いちごのアイス
その日は休日だった。
衣織と豆太郎は二人で出かけている。
前日衣織から一緒に出掛けないかと聞かれたが、
美行は用事があると断った。
「二人の邪魔をするほど野暮じゃないぞ。」
と呟いたがやはりどことなく寂しい気がした。
やる事も無く豆太郎からゲーム機を借りて遊んでいたが、
そのうち小腹が減って来た。
「アイスの自販機があったな。」
と彼は思い出し館内のその場所に向かった。
近くに来ると自販機の前に桃介とピーチ、ユリがいた。
両脇に犬、その真ん中にユリが座って自販機を見上げている。
美行は物陰からみなを見た。
「ピーチ、これってなに?」
ユリが自販機を見ながら言う。
「これはアイスクリームの自動販売機よ。
お金を入れるとアイスが出てくるの。」
「あたしコーンスープはのんだよ。」
「それと一緒だよ。」
「せんかくかってくれた。おいしかったよ。
おなかすいてたから。」
ユリはここに来る前はずいぶんと辛い目に遭っていたのは聞いていた。
当然ちゃんとしたものも食べていなかっただろう。
「アイスクリームっておいしいの?」
「甘いんだって。」
「甘いから私達は食べさせてもらえないのよ。
豆太郎とかみんな食べてるけど。一度ぐらい食べてみたいわね。」
そして二匹と一人はくすくすと笑う。
美行はその会話をそっと聞いていた。
小さな子どもたちが話しているような感じだ。
妙に可笑しく美行の口元が緩んだ。
美行が彼らに近寄り財布を出した。
「ユリ、どれが良い?」
美行がユリを見下ろす。
少し驚いた顔でユリは彼を見た。
「かってくれるの?」
彼女の目が輝く。
その瞳は澄んでいた。
「僕も食べるからついでだ。いちごが良いか。」
美行がストロベリーのアイスを指さした。
「ピンク、ピンクがいい。」
それは彼女が履いている靴と同じ色だった。
「よし、下から出るから取れよ。」
「うん。」
お金を入れるとガタンと音がしてアイスが出て来た。
「僕のも買うから取ってくれよ。」
「わかった。」
ユリが嬉しそうに二つを持って笑った。
美行はユリのアイスのパッケージを開けてやり彼女に渡した。
「あまいね、おいしいね。」
美行も彼女の横に座りアイスを食べだした。
「ねえ、美行、僕達は?」
「お前らは駄目だよ、犬だから。甘いものは毒だ。」
「ちぇっ、一度食べたいのにな。」
犬も二人のそばに座る。
「今度お前らにはジャーキーか何か買って来るよ。」
犬の尻尾が激しく振られる。
ピーチが美行を見上げた。
ユリは少し手を汚しながら食べている。
美行がハンカチを出して口元を拭いてやった。
「鬼は甘いものが好きなのかな。」
「どうかな、豆太郎は一角と千角とで何度も
パフェを食べているみたいだけど。」
「近くのファミレスで食べているみたいよ。
あそこはよくスイーツのフェアをやってるの。」
「パフェか……。」
どちらかと言えば美行は甘党だった。
「一度食べたいな。」
美行は呟く。
「みゆき、たべたよ。」
ユリが無邪気に言った。
その口元や手はアイスで汚れている。
それを美行はまた拭った。
「美味かったか。」
「うん、おいしかった、いちごのアイスはおいしいね。」
「食べた後のゴミは捨てて来るんだぞ。分かるだろ?」
「うん。」
ユリが立ち上がりゴミ箱に走って行った。
美行の隣に座っていたピーチが彼の手にそっと鼻を寄せた。
「美行はやっぱり優しい。豆太郎の友達だわ。」
美行は何も言わずピーチの頭を優しく撫でた。
休日の夕方、一寸法師に豆太郎と衣織が帰ると
桃介とピーチが出迎えた。
「豆太郎、衣織、おかえり。」
「ただいま。」
二人は二匹を撫でてそれぞれの部屋に戻って行った。
犬は豆太郎の後をついて行く。
「豆太郎、今日はどこに行って来たの?」
ピーチが豆太郎に聞いた。
「ああ、あそこのファミレスでパフェを食べて、
紫垣さんの所に行ったよ。
長くなったからお昼をごちそうになった。
紫さんと衣織が作ってくれたよ。」
「へぇ、それで紫さんの具合どうだった?」
桃介が聞く。
「順調だってさ。多分予定通り来るだろうからお前らも頼むぞ。」
犬達は尻尾を振る。
「それでその後どこに行ったの?」
ピーチが妙にきらきらとした目で豆太郎を見た。
「えーと、俺の親の墓参りに行ったよ。」
犬はにやにやと笑いながら顔を見合わせて目配せをした。
それを豆太郎が見る。
「なんだよ、お前ら、なんか変か?」
「変じゃないけど、」
ピーチがにっこりと笑った。
「だって二人とも物凄くわくわくする匂いがするんだもの。
すごく楽しかったんでしょ?」
「う、あ、まあ楽しかったよ。衣織も喜んでいたしな。
研修のレポートのネタが出来たし。」
その時だ、
金剛が廊下から豆太郎を呼んだ。
「ああ、ごめん呼ばれているから。」
と豆太郎は部屋を出て行った。
その姿を二匹は見送る。
「ねえ、豆太郎って気が付いているのかしらね。」
ピーチが桃介を見た。
「気が付いているってどういう事?」
「あれはね、デートよ。
しかも最後に豆太郎の親御さんのお墓参りよ。
親に紹介するコースじゃない。」
「えー、豆太郎はそこまでは考えていないんじゃないか?
衣織はレポートを書かなきゃならないみたいだし、
協力しただけじゃないの?
楽しかったのは確かみたいだけど。」
「バカね、二人の匂い嗅いだでしょ。あれは恋の香りよ。」
「恋ぃ?」
ピーチが急に気ぜわしく立ち上がった。
「何だか私、わくわくして来たわ。」
「……まあ確かに豆太郎からは嗅いだことがない匂いがしてたな。」
二匹は顔を合わせる。
「相性は良いと思うのよ。」
「うん、衣織は良い人だよな。」
「ね。」
犬達は顔を近づけてこそこそと話を続けた。
それは楽しい内緒話の様だった。
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