鬼の刑が終わり、様々な手続きは素早く処理された。


その日の夕方美行が食堂を通りかかると

徳阪が座っているのが見えた。


その場所は徳阪がいつもユリを見ていた場所だった。


「徳阪さん。」


美行は彼に近寄り声をかけた。


「ああ、君か。」


徳阪が振り向く。

その膝にはユリの靴があった。


「あの……、今よろしいでしょうか。」


美行は靴をちらりと見て遠慮がちに聞いた。

徳阪がそれを見下ろし寂しげに笑った。


「悪いな、気を使わせたな。

構わんよ、私も君と話したかった。」


美行は彼のそばに座った。


「あの、今回はとても勉強になりました。

僕の態度はどうだったでしょうか。」


徳阪は庭を見た。

そして美行を見る。


「とても素晴らしかった。

憎い相手とは言え、寿命を終えたかたきに頭を下げた。

人としての矜持を立派に表せたと思う。」

「……ありがとうございます。」


美行は呟くように言った。


あの時彼は消え去ったおお冨鬼とみおにの場所に頭を下げた。

あれは自然と行った事だ。


自分は刀を構えただけで、実際は鬼の命を取る事は無かった。

だがもし自分が刀を振り下ろしたら同じ態度は取れただろうか。


美行は自分に問う。


彼はそれでも鬼に頭を下げただろうと思った。

どんなものに対してもその命の重さを感じるからだ。

それが自分の母の命を取った者であろうとも、

命を奪う行為はとても重い出来事なのだ。


「でも大冨鬼がアイスの話をして少しびっくりしました。」

「ああ、父ちゃんの話もな。

どうも豆太郎が泥船に閉じ込められている鬼に話したらしいぞ。」

「そうなんですか。」

「金剛さんから聞いた。

そしてその二人の家族をお前が食べたが

それでもユリを可愛がっていたと……。」


徳阪の言葉は続かなかった。

彼はしばらく俯き靴を見ていた。


「すまんな、さすがに辛いな。」


徳阪の目は赤かった。


「辛いですよ、当たり前です。僕も寂しいです。

こんな気持ちになるならもっとアイスを買ってやれば良かった。」


美行が笑う。


「女の子だからピンクかなと思ってストロベリーを買ったんです。

美味しそうに食べていましたよ。

靴と一緒だって。」

「靴も桃色が良いと言っていたからな。

やっぱり女の子は桃色が良いんだな。」


徳阪も笑った。


「美行ももう研修が終わりだな。

ただの研修のはずだったと思うが、こんな事が起きて大変だったな。」

「そうですね、でもレポートの内容には困らないです。

それに……、」


美行が徳阪を見た。


「鬼に行った事に全く後悔はありません。

人として正しく振舞えたと思います。

それを教えて頂きありがとうございました。」


彼は頭を下げた。


「そうか、君がそう思ったのなら良かった。」


徳阪は靴を見下ろした。


「ところで君にお願いがあるんだがな。」


彼は美行を見た。




別の日、美行は片手に袋を持ちぶらぶらと歩いていた。


研修はもうすぐ終わる。

今日は休日だ。

先日徳阪に頼まれた使いで出かけたのだ。


そしてはっと思う。


「そう言えばあいつら現世にいるかな。」


豆太郎に聞けば良かったと思った時だ。

すぐそばのコンビニから千角が出て来た。


彼は片手に大きな袋を持っていた。

いつものように金髪に簪を差して派手な服を着ている。

美行は千角に手を上げると、彼はすぐに気が付いた。


「よう。」


千角がにやりと笑う。


「良かったよ、徳阪さんに頼まれたものがあるんだ。」

「徳阪?」

「ユリを可愛がっていた人だよ。お父ちゃんと呼んでた。」

「ああ……。」


多分大冨鬼が来た時にユリが倒れた跡のそばにいた男だろうと

千角は思った。


美行が手の荷物を開けて千角に見せる。

そこにはユリの靴があった。

それを見た千角が驚いた顔で美行を見た。


「徳阪さんが千角に渡してくれって。」

「俺に?」

「そうだよ。」


千角が袋を受け取り中をしばらく見ていた。


「なあ、時間あるか。」


千角が聞く。


「まあ今日は休日だからな。」

「そこに公園があるけど、そこでこれ喰わね?」


千角が自分の荷物を見せる。

そこにはコンビニで買ったスイーツが入っていた。


「本当に甘いものが好きなんだな。

でも二つずつ入っているけど一角の分じゃないのか?」

「良いよ、喰おうよ。」


二人は公園に向かい空いているベンチに座った。


遊具では数人の子どもが遊んでいる。

元気な声が響いていた。


「どれよ、好きなのとって良いぞ。」

