腐臭  1





鬼頭アパートの窓辺に千角が座り外を見ていた。

彼はここ数日妙に静かだ。

一角が彼を伺うように声をかけた。


「なあ、千角、鬼界きかいに戻って蔵を漁ろうか。」

「あ、ああ、そうだなあ。」


何となく気が抜けた感じの返事だ。


「どうしたんだ、千角。ミシンも全然踏まないし。」

「うーん、なんか気が進まなくてさ。」


と彼はため息をついた。




「豆太郎君、どう思う?」


一角が千角の姿が見えない所で豆太郎に電話をかけていた。


『どうって千角の様子も見ていないのに分からんぞ。』

「そうだけどさ、心配で。」

『ともかく今仕事中だ、夜に改めて電話するよ。

とりあえず千角の様子を見とけ。え、あ……、』


突然豆太郎の声が遠くなる。

そして、


『せんかく?』


幼い感じの女の子の声だ。

一角は相手が誰かすぐに分かった。


「ユリ?ユリか?」

『そうだよ、せんかく?』

「ごめん、一角だよ、覚えているよね。」

『うん、わかる。せんかくいるの?』

「ここには今いないんだよ。」


少しばかり間が開く。


『せんかくにね、あいたい。』


一角がはっとする。


『ごめん、ユリがスマホを持って行って。』


相手が豆太郎に変わる。

一角がにやりとした。


「豆太郎君、千角の様子がおかしい理由が分かったよ。

悪いけど一度ユリを連れて来てくれる?

僕達はさすがに怖くてそちらに行けないから。」




その日の夕方、豆太郎がユリを連れて鬼頭アパートにやって来た。


「豆ちゃんありがとうね。」


鬼頭も一緒に乗っている。

ユリも鬼頭と手をつなぎながら降りて来た。


「おばちゃん、せんかくがいるんだよ。」


ユリが嬉しそうに鬼頭に話す。


「そうなのか、良かったね。」


鬼頭がユリを見降ろして優しく言った。


鬼頭が一寸法師で働き出してしばらくになる。

そしていつの間にか彼女はこの職場が普通ではない事を

何となく気が付いていた。

このユリが千角に助けられたことも今は知っている。


だが鬼頭は何も言わなかった。

そしてこのユリにも何かを感じつつ普通に接していた。

鬼頭ももしかするとなにかしらの縁で

一寸法師にやって来たのではと豆太郎は思っていた。


「じゃあ、鬼頭さん、また明日。」


豆太郎が言うとその横でユリが手を振った。

その様子を見て鬼頭が笑って部屋に入った。

そしてユリは一角と千角の部屋に走って行く。


「せんかく!!」


扉を開けると靴を脱ぎ棄てて中に入るとそこには千角がいた。


「ユリか!!」


千角の首にユリが飛びつく。

まるで何年も会っていなかった知り合い同士の様だ。

二人は嬉しそうに笑いだした。


豆太郎がゆっくりと部屋に入って来る。

一角が彼に親指を立てた。


「豆太郎君、ありがとう。」

「まあお安い御用だが、これでいいのか?」

「ああ、多分ね。」


一角が水出しコーヒーを出した。

これは時間がかかるものだ。

豆太郎のために用意していたのだろう。


「……美味うまいな。」

「だろ?」

「高い買い物だったがその価値はあったな。」


水出しコーヒー用のウォータードリッパーは

豆太郎が一角に買ってやったものだ。

一角はにやりと笑うと豆太郎にゆかり豆を出した。

隣の部屋では千角がユリから一寸法師の話を聞いている。


「ところであの二人、なんだ、仲良しだな。」

「うん、そうだね、それでどうも千角の様子がおかしかったのは

ユリが心配だったからだと思う。」

「心配……、鬼でも心配するのか。」


一角が残念そうな顔をした。


「するよ、豆太郎君を心配しているとか僕達は言った事があるだろ?」

「ああ、そうか、そうだったっけ?」

「ひどいなあ。」

「でもまあ、ユリも千角に会いたかったみたいで、

昼の電話でも千角の名前が出たら走って来て

スマホをひったくったんだよ。」

「それで急にユリが出たのか。」


豆太郎が笑う。


「千角の様子が変だったらしいが、

もしかして千角はユリの事が好きなのか?

