景色  2





豆太郎と衣織は工場を見て紫からも話を聞いた。


「長い間お時間を取らせてしまってすみませんでした。

でもお話しできて本当に良かったです。」

「いや、こちらこそ、お役に立ててうれしいよ。

こちらも豆を食べて頂いている方と直接話が出来るのは嬉しい。

また良かったら来てください。」


以前より少しばかり貫禄が出て来た紫垣が頭を下げた。


ゆかり豆は味の良さで人気がある。

だが紫垣は工場を広げるつもりはなかった。


「品質と味で勝負する。」


それがモットーらしい。

そしてかつての紫垣製菓での痛い失敗を

二度と繰り返すつもりは無いからだろう。


「工場見学が出来て本当に良かったわ。

ゆかり豆があんなに手間をかけているなんてね。」

「だから美味いんだろうな。

職場に戻ったら紫垣さんの事をみんなに言ってくれよ。」

「そうね、あの事件のその後だけど、

こんな風に良くなっているのは嬉しいわね。」


衣織が笑いながら言った。

豆太郎はその横顔を見る。


「なら今からとっておきの場所に行こう。」

「えっ?」

「すごく景色の良い所。」


そして山の中腹の静かな場所に二人はやって来た。


「お墓……。」


衣織が呟く。

黄昏近い光が柔らかく周りを照らす。


「俺の親の墓だよ。」


豆太郎の後を衣織がついて行く。

そして柊の名前のある墓石の前に二人は立った。


衣織が手を合わせて静かに俯く。

その隣で豆太郎も手を合わせた。


さわさわと木々の葉の音がする。

遠くからは街の喧騒が聞こえた。


「ありがとうな、衣織。」

「ううん、豆太郎さんのご両親は殉職されたんでしょ?」

「そうだ。」


豆太郎は振り向く。


「それでここからの眺めが最高なんだよ。

ここの景色が俺は一番好きだ。」


衣織もそちらを見る。


眼下には豆太郎が住む街が見えていた。

沢山の家々、所々にある緑の木々、道を走る車、

晴れた空の下、そこには人々の生活があった。


「街が見下ろせるんだ。」


衣織はしばらく黙って景色を見ていた。

だがあまり長い間衣織が黙っているので豆太郎が不安になった。


「あの、いまいちだったかな。」


衣織が首を振った。


「ううん、なんか今日はすごく楽しかった。

パフェもおいしかったし、ゆかり豆の工場も見たし……、」


衣織が景色をもう一度見た。


「この景色を見ていたら何だかすっきりしたわ。

それと紫さんと色々話せて良かった。」


豆太郎はほっとする。


「良かったよ、楽しくなかったと言われたらどうしようかと思った。」


衣織は紫と話した事を思い出していた。


『女はね、違う意味で物凄く強いの。

強くなければ赤ちゃんは産めないの。

だってものすごく痛いのよ。

男と女は強さの種類が違うのよ。』


それは衣織が抱えている悩みの答えではないかもしれない。

だが一つの考え方だ。


強さの種類が違う。


衣織にはその一言が自分の考えを変える予感がした。


「ありがとう、豆太郎さん、今日は本当に楽しかった。」

「そうか、俺も楽しかったよ。またパフェ食べに行こうな。

じゃあ帰ろうか。」


豆太郎が笑いながら車の方に向かった。

衣織もその後を追う。


そして今豆太郎に言いたい言葉を心の中で言った。


『もう一度食べに行こうって、それはデートの誘い?』


その言葉は喉元まで来ている。

だがそれを言って良いのかよく分からなかった。

それを簡単に口にできる程自分は軽い性格ではない事を、

彼女はもどかしく感じた。








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