ユリ  2





「だからと言ってどうしてここに連れて来たんだ!」


朝早くの一寸法師のロビーだ。

徳阪の怒声が響いた。


「子どもとは言え鬼だろう、私は絶対に許さん。」


両手を握り締めて金剛の前で徳阪は顔を真っ赤にして怒っていた。

金剛は腕組みをして黙っている。

そこに起床した他の入所者や美行や衣織が来た。

彼らには何が起きたのかはまだ分からない。

二人が喧嘩をしているようにしか見えなかった。


「徳阪さん、金剛さん、朝からなんだい、

揉め事か。」


徳阪が振り向く。


「金剛が鬼をここに連れて来た。」


それを聞いて皆の顔色が変わった。

その時ロビーの入り口に豆太郎が現れた。

横には彼と手を繋いだ鬼子が目をこすりながら立っていた。

鬼子は大人用のスリッパをはいてペタペタと歩いている。


皆が一斉にそちらを見る。

鬼の気配を感じたのだ。

だがそこにいたのは子どもだ。

そしてその匂いに気が付く。


「鬼との間の子か。」


多分どの法術師も話には聞いた事があっても初めて見ただろう。

赤い髪で痩せた少女だ。

豆太郎の横に立っているととても頼りなく見えた。


金剛が立ち上がる。


「許可なく勝手に連れて来た事はまず謝る。

繁華街で男に暴力を受けていた所を助けられた。

この子は住むところが無くてまず一晩だけでも預かりたいと思ったんだ。

どうしても見捨てることが出来なかった。」

「……。」


頬にあざがある鬼子の様子を見て

さすがに徳阪も何も言えなくなった。


「そのうえで皆と相談したい。

この子を預かるか、然るべき所に連れて行くか。

鬼界きかいとも考えたんだが、一角と千角はそこに人を連れて行くと

すぐにでも喰われるかもしれんと言う話だ。」


皆がしんとなる。

その時だ。


「まめちゃん、おなかすいた。」


鬼子が豆太郎を見上げて言った。


「ああ、分かったよ、少し待ってな。」

「うん。」


豆太郎が鬼子を見下ろす。


「ほら、みんなに挨拶しな。ユリです、って。」

「おにこ?ユリ?おにこ?」

「昨日みんなで決めただろ?

鬼子よりユリの方が可愛い名前だからってユリにしようって。」


鬼子、ユリの顔がパッと明るくなる。


「そうだ、せんかくがきめた。

オニユリのユリだ。そばかすがあるから。」


ユリが頭を下げる。


「おはようございます。ユリです。」


皆があっけにとられた顔になった。




昼休みに食堂で皆が昼食を取りながら豆太郎の話を聞いていた。


「夜の街でユリが男に蹴られていたんだって。

それを千角が助けたらしい。」

「千角は金髪の鬼だな。」


一寸法師の皆はあか丹導にどうの時に一度一角と千角を見ている。


「そうそう、それでかくまっていたんだけど、

最近は女の子を連れ込んで逮捕とかあるだろう?

