成敗
ロビーではハウスの皆で明日の朝について話し合われていた。
徳阪が厳しい顔で言った。
「本部から許可が出た。
豆太郎から聞いたが一角と千角も
こちらで討って欲しいと言っていたそうだ。」
「誰が鬼を討つ?やっぱり徳阪さんか。」
徳阪が美行を見た。
「いや、私でなく美行が良いだろう。
私は三人の鬼のうち二人は討っている。美行の
美行の顔が緊張で引き締まった。
「徳阪さん、僕で良いのですか。」
「いや、むしろ美行に討って欲しい。
無念を晴らして人としての尊厳を表せ。
だが鬼相手でも無礼な事はしない。
それは美行には出来るはずだ。」
美行は頷いた。
「それでいいな。」
周りの皆が頷く。
「私は刑の行方を見守ろう。
ならば今から身を清める。美行、来い。」
それはこれから行う事への気構えの始まりだ。
徳阪と美行が立ち上がる。
夜明けは近い。
皆も準備を進めるために動き出した。
まだ暗いうちに泥船にくさびが打たれた。
一瞬で船は泥に変わる。
鬼界の泥か、異様な臭いが漂った。
どさりと落ちるように赤い小鬼が地面に横たわった。
もうほとんど力は残っていない様子だった。
泥船が生気を抜いたのだろう。
そして一寸法師の中庭に大冨鬼は連れ出された。
その場は法術師により強力な結界が張られている。
大冨鬼の体は術を掛けられたしめ縄で封印されていた。
まだ少しばかり暗く、
夜明け近くの空は濃い青から徐々に薄くなっていた。
結界の周りは一寸法師の法術師が取り囲み、
その中心に大冨鬼は座らされた。
彼はここから逃げ出すことはもう不可能だった。
胡坐をかき
そこに刀を携えた美行が鬼の背中側に近寄った。
白作務衣に身を包み、背中には一寸法師の文字がある。
これから大冨鬼は成敗されるのだ。
一角と千角も虫を通じて様子を見ているだろう。
豆太郎と衣織も他の法術師とともに並んでそれを見つめた。
皆は白作務衣に身を包んでいた。
徳阪が鬼と美行のそばに来た。
彼がこの成敗を見届けるのだ。
しんとした清浄な空気が周りを包んでいる。
かがり火が静かに音を立てていた。
「なあ……。」
鬼が少しだけ顔を上げて美行を見た。
「なあ、あんた、」
美行が鬼を見下ろす。
「何か言いたい事があるのか。」
鬼が少し間を置いた。
「……アイスを食べさせたのは誰だ。」
「えっ。」
美行が一瞬あっけに取られて聞き返した。
「餓鬼にアイスを食べさせたんだろ、いちごの。」
「……それは僕だ。」
「それに父ちゃんと呼ばれていた奴もいたらしいな。」
徳阪が頷いた。
「僕のそばにいる人だ。」
大冨鬼は返事をしない。
遠くで気の早い烏が一声鳴く。
「わしがお前らの家族を喰ったのにな。気の良いこった。」
二人は何も言わない。
美行が静かに刀を抜いた。
大冨鬼がふふと笑った。
「靴も買ってやったそうだし、
あの糞餓鬼もえらく可愛がられたんだな。
鬼のくせに。
わしじゃなく女の方に寄ったんだな。」
静かに夜明けの風が吹く。
そして建物の窓を通して日の光が薄く差して来た。
美行が刀を構えた。
大冨鬼は俯いている。
そして影が長く伸びた時だ。
大冨鬼の色がすうと抜けた。
その姿は硝子のようになり、
砂が崩れるようにゆっくりと溶けていく。
美行は刀を構えたままそれを見ていた。
そして数分もせず地面に吸い込まれるように全てが消えた。
美行は静かに刀を鞘に戻し、
鬼の姿が消えた場所に向かって一礼をし手を合わせた。
徳阪も手を合わせる。
そして周りの法術師も全員合掌した。
鬼は死んだのだ。
音もなく風が吹く。
朝日の中で小鳥が鳴き出した。
「豆太郎さん……。」
豆太郎のそばにいた衣織が彼の腕に触れた。
彼が彼女を見るとその眼に涙がいっぱいに溜まっている。
豆太郎は彼女の手に触れてそっと握った。
金剛が呟いた。
「寿命だったのかよく分からんが……。」
その時、雪のようなものが空から降って来た。
今は冬ではない。
それに空は晴れ渡っている。
豆太郎が手を差し出し白いものを手に受けた。
それは雪ではなく微かな光のようなものだった。
ふわりと手の上で浮き、清らかな光をたたえている。
それは合掌する皆の頭や肩に降り注いだ。
地面に描かれた結界や鬼が溶けた場所にも降り積もった。
ユリが消えた花壇にも降り注いでいるだろう。
美行と徳阪の体にも光が積もり輝いている。
豆太郎は衣織を見た。
涙を流す彼女の頬にも光はあった。
彼は彼女の頬に触れた。
手のひらに温かみが伝わり衣織が目を閉じた。
そして涙がすうと流れた。
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