敵意





「柊さん、昼食の準備入ります。」


衣織いおりがそう言うと美行みゆきも席を立ち事務所を出て行った。


二人ともきびきびと動き仕事の出来る様子だった。

豆太郎は研修に来るまでもないと思ったが、何かしらの意味があるのだろう。

だが一つ気になる事があった。


美行がどことなく豆太郎にだけよそよそしいのだ。


彼とはこの前初めて会ったのだ。

今までは名前も知らない二人だ。

だから豆太郎が彼に何か失礼をした覚えもない。


他の入所者や職員に対しても普通に接している。

だが豆太郎と話す時になると表情が消えるのだ。


「そうなの、私も気になっているのよ。」


ピーチが豆太郎に言った。


「最初に会った時から豆太郎を意識しているみたいよ。

でもライバルとかそんな感じじゃなくて、

何となく敵意と言うか……。」

「敵意?俺、何にもしてないぞ。

それに青葉さんは剣士だろ?

俺はスリング使いだから畑が全然違う。」


豆太郎は腕組みをしてため息をついた。


その日の夕方、一寸法師の武道場で金剛と美行、衣織が

木刀を持ち立っていた。


徳阪とくさかさんが相手をしてくれる。」


金剛が言うと木刀を持った徳阪が現れた。


金剛とは違って細身の老人だ。

鋭い目つきで歩く姿も切れがいい。


「よろしくお願いします。」


若い二人が頭を下げた。

そしてしばらく稽古が続く。


徳阪も有名な剣士だ。

年をとっても全く衰えず鋭い動きが続く。

そしてその剣先には殺気がある。

触れれば何もかも断つような決心があるのだ。

中途半端な剣士なら向かい合うだけで気後れするだろう。


皆は背中に一寸法師とか書かれている白い作務衣を着ている。

これは討伐の際に身に付けるものだ。

普段から慣れるために稽古の時は着ている。


案の定若い二人は汗びっしょりで向かい合っている。

どれほど打ち込んでも相手には隙が出来ない。


やがて稽古は終わる。

周りで見ていたハウスの人々が感嘆のため息をついた。

豆太郎も感心して美行に近寄った。


「凄いな、青葉さん、目が離せなかったよ。」


だが美行はちらと豆太郎を見て、


「ども。」


と言っただけだった。

一瞬豆太郎も戸惑う。


その時すぐそばにいた衣織が物も言わず、

美行の腹に拳を入れた。

鈍い音がして美行がうずくまる。


「お前はいつまで柊さんに失礼な態度をとるんだ!」


衣織が美行を見降ろして怒鳴った。

周りがシーンとなる。

ぽかんとした顔で豆太郎は衣織を見た。


「申し訳ございません!!」


彼女は頭を下げた。




ロビーで皆は座りその中で衣織が話を始めた。

美行は未だに腹をさすっている。

相当痛かったのだろう。


「柊さん、本当に申し訳ありませんでした。」

「いや、津郷さんが謝る事じゃないけど、

俺もどうして青葉さんが最初から話をしてくれないのか疑問なんだ。

俺はうっかり者だからもし気に入らない事をしたなら

謝らなくてはいけない。」


豆太郎が美行を見た。


「美行、はっきり言いなさいよ、私はあんたが考えている事は

間違っていると思うけど、

はっきりさせないと柊さんも美行もすっきりしないでしょ。」


衣織が美行を見て強く言った。

美行は大きくため息をつくと豆太郎を見た。


「僕の態度が悪かったのは謝ります。

でも……、」


美行の目は強い。


「柊さんが鬼と慣れ合っているのがどうしても許せない。」


豆太郎は驚いた。

そしてその鬼は多分一角と千角の事だろう。

今までの彼と鬼の間柄は全国の一寸法師に知られている。


「パフェを奢られたとかサイコロを預けられたとか、

僕にはふざけているとしか思えない。」


美行の目には今やあからさまな敵意があった。

衣織が言う。


「あの、美行のお母さんは鬼に殺されたんです。」

「そうだったな。」


金剛が呟くように言った。


「しかも僕の目の前で母は鬼に殺された。

あの景色は絶対に忘れない。」


能面の様に表情を無くした美行が豆太郎を見た。

そんな彼の前で豆太郎は何も言えなかった。


「青葉君、」


金剛が美行を見た。


「豆太郎も親を鬼に殺されている。10歳の時だ。」

「ならどうして、鬼と親しくする!」


美行が俯いて両手を強く握り怒鳴った。


その場がしんと静まり返る。


一寸法師にいる全ての法術師は何かしら鬼と因縁がある。

皆鬼に対して恨みがあるのだ。だからこそ徹底的に鬼を成敗出来る。


そんな彼らにとっては鬼と繋がりのある豆太郎を

理解しろと言っても難しいだろう。


その時、徳阪が静かに口を開いた。


「そういう事だ、豆太郎。

鬼と慣れ合うのは私達にとっては理解できない事なのだ。」


徳阪はあか丹導にどうの時に最後まで鬼と一緒に戦う事を反対していた。


「……。」


豆太郎は何も言い返せなかった。

皆が言っている事は間違っていないのだ。


鬼と人は全く違う。

相反するものだ。

絶対に慣れ合ってはいけないのだ。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る