それに捜索願とか出ているとまずいから警察に連れて行こうとしたんだが、

あいつら鬼だから出来ないと俺を呼んだんだ。

でも警察と言ったらユリが嫌がって。

さすがに俺もどうしていいのか分からなくなってじいちゃんを連れて行ったんだ。」

「そういう事か。だがやっぱり警察に届けないとまずいだろう。」

「うん、だから本部の方にユリの写真や特徴を知らせて、

そちらから警察に照合してもらってる。

未成年だからすぐ調べてくれると思うけど。」


食堂から庭が見える。

そこでは桃介とピーチがユリと遊んでいた。

ユリはまだ裸足だった。


「でも不思議なもんだな、桃介とピーチがあの子と遊んでる。

半分鬼なのにな。」


豆太郎もその景色を見た。


「俺も不思議だと思う。あいつら鬼なのに嫌がらないんだよ。

それにユリには全く邪気が無い。

ここにも結界が張ってあるのに普通に入れたし。」


人にとって鬼は天敵だ。

猛獣のようなものだ。

だが熊などの猛獣でも子どもの頃は可愛らしく人に慣れる。

それに近いのかもしれない。


「それにあの子、かなり幼い感じだな……。」

「うん、自分であまり考えていないみたいだ。

千角に聞いたんだけど男に蹴られていた時に、

金を持って来いとか言われていたらしいよ。

男の言いなりになっていたんじゃないかな。」


そこまで聞くとさすがに皆はゆりを追い出す気にはならないのだろう。

だが徳阪が難しい顔をして言った。


「だが所詮鬼だ。いつか正体を現す。

気を許すなよ。」


そう言うと彼は踵を返して部屋を出て行った。


皆はしんとしてそれを見る。


「あ、ああ、俺ユリの靴を買って来るよ。」


場の空気を変えるように豆太郎が立ち上がり言った。


「そうだな、室内履きと運動靴だな。」


周りの年寄が目を合わすと、それぞれ財布からお金を出した。


「これで買って来い。多分足るだろう。」

「……じいちゃん。ありがとう。」


皆はふっと笑う。


「芝生だけど危ないからな。」




「驚いたわね。」


衣織が美行に話しかけた。

午後に少しだけ休憩がある。

その時に二人はコーヒーを飲んでいた。


美行は返事をせず何かしら考え込んでいるように黙っていた。

衣織はそれを見て無言でコーヒーを啜った。


彼女は昼休みに見たユリと桃介とピーチを思い出していた。


綺麗に芝が生えた庭で白い犬と赤い髪の少女が遊んでいる。

衣織もユリを見たがまるで幼い子どもの様だった。

確かに鬼の匂いはする。

だが成敗する対象にはどうしても思えなかった。

とても可愛らしい無邪気な子どもだった。




衣織は美行とは赤ん坊からの幼馴染だ。

彼女の母親は早いうちに亡くなった。


衣織にはほとんど覚えがない。

その代わり美行の母親に色々な事を教わっていた。

美行の母はとても優しく、

男の子しかいないからか衣織を実の娘の様に可愛がっていた。


一寸法師で剣を教えていた美行の父親の青葉と

衣織の父親は友人だった。

その関係で衣織は小学生の頃から剣を習っていた。


だが二人が小学校高学年の時に事件が起こる。

美行の母親が事故で亡くなったのだ。


美行はその頃はずっと無口で何もしゃべらなかった。

母親が亡くなった場面を見たショックで

言葉が出なくなったのを知ったのは後の事だ。


その後に衣織の父親が病気で亡くなり、

一人ぼっちになった衣織は青葉の元で生活する事となった。


その時、何年も言葉が出なかった美行が喋り出したのだ。


一人になり悲しみに暮れている衣織を見て

彼の気持ちが変わったのだろう。

そして彼女は美行の母親の死の事実を知る。

その時に青葉の本当の仕事と美行の決心も知った。


「僕は鬼退治をする。お父さんの後を継ぐ。」


真っすぐな目で美行は遠くを見ていた。

彼の剣にいつも鋭い殺気がある理由はそれなのだ。


「お前には剣の才能がある。衣織、一緒にやろう。」


衣織がこの道に入ったのは美行の言葉がきっかけだ。

青葉は難色を示したが、

それでも彼女はそのまま進む事に決めた。


自分は出なくなった美行の言葉を引き出した。

その彼が言った言葉は運命のような気がしたのだ。




「千角、って言ってたよな。」


美行がぼそりと言った。


「え、あ、ユリちゃんを助けた鬼ね。名前も付けたと言っていたけど。」

「同族だから助けたのかな。」

「どうなんだろう。」

「それでも鬼が助けたんだよな。」


衣織がちらと美行を見る。


「豆太郎さんに聞いてみようか。私もその鬼に興味がある。」




「豆太郎、さん。」


その夜、豆太郎の部屋に美行と衣織が来た。


「あ、なんだ。」

「すいません、お邪魔ですか。」


豆太郎はゲームの最中だった。

美行が声をかける。


「いや、別にいいよ、もう終わるし。」


美行がテレビを見た。


「……僕もこれやっているんですよ。」

「えっ、じゃあ一緒にやろうよ、ゲーム機は持って来た?」

「いや、研修なんで持ってきてない、けど……、」

「遊ぶ?使って良いよ。」

「ちょっと二人とも!」


衣織が怒ったように言った。


「美行、豆太郎さんに聞きに来たんでしょ?

豆太郎さんも誘わないで下さい!」


言われた二人は上目遣いで衣織を見た。


「衣織は学級委員とかやったタイプなんです。」

「そうか……。」


衣織がじろりと美行を見た。


「ところで聞きたい事ってなんだ?」


ゲームを止めて豆太郎が聞いた。


「あの、一角と千角の事で。」

「……、あいつらか。」


豆太郎が美行を見た。


「美行はどう思う?」


美行が少しばかり眉を潜める。


「鬼だ。でも話を聞くとイメージが違う。

鬼がユリを、誰かを助けたとは僕は初めて聞いた。」

「そうだな。」


豆太郎がふっと笑う。


「あいつらは普通の鬼と結構違う。

宝探しの家系だと言っていた。それに鬼としては若いと思う。

そしてとびっきりの変な鬼だ。人で言ったら変人だ。」

「変人……。」

「ああ、パフェが好きでゆかり豆が好きだ。

コーヒーも飲むし、ミシンを使って服を作る。」


それを聞いて美行と衣織は妙な顔つきになった。


「全然分からないだろう?

俺も未だによく分からないんだ。

あいつらに俺は何度もからかわれたり弄ばれたんだが、

鬼が持っている悪意みたいなものはあまり感じないんだよ。」

「まだ若いからですか?」

「それもよく分からん。」


美行と衣織が難しい顔で考え込んだ。

豆太郎はその二人を見た。


「機会があれば一度会えると良いな。

でもあいつらが駄目だと言えば無理だけど。」

「鬼と会う……。」


美行が呟く。

それを衣織がちらりと見て豆太郎を見た。


「あの……、」


衣織が口ごもりながら言う。


「その、すごく間の抜けた質問だけど、

豆太郎さんはその鬼達が好きなの?」


豆太郎はしばらく返事をしなかった。

何かを深く考えている様子だった。


「……正直言ってそれもよく分からん。

あいつらと慣れ合うつもりもない。所詮は鬼と人だ。

生きている世界が違う。

それはよく分かっているつもりだ。

だがあいつらは人を喰ってはいない。

そして人に大悪だいあくをなすつもりも今はないはずだ。

俺はあいつらはずっとそのままでいて欲しいと思っているよ。」








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