おにこ





「お前は本当にバカだな。」


真夜中の繁華街の薄暗い裏通りだ。

人気ひとけは無く二人の男がげらげらと笑いながら

地面にある塊を蹴っていた。

それはうずくまった小さな人だった。


人はぶるぶる震えながら顔を上げた。

小さな顔にそばかすが目立つ。

まだ幼い少女だった。


「だってあたし……。」


男が路上につばを吐く。


「バカだから教えてやってるんだよ。

金、金を持って来いって。

教えてやったろ、それで稼いで金持って来いと言ってるんだよ!」


男が怒鳴り足を振る。

するとその男がいきなり転んだ。


「どうした。」


転んだ男は顔から倒れたらしく座り込んで顔を押さえている。


「足がいきなり……。」


もごもごと言う。

口の中も切ったのだろう。


「女の子、いじめちゃダメじゃん。」


薄暗がりから金髪の男がふうと現れた。

その声を聞いて立っている男が尻ポケットから何かを取り出した。

暗闇の中でそれが光る。


「お前、誰だ、このガキの知り合いか。」


ナイフを手にした男が聞く。


「いや違うけどさ、俺、女の子を虐めるの好きじゃないし。」

「別に俺らも虐めている訳じゃないぜ。」

「でも蹴ってたろ?」

「金の儲け方を教えてやってたんだよ。」


男はふんと鼻を鳴らす。


「一週間ぐらい前にこのガキ一人でうろうろしていたから

面倒を見てやってるんだ。

他の男ならこんなガキ、すぐ売っちゃうか

変な事してこの世にもういないぜ。

俺達も優しいんだ。

一人で生きて行く方法を教えてるんだよ。」


男はにやにやしながら言った。


「ふうん。」


だが現れた人物はずかずかと二人に近寄る。

そして男の額をつついた。

するとすぐに二人はくたくたと倒れ込んだ。


額をつついた男は舌なめずりをした。

その口元に白い牙が見えた。


「すっげえ美味い。

悪い奴の記憶は実に美味い。」


千角だ。

相変わらずド派手な服を着て、金髪を簪で止めている。

先程までうずくまっていた少女がぽかんとした顔で千角を見た。


「……あ、」


千角は少女を見る。


「誰ちゃんか分からないけど家に帰った方が良いよ。」


少女は首を傾げる。


「あたし、いえがないの。」


彼女が千角を見た。

そして目が合う。

彼女の瞳の瞳孔がいっぱいに広がっている。


その奥にある光。


それに千角はあるものを見た。


しばらく二人はそのままだったが、

やがて千角が歩き出すと彼女も立ち上がりとぼとぼと着いて来た。

千角はそれをちらちらと見ながらゆっくりと歩いた。

彼女は足を引きずっていたからだ。

しかも裸足だった。




千角は今日はたまたま一人で現世に遊びに来たのだ。


夜の繁華街は程よく禍々しい。

そこをぶらぶらと歩きながら見物するのは楽しかった。

こう言う時は一角は来ない。

家で何かしら機械ものをいじっているのだろう。


千鳥足で歩いている年配者がいれば、所々で騒いでいる若者がいる。

そして暗がりには怪しい影もある。

それを見ると人も鬼も変わらないと千角は思った。


その中で一瞬妙な気配がしたのだ。

自分と同族の香りだ。


街中に鬼がいてもおかしくはない。


現世には思った以上に人ではないものがいる。

だがその香りは奇妙だった。

鬼と何かが混じっている。


不思議に思った千角がその匂いを辿ると、

路地裏で少女が男達に蹴られている場面に出くわしたのだ。


千角が自販機の前で立ち止まる。

少し離れた所で裸足の少女も止った。


年の頃は5、6歳か。

髪の毛は乱れて服もボロボロだった。

背は低く酷く痩せて顔には殴られた跡があり腫れていた。

そしてその顔中にはそばかすがあった。


千角は彼女を見た。


「誰ちゃん、なんか飲む?」


彼女の顔がパッと明るくなり千角に駆け寄った。

だが足は引きずっている。


「いいの?」

「良いよ。」


彼女は目を輝かせて自販機を見た。


「きいろいの。」


彼女が選んだのはコーンスープだった。


「ジュースじゃないの?」

「おなかすいたらお父ちゃんがかってくれた。」

「お父ちゃん?そのお父ちゃんはどこにいるんだ?

