ユリ 3
結局ユリの身元は分からなかった。
「調査は継続するが、
本部からはしばらくここで預かって欲しいと言う話だ。」
金剛が皆の前で報告をする。
皆はやっぱりと言う顔をするが、徳阪は嫌な顔をした。
「不満もあるかもしれんがこれは本部からの指示だ。
だがいずれユリは然るべき所に引き取られるはずだ。
それまで我慢してくれ。」
徳阪は何も言わなかったが大きくため息をついた。
「徳阪さんが嫌がるのもまあ分かるがなあ。」
昼食時に鬼頭や衣織、美行が食事の準備をして
ユリが手伝っているのを見ながら一人の年寄が言った。
鬼頭や衣織はすっかりユリに慣れて、
ユリもその二人の言う事はよく聞くようになっていた。
おぼつかない仕草で食事のトレーを運ぶ様子は、
どことなくいたいけで微笑ましくもあった。
「……あの、徳阪さんはどんな事があったんですか?」
先の年寄の近くにいた美行が聞く。
「奥さんと娘さんを殺されたんだよ。
一寸法師にいるわしらは大抵鬼と因縁があるが、
徳阪さんは目の前で殺されたんだ。かなり酷かったらしい。
……そう言えば美行君もそうだな。」
「ええ……。」
美行はむっつりとした様子で座っている徳阪を見た。
食堂内でユリが歩いているのも嫌なのだろう。
だが彼はそちらを見ないようにして黙っている。
「ユリちゃん、湯飲みも配ってくれる?」
「はあい。」
鬼頭が言うとユリがにこにこしながら走って行って
湯飲みを受け取った。
鬼頭はずいぶんとユリを気に入ったようで
とても可愛がっていた。
周りの人はそれを笑いながら見ている。
だが徳阪だけは顔色を変えない。
それを見ていて彼の心中を思うと美行は胸が痛くなった。
その日の夕方だ。
「徳阪さん、稽古をつけていただけますか?」
美行が徳阪に話しかけた。
「ああ、構わんよ。」
徳阪がすっと立つ。
二人は武道場でしばらく打ち合っていた。
その様子はすっかり日常になっていた。
時々誰かがのぞく程度だ。
「徳阪さん、ありがとうございました。」
「いや、こちらこそ、なかなか体が動かんな。
恥ずかしい話だ。」
徳阪がにっこりと笑うと二人は脇のベンチに座った。
「徳阪さん、あの、お聞きしていい事か分かりませんが、」
美行が控えめに言った。
「奥様とお子様の話を少し聞きました。
お辛い思いをされたそうですね。」
徳阪がふうと息を吐く。
「……そうだな、君の事は調査票で読んだよ。
私の場合とよく似ている。」
「やっぱりそうですか。」
徳阪が美行を見た。
「君は子どもの時に経験しているから辛かったな。
失語症になってしまったんだろう?」
「ええ、お陰様で今は何ともありませんが、
あの時はどうやっても声が出なかった。」
「そうか……。」
黄昏の少しばかり冷えた空気が火照った体に心地良い。
しばらく二人は何も言わなかった。
「徳阪さん、
美行が聞く。
「ああ、かかわったのは三人の鬼で後々だが二人は討った。
一人は逃がしてしまったが……。」
「そうなんですか、未だに見つかりませんか。」
「ああ、小狡い鬼でな、一応リストには載っているがな。
鬼界に戻っているかもしれん。
美行の体がぎくりとする。
その気配を感じたのか徳阪が彼を見た。
「……僕の母を殺した鬼は大冨鬼です。」
黄昏の光が武闘場の高窓に映っていた。
薄赤く部屋中が染まっている。
だが雲が出たのだろうか。
その光が静かに消えた。
そして武道場は思いのほか暗くなった。
二人はそのまま身動きをしない。
始まったばかりの夜は濃くなるばかりだ。
一寸法師の鬼のリストにはさまざまなものがある。
現世で目撃された鬼のリストだ。
一角や千角の様なほぼ無害と思われる鬼から、
かつて重大な事件を起こした鬼まである。
その中には凶悪事件を起こした鬼の特別なリストがある。
記録室に徳阪と美行は行きそれを開いた。
大冨鬼の記録は古い。
古くは400年程前からある。
他の鬼と組み、そして人とも組んで現世で悪事を働いた。
「人を喰らい、物を盗む、
人の命を喰う事で寿命を永らえている鬼だ。」
徳阪が呟くように言った。
「苦しんだ人の魂程鬼の生命は伸びると言われています。
だから鬼は……。」
二人は黙り込んだ。
今彼らが思い浮かべている景色は同じようなものだろう。
「この鬼の行方は分からないのですか?」
「ここ20年程は全くない。
鬼は元々長寿だが400年はかなり長い方だ。
だから命が尽きている可能性もあるが……。」
徳阪が腕組みをする。
「私は大冨鬼は死んでいないと思っている。
あの鬼は普通ではない。
死ぬぐらいなら派手に暴れてやると思うタイプだ。
死ぬ前に必ず何かをやらかす。
その予兆が見えたら絶対に探し出して
徳阪は強い目で大冨鬼の写真を見た。
どこかで偶然撮られた写真の様だ。
小柄な赤鬼で腰が引けたような立ち方をしている。
見た目は腰の曲がった背の低い年寄りの様だ。
だがそれに騙されてはいけない。
「だから俺は鬼とは絶対に慣れ合わん。
豆太郎や金剛はすっかり鬼と慣れてしまった。
あいつらも酷い目に遭っているのにな。」
徳阪は大冨鬼の写真を強い目で睨みつけた。
美行もそれを見る。
苦しむ母親を毟って食べていた鬼だ。
この背格好をよく覚えている。
だが、鬼の血を半分持つユリの様子も思い出す。
鬼の臭いを纏いながら幼く純粋な存在だ。
今までこんな鬼は見た事が無かった。
彼女の様子を見ていると、
不覚にも可愛らしいと言う感情を美行でも持ってしまった。
彼女が幼いので邪悪さが無いのだろうか。
それは美行には分からなかった。
このような気持ちを持つことは良い事なのか悪い事なのか、
それを目の前の心に激しい怒りを持つ人に話すことも躊躇われた。
美行の心にふっと豆太郎の顔が浮かぶ。
豆太郎はどう言うのだろうか。
彼は思った。
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