千角は前に俺は女の子には優しいんだとか言っていただろ。」


一角が驚いた顔になる。


「好きは好きだけどいわゆる彼女みたいな感じじゃないと思うよ。

ユリはまだ子どもだし。」

「そうだなあ5、6歳と言う感じだからな。」

「いやまだ2、3歳ぐらいだよ。」


一瞬豆太郎の動きが停まった。


「……2、3歳?」

「うん、個人差があるけど僕達は大体人の三倍ぐらいの寿命だからね、

見た目は大きくても人なら幼稚園児ぐらいだよ。」


豆太郎はそのまま動かない。

一角が不思議そうに彼を見た。


「どうした、豆太郎君。」

「……、お前ら見た目とかで俺と一緒ぐらいと思っていたが、

もしかすると年下になるのか?」

「鬼の見た目は当てにならないけど、

僕達は人の年齢で言ったら中学生ぐらいだと思うよ。」

ひと時間でなら何年生きてる?」

「ああ、50年近いかもね。」


豆太郎の顔があっけにとられた。

一角が含み笑いをする。


「日本人は年上の人を敬うんだよね、そうしつけられているんだろ?」

「う、でもお前らは人で言ったら中学生ぐらいだろ?

ただ長く生きているだけで中身が中学生レベルじゃあな。」


横目で豆太郎と一角はお互いを見た。

そして笑う。


「まあいいや、とりあえずユリはうちの一寸法師でしばらく預かる事になった。

その後はどうなるか分からんが、

鬼界で酷い目に遭うより良いだろう。」

「手間をかけさせたね、豆太郎君。」


だが一角がため息をつく。


「だがいずれユリはどうなるのかな。

珍しいサンプルみたいな扱いだと嫌だな。」


豆太郎がユリを見た。


「分からん。だが俺は人としてのプライドがある。

鬼とはいえ人道に外れた扱いはしたくない。

その辺りはちゃんと本部にも伝えたいと思う。」


一角は豆太郎を見た。


その信念は正しく美しいものだ。

だが、人の中にもよこしまな心はある。

それがどこでも通じるのかどうかと一角は思った。


「ま、それが豆太郎君だな。」


一角は呟くように言った。


二人が喋っているテーブルに千角とユリが寄って来た。


「豆ちゃん、ありがとうな、俺本当に心配だったからさ、

ユリから聞いたけどご飯もちゃんと食べてるって?」

「ああ、その辺りは心配するな。

さすがにこんな小さな子に何かする人はいない。

よく食べるしよく遊んでる。」

「遊んでるって誰と遊んでるんだよ、豆ちゃんか?」

「ももすけとピーチだよ、ふわふわでやあらかいよ。」


ユリが笑いながら言った。

それを見て千角が驚いた顔になる。


「神獣だろ?鬼に懐くのか?」

「不思議な事に桃介もピーチもユリに懐いている。

毎日庭で遊んでるよ。」

「へぇー。」


感心したように鬼達は言った。


「それでなあ、ちょっとお前達に相談があるんだが、」


豆太郎が改まったように一角と千角に言った。


「今一寸法師に研修に来ている者がいる。

一度お前達に会わせたいんだ。」


言われた二人が顔を合わせた。


「まあ、僕達は構わないけど、でもどうして?」

「鬼にも色々いると言うのを教えたいんだ。」


豆太郎が真剣な顔で二人を見た。


「はっきり言うがお前達が良い鬼だから手を出すなと言う意味じゃないぞ。

俺は意味もなくむやみに殺生はしたくないんだ。

今のところお前らは何もしていないだろう?

だから一度お前達に会わせて考えて欲しいと思っているんだよ。」

「俺達は教材代わりって事?」

「まあそうだな。

でもお前らも俺をサイコロ探しに使ったり、

ユリを押し付けたりと色々と使ってるよな。」


一角がははと笑った。


「豆太郎君は平和主義者だからな。

良いよ、一度連れて来てよ。」


その時ユリが玄関に行って自分の靴を持って来て

一角と千角に見せた。


「かってもらった。」


小学生が履くような派手な色のシューズだ。


「良かったな、お前、初めて会った時裸足だったもんな。

ありがとうな、豆ちゃん。」

「ピンクだよ、かあいいの。」


豆太郎が照れたように頭を掻いてコーヒーを飲んだ。


「まあ、ハウスのみんながお金を出してくれたんだよ。

それで靴と室内履きと服も買った。」

「……そうなのか。」


一角と千角は少しばかり複雑な顔になった。








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