伝説





「じいちゃん、なんだった。」


豆太郎が金剛のそばに寄った。


「本部から報告が来た。」

「なんの?」

「ユリだ。」


豆太郎の顔が真顔になる。


「とりあえず事務所に来い。」


二人はそこに向かう。事務所には徳阪もいた。


「豆太郎、これを読め。」


徳坂が数枚の書類を渡す。


「……麓で一人の少女を発見。

赤髪の3歳ほどの見た目、村の駐在が保護する、

名前をオニコと名乗るが数時間後に駐在所から失踪……、

これって、ユリの事か。」

「そう思うか。」

「ああ、赤髪でオニコだろ。」

「だがな、その記録は20年程前の話だ。」

「20年……。」 

「それでな、千角がユリを見つけた場所から少し離れた所で、

ユリが助けられた日から一週間ほど前に酔っ払いが一人保護されている。

その隣に赤い髪の子どもがいたがすぐに姿が消えた報告があった。

警官は男が子どもを誘拐したのかと取り調べたが、

酔った男は突然その場に子どもが現れたと話して、

腹が減ったと言ったのでコーンスープを買って渡したそうだ。

その警官も子どもの捜索願や失踪届など調べていたようだが

結局は分からなかったらしい。

それで20年前から最近の目撃までの間、

ユリはどこにいたのか、どうしていたのかと言う話なんだ。」


徳阪が言った。

皆が腕を組み考える。


「じいちゃん、昔ユリかもしれない子が見つかった場所はどこだっけ。」


金剛が書類を見る。


「そこには天女伝説がある。」

「天女……。」

「その山からは天女が降りて来たと言う伝説だ。」


ユリは天女と関係があるのだろうか。

だが彼女の見た目には鬼の要素がある。


天女と鬼が繋がる何かはあるのだろうか。


「ユリが見つけられた場所のそばには原生林の国有地がある。

あの辺りはほとんど人は踏み入らない。禁止されているからな。」


書類に載っている地図を金剛が指さす。


「あの辺りは他にも伝説があってな、

人が踏み入ると物の怪に騙されたりするらしい。

いつの間にか麓に戻っていたりと眉唾物の話が山の様にある。

だが我々はそう言うものと近しいからな、

それらが嘘ではない可能性はあると思う。

そして案外とその物の怪がユリを育てていたかもしれん。」

「でも一度ユリは警察に見つけられたよな。」


豆太郎が聞く。


「分からんがたまたま外に出てしまったのかもな。

それとユリは警察の事をかなり怖がっていたんだろ?」

「うん。警察と言うだけで泣き出した。」

「その時に怖い思いをしたんじゃないかな。

駐在さんは乱暴な事はしないだろうが、

子どもにとっては知らない大人は怖いものだからな。

まあ全部推測だが。」


徳阪が腕組みをして考える。


「もし物の怪がユリを育てていたとして、

どうして急に人の世にユリを一人で置いたんだ?

ずっとそこで育てればいい話じゃないか。」


皆は考え込んだ。

確かにその通りなのだ。


物の怪とは言え情はあるはずだ。

千角に見つけられるまでは一週間ほど酷い目に遭っていたようだ。


何故そんな事をしたのだろうか。

何か意味があるのだろうか。


「物の怪は物の怪で何かの事情があったかもしれんが……、

ただユリが見つかる少し前に街中で数匹の狸が

トラックに跳ねられて死んだらしい。

警察に通報があって、警官に追われて道路に飛び出したそうだ。

現在は街でも狸が出るのは不思議ではないからな。」

「狸……。」

「もしその狸殿が物の怪だったなら、

どこかにユリを届ける途中で事故に遭ったのかもしれん。」


もし狸がユリをどこかに連れて行くつもりだったとすれば、

一体どこが目標だったのだろうかと豆太郎は思った。

それは今では分からない。


警官は狸を保護するつもりだっただろう。

だが怯えた彼らは道路に出てしまった。

不幸な事故があったからユリは放置されてしまったのかもしれない。


「全部想像だけどな……。」


豆太郎は呟いた。


「そう言えばユリはお父ちゃんの話をしていたな。」


金剛が言う。

豆太郎が思い出して言った。


「千角から聞いたけど、ユリと初めて会った時に

お腹が空いたと言ったらコーンスープを

お父ちゃんが買ってくれたと言っていたよ。

でも本当のお父ちゃんじゃなくて通りがかりの酔っ払いらしい。

そのさっきの保護された酔っぱらいの人じゃないかな。

その人は自分の事をお父ちゃんと言ったみたいだ。」

「……お父ちゃんか、それは助けてくれた人と言う事か?」

「それに千角が自分は若いからお父ちゃんじゃない、

お父ちゃんはおじさんとユリに言ったみたいだよ。」


豆太郎が少し笑った。


「そう言えば俺は聞かれなかったよ。

じいちゃんはユリに聞かれてたな。おじちゃんはお父ちゃん?って。」


豆太郎が言う。

それを聞いて思わず徳阪が笑った。


「いや、その、ま、しばらく様子を見るべきだな。」


笑ってしまったのを隠すように徳阪が咳払いをして言った。


「まあ、ユリにとっては

豆太郎はまだおじさんじゃない事は確かだな。」


金剛がちらりと豆太郎を見た。

豆太郎はにやにやとしていた。









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