負けてる。」
「えっ?」
「剣の腕で言ったらあいつの方が上だ。
あいつは素早い。
俺は体力で勝っているだけだ。
あいつは本当はすごく強いんだ。」
豆太郎は衣織を見た。
彼女は笑いながらユリと話していた。
「あいつが男だったら俺があいつの頭を切る前に胴が払われてる。
胴が払われたら振り下ろす刀の筋が少しずれる。
そうしたらあいつは耳を落とすぐらいだが、
俺は胴を切られていずれ死ぬ。
腕力が男程ないから胴を十分払えないんだ。」
美行は遠くを見ながら言った。
その顔は勝って嬉しい顔ではなかった。
「あいつはその事でずっと悩んでいる。」
豆太郎はそんな美行を見た。
そして衣織の方を見たが彼女は既に部屋を後にしていた。
豆太郎は武道場を出て衣織を探すと、
彼女は給湯室で一人で立っていた。
「衣織……。」
豆太郎がその背中に声をかける。
彼女の背がはっと動きしばらくして振り向いた。
「豆太郎さん、お茶ですか。」
その眼が少し赤い。
「あ、いや、そうじゃなくて……。」
豆太郎が少し口ごもる。
「その、さっきの試合見てたよ。素晴らしかったよ。」
衣織がふっと笑う。
「負けちゃったけど。」
「……美行は衣織が男だったら負けてたと言ってたぞ。」
彼女は大きくため息をついた。
「男だったら……、ですよね。」
衣織は少し俯いて黙る。
そしてしばらくして豆太郎に言った。
「やっぱりどんなに頑張っても力では
男には勝てないんですよ。もう限界かも。」
衣織を豆太郎は最初から強い意思を持つ
立派な女性だと思っていた。
だが彼女の心の中にはそのような重しがあったのだ。
「美行は勝ったことは全然喜んでいなかったぞ。
むしろ衣織を心配していた。」
「それも分かっています。」
衣織は俯いた。
しばらく二人は何も言わなかった。
だが、
「なあ、衣織、パフェ食べに行かないか。」
衣織がはっと顔をあげる。
「明日行こうよ。休みだろ。
それとゆかり豆好きだろ、その工場を見に行かないか。」
「え、あ、」
「朝ごはんを食べて用意が出来たら行こう。な。」
「は、はい……。」
翌朝、二人は豆太郎の車で出かけた。
衣織は美行にも声をかけたが、
「僕は用事がある。二人で行って来い。」
と断られていた。
衣織はいつもは動きやすい服を着ているが、
今日はスカートをはいていた。
それは少しばかり豆太郎の目には眩しい。
「ファミレスですか。」
「ああ、ここのパフェは美味しいんだ。
今は恐竜フェア?えっ?
いつもは可愛いのをやっているのに。」
「何をやっているか知らずに来たの?」
豆太郎は頭を掻く。
二人で店に入りメニューを見た。
「あら……。」
恐竜たまごパフェには果物と砕いたアーモンドがまぶしてある
小さなシュークリームがいくつか乗っており、
それにはチョコレートが掛けてあった。
そして恐竜の頭の骨の焼き菓子が添えられていた。
「思ったより可愛い……。」
喜んでいる衣織の顔を見て豆太郎はほっとした。
「シュークリームが恐竜の卵かな。美味しい。
中にカスタードが入ってる。」
「良かったよ、どうしようかと思った。」
豆太郎が笑う。
「豆太郎さんはここによく来るの?」
「ああ、たまにな。
一角と千角とでパフェを食べたのはここだよ。
あいつらいつも強引でさ、
初めて会った時もファミレスに入った事がないから
行きたいと言ったんだぜ。
鬼のくせにそんな事を言ったからびっくりしたよ。」
「噂には聞いていたけど、本当に食べたのね。」
「そうだよ、それにあいつらが奢ると言うと碌な事がないんだ。」
衣織はにこにこと笑いながら豆太郎の話を聞く。
パフェには『恐竜フェア』と書かれた
ケーキピックが刺してあった。
彼女はそれを手に取りスマホの収納ポケットに入れた。
やがて二人は食べ終わり席を立った。
「今度はゆかり豆だ。」
「紫垣さんですよね。
「えっ、知ってるの?」
「荒木田先生にも教わったことがあるの。
強い意思を持っていらっしゃる先生だったわ。」
「じいちゃんとも知り合いなんだよ。紫垣製菓の騒ぎの時に会ったなあ。」
衣織がにやりと笑う。
「私、荒木田先生の秘密を一つ知ってるのよ。」
「えっ、なんだよ。」
「いつもきりっとしてるけど、スマホの待ち受けがお孫さん。
それを見てしょっちゅうにやにやしてるの。」
豆太郎がははと笑った。
「それは公然の秘密だろ。
二人は車でゆかり豆の工場に向かった。
「本当は今日は休みなんだけど
衣織が行くと言ったら工場を開けてくれるって。」
「何だか悪いわね。」
「取引もあるし工場見学みたいなものだと思えばいいんじゃないか。
研修のレポートにそれを書けばいいよ。」
「……そうね、ありがとう、豆太郎さん。」
豆太郎がふっと衣織を見る。
「豆太郎で良いよ。」
衣織がちらりと彼を見て窓の外を見た。
「あの、でも、やっぱり豆太郎さん、かな。」
外を見ているので衣織の表情は見えない。
だが声は優しかった。
「まあいいけど。あ、そこだよ。」
工場の前に紫と生万がいた。
生万は2歳ぐらいか、母親の紫と手を繋いで
手を振っている。
「こんにちは、津郷衣織です。」
車から降りて衣織が頭を下げた。
「こんにちは、紫垣紫です。お噂は父から聞いています。」
彼女のお腹は大きい。
もう臨月近いのだ。
「紫さん、調子どう?」
「ええ、順調よ、お世話になるのは来月くらいかしら、
豆太郎さん、よろしくお願いします。」
生万が何かを期待するように豆太郎を見ている。
「ほらこっち来い、生万!」
生万が満面の笑みで豆太郎に駆け寄った。
そして子どもを豆太郎が抱き上げ何度か空に放り投げた。
生万は笑い声をあげて大喜びだ。
「豆兄ちゃん、もっと!」
「いやもうしんどいよ、重くなったな。
また今度な。」
豆太郎は生万の頭を撫でた。
「豆太郎さん、子ども大好きなのよ。」
紫が衣織に話しかけた。
「あ、お父様の荒木田先生には大変お世話になっています。」
衣織は紫に手土産を差し出した。
「あら、良いのに。」
「実は豆太郎さんが用意してくれました。」
衣織が苦笑いをすると紫がふふと笑った。
「本当にあの人は気が利くのよ。
ケアハウスでもすごく気を使ってくれて。
優しい人よ。」
工場の入り口で豆太郎が衣織を手招きしていた。
「研修で来ているのよね。」
「そうです、お母さんのケアも調べてこいと言われました。
後でお話を聞かせて頂けますか。」
「ええ、大丈夫よ。工場もゆっくり見て来てね。
お茶を用意しておくから。」
衣織が頭を下げると豆太郎の方に走って行った。
紫がその後ろ姿を見る。
「しっかりした女の子みたい。可愛いわね。」
呟いた紫を生万が見上げた。
「豆ちゃん、結婚するの?」
思わぬ言葉に紫が笑う。
「えー、どうかな、同じ会社の人だけど……。」
だが人の運命は分からない。
紫の口元は少し緩んでいる。
自分も思わぬ縁で結婚したのだ。
豆太郎と衣織と言う女性にも何かが待っているかもしれない。
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