お父ちゃんがいるならあんな男の近くにいなくても。」

「お父ちゃんはね、あるいてたの。

そばにいたら

はらへってるかってかってくれた。

おれはお父ちゃんっていってたよ。」


彼女の話はよく分からない。


「それでお父ちゃん、ねちゃったから

となりでのんでたら……。」


ユリが急に黙り込みんだ。


「どうした。」

「お父ちゃん、ケーサツにつれてかれた……。

こあくてにげた。ケーサツきらい。」


と急に彼女は声を上げて泣き出した。


「おいおい、待て。」


千角は慌てて缶を買い彼女に見せた。


「ほら、コーンスープだ、熱いよ。」


千角が口を開けてやりそれを渡すと彼女は泣き止んで

嬉しそうに受け取り、

近くの縁石に座ってゆっくりと飲み始めた。


彼女の話はよく分からないが、

どうやらお父ちゃんと名乗る酔客に買ってもらったようだ。


「その酔っ払いが警察に連れて行かれたのかな。」


千角は呟くとジュースを買いその横に座った。


「ねえ、誰ちゃん、名前なんて言うの?」


彼女がちらりと千角を見た。


「おにこ。」

「鬼子?ホントか?」

「おにこ。」


彼女の喋り方はどことなくたどたどしい。

小さな子どもと喋っている感じだった。


「そんな名前、人は付けないだろ?本当はなんて言うんだ。」

「おにこって、おじさんおばさん。」


彼女は千角を見て笑った。

その口元に大きな白い犬歯が見えた。

千角は少しほっとする。

身内はいるようだからだ。


「鬼子ちゃん、お家は無くてもどこから来たの?」


鬼子は首をひねって少し考えていた。


「おやま。おじさんおばさんと。」

「ならそのおじさんとおばさんを探そうか。」


しかし、彼女は俯いた。

そしてぽたぽたとその膝に涙が落ちた。


「お、おお、また、ど、どうした。」


千角はうろたえた。


「お、おじさんとおばさん、ケーサツにおっかけられて

くるま、はねられた。」

「は、跳ねられた?えっ?事故?」

「いなくなった。」


と言うと鬼子はまた大きな声で泣き出した。




「おい、千角、それでこれからどうするんだ。」


翌朝、鬼頭アパートに一角が呼ばれてやって来た。

そこには布団にくるまって鬼子が寝ていた。


「拾っちゃったからなあ。」


千角がコーヒーを飲みながら言う。

一角が入れるコーヒーは前と比べてかなり美味しくなった。


「拾ったって猫の子じゃあるまいし。」


一角が呆れたように言った。


「それで食べ物を買ってくれた?」

「ん、まあおにぎりとかサンドイッチとかだけど。

この子に食べさせるの?」

「そうだよ。」


一角が眠っている鬼子を見る。


「でもこの子、人か?なんか妙だな。

鬼の血がはいっているのは間違いないけど。」

「だよな。だから連れて来たんだよ。」


千角が昨夜の彼女の瞳を思い出す。

瞳孔の奥に見た光は鬼の血だ。

だが純粋な鬼ではない。なにかと混じっているのだ。

だから奇妙な香りがする。


その時鬼子がもぞもぞと動き出した。

彼女は目を開くとゆっくりと起き上がった。

一瞬どこにいるのか分からない様で周りをきょろきょろと見たが、

千角を見るとにっこりと笑った。


それは無邪気な笑いだ。

口元に牙が見える。

顔にはそばかすがあり、どことなく愛嬌を感じさせた。


「おはよう。」


彼女は千角が作った派手な服を着ていた。

髪の毛は赤に近い茶色でぼさぼさだが昨日のうちに風呂に入ったのか、

全体的にすっきりしていた。


「顔に殴られた跡があるな。」


一角が言う。

千角がテーブルに一角が買って来た食べ物を広げると、

鬼子がすぐに立ち上がって走って来た。


「たべていいの?」

「良いよ。好きな物を食べなよ。」


彼女はおにぎりを手にする。

だが、


「あけれない。」

「おにぎりのパッケージに開け方の順番が書いてあるよね。」


一角が言うと

彼女はおにぎりをくるくると回すように見た。が、


「わかんない。あたし、じよめない。」


一角と千角がはっとする。

千角はすぐにおにぎりを取りパッケージを開けた。


「ごめんな、気が付かなくて。」


鬼子はにっこりと笑っておにぎりを食べだした。




「しかしなあ、千角、」


テレビを見ている鬼子の後ろ姿を二人は見ていた。


「ここには置いておけないぞ、鬼頭さんが何か言うかも知れん。

ともかく現世では人の所在とか凄くうるさいからな、

犯罪がらみと思われたらもうここにはいられないぞ。」


千角がため息をつく。


「だよな、でもまたあそこに戻すのもなあ。」

「どこで見つけたんだよ。」

「夜の繁華街のお散歩中に男に蹴られてたのを見たんだよ。

俺は女の子には優しくするからな。なんか腹が立ってさ。」

「だから殴られた跡があるのか。」


一角は鬼子を見た。

テレビでは子供向けの番組をやっている。

彼女はそれを食い入るように見ていた。


「でもこのままではだめだぞ。

行方不明の届けが出ているかもしれん。

もし出ていたら下手すると誘拐の疑いをかけられる。

現世では誘拐はかなりの重罪だ。

それにどうも知的に問題がありそうだな。

素直そうな子だけど。」

「そうだなあ、どうしようかな。警察署の前に置いて来るか。」


その時だ、いつの間にか鬼子が二人のそばに来ていた。


「ケーサツいや、ケーサツこあい。」


彼女が怒ったように二人に言った。

目から涙がボロボロと流れる。

二人は困った顔をして目を合わせた。









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