「じゃあ、このロールケーキを食べていいか。」

「良いよ。」


二人はそれを食べる。

柔らかな甘い味が口に広がった。


「最近のコンビニスイーツは美味い。」


千角が言う。


「鬼界にもコンビニみたいなものはあるのか?」

「いや、ないな。

なんかこう言うものは人が作る方が色々な物があって面白いよ。

鬼も作るけど団子とかで昔のままだし。」

「ならお前が作って売れば良いじゃん。」

「そうか、そうだな。」


と二人は笑う。


「その、ユリのかたきを取ってくれてありがとうな。」


千角がぼそりと言った。


「いや、僕の仇でもあったし。

でも同族殺しになったが目こぼししてくれ。」


千角がふっと笑う。


「あの時俺達も見ていたけど、

美行は手を下してないだろ。あれは寿命だよ。」

「見てたのか?どこから。」

「それは金剛さんに聞いてよ。

でも美行は剣を使うんだろ?

豆ちゃんと違って直接手を下す事になるんだよな。」


美行の目つきが鋭くなった。


「ああ、僕にはその覚悟がある。」

「だよな。」


千角が袋からジュースを出して美行に渡した。


「良いのか?」

「良いよ。ユリのお礼だ。」


美行がちらと千角を見た。


「これって奢りだよな。」

「そうだよ。」


美行が腕組みをする。


「なら僕も豆太郎と一緒で鬼に奢ってもらったと言う事か。」

「みんなに自慢できるぞ。」


二人はははと笑った。


「だけど美行には俺はもう会いたくないな。」

「どうしてだ?」

「やっぱり美行は怖いよ。そしていずれ鬼を討つからな。」

「……そうだな。」


公園で遊ぶ子どもの数がいつの間にか増えていた。

そして彼らは鬼ごっこをして遊んでいる。

走り回る子どもたちが二人のそばに来た。


千角がにやりと笑うと子どもたちに向かって叫んだ。


「鬼だぞ!!」


子どもたちは突然の大人の乱入で驚いたが

千角を見て笑った。


「鬼じゃねえじゃん!!」

「鬼には気を付けろよ!喰われんなよ!」

「はーい!」


無邪気に子どもが返事をしてまた遊びだした。


「本当の鬼のくせに。」


美行が千角に言う。


「鬼だよ。俺達は人には怖い奴で良いんだよ。」


千角が立ち上がった。


「俺は多分美行とは二度と会わない。

もう会わない方が良いと思う。」

「そうだな、僕もそう思う。

奢られたままではちょっと心苦しいが。」


美行も立ち上がった。


「役得と思っとけよ。」


と千角が笑った。


そして二人は手を上げて別の方向に歩きかけた。

その時千角が美行を呼んだ。


「徳阪さんに伝えてくれよ。

ユリが消えた時から鬼が死ぬまで、

一寸法師の上には天女達が何人もいたよ。

多分ユリを迎えに来た姉妹だ。ユリは仲間の所に帰ったよ。」


美行ははっとする。

だがその瞬間千角の姿は消えていた。




美行は一寸法師に戻った。

そして徳阪を探した。


彼はやはりユリをずっと見ていた場所に座っていた。


「徳阪さん、千角に渡してきました。」


徳阪が振り向く。


「そうか、悪かったな。ありがとう。」


彼は薄く笑うとまた庭を見た。

美行がその隣に座る。


「僕、千角にスイーツをごちそうしてもらいました。」

「えっ?」


徳阪が彼を見た。


「豆太郎と違ってコンビニスイーツですけど。

最近は本当に美味しいですね。」

「奢ってもらったのか。」

「はい。

それと千角から伝言を受けています。」


美行がにっこりと笑った。


「ユリが倒れた時から大冨鬼が討たれるまで、

ここの上に何人もの天女が飛んでいたそうです。

迎えに来たユリの姉妹じゃないかと。

そこにユリは帰ったみたいだって。」


徳阪は明け方の景色を思い出す。

光の粒が空から降り注いでいた。

あれは天女からの何かの言葉だったのだろうかと。


徳阪の膝の上の手が微かに震えていた。


「……すまん。」


と徳阪が席を立った。


「はい。」


美行は一言返事をすると庭を見た。

まだ花壇は崩れたままだ。

落ち着いたら誰かが綺麗に整えるだろう。


ユリはいつもそこで桃介とピーチと遊んでいた。

一人の時は座り込んで花や虫を眺めていた。

そして空を見上げて雲を見つめた。


それは自分の故郷を思い出していたのだろうか。


そしてその空の上には自分の母もいるかもしれない。


「お母さん……。」


一言呟くと美行も徳阪の様にしばらく庭を見ていた。








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