ビール





「バカ美行みゆき。」


就寝前に美行の部屋で衣織が怒った声で言った。


「うるさいな、衣織。ちゃんと言えと言ったのはお前だろう。」


美行がレポートを書きながら返事をした。

二人は施設内の空いている部屋に研修の間

それぞれ間借りをしている。


「だからってあんなにはっきり言わなくていいじゃない。

柊さんは返事も出来なかったでしょ。」


美行は衣織を真っすぐ見た。


「僕は間違った事は言っていない。

鬼は悪だ。人に邪悪な事しかしない。

だから鬼を見たらすぐに成敗する、それが俺達の仕事だろ。」


衣織がため息をつく。


「そうだけどさあ……。」


その時だ、美行の部屋の扉がノックされた。


「はい。」


扉が少し開く。

そこには豆太郎が缶ビールを何本か持って立っていた。

衣織が立ち上がり扉を大きく開く。


「あ、津郷さんもいたのか、ごめん、邪魔したかな。」

「いえ、大丈夫です。私が美行を説教していたんです。」


美行が立ち上がり豆太郎を見た。


「なんですか、言い訳に来たんですか。」

「美行!」


衣織が拳骨を構える。

思わず美行が体をよじって避けた。


「手厳しいな、でもまあそれは置いといてビールを飲もうよ。

いけるだろ?」

「所内はアルコール禁止じゃないんですか?」

「まあまあ、一人一本ずつなら良いだろ?

それにこれ金剛じーちゃんのとっておきだからさ。

結構いいビールを飲んでいるんだよ。

こそっと持って来た。」


衣織がさっと豆太郎に近寄りビールを持った。


「良いんですか?柊さん。」

「豆太郎で良いよ、ここだと若い人がいないからさ、

たまにはこうやって飲みたいし。これつまみ。

それともう敬語は良いからな。」


衣織がそれを受け取りがテーブルに紙を広げてつまみを出した。


「ならこちらも衣織と美行と呼んでください、

と言うか呼んでね。」


美行の顔が固くなる。


「良いよね!美行!」

「……、」

「無理しなくても良いよ。」


豆太郎が苦笑いをする。

場を取りなすように衣織がつまみを広げた。


「ゆかり豆ね、これ大好き。

柊…、豆太郎さんがサンプルを送ってくれたんでしょ?」

「ああ、前は紫垣製菓って大きい会社で豆を作っていたけど、

会社が無くなっちゃったから今はゆかり豆しか作ってない。」

「紫垣製菓……。」


美行が呟く。


「ほら美行、座って、あんたも飲むでしょ?」

「う、まあ。」

「飲めよ、美行。足らなかったらあと数本は持って来られるから。」


にこにこと笑う豆太郎から美行がビールを受け取った。


「金剛さんもビールを飲むの?」

「ああ、いつもじゃないけどな。

でも俺と違って高いビールを飲んでるんだぜ。

それに焼酎もウイスキーでもなんでも飲む。」

「へえ……。」


何となく美行も缶を開けて一口飲んだ。

彼もいつも飲むわけではないが、

研修に来てからは飲んでいなかった。

久し振りの味は苦くて美味かった。


「私はどちらかと言うとチューハイなんだけど、

最近全然飲んでいなかったから美味しいわ。」


衣織がぐっと飲む。


「君達、幼馴染と言ったけど衣織はどこに住んでるの?

お父さん、お母さんは?」

「美行と同じ家で住んでるの。私の両親はもう亡くなったのよ。」


軽い調子で衣織は話したが、

思わぬ重い話が出て豆太郎が驚いた。


「ご、ごめん、そんな事だと知らなくて。」


衣織が笑う。


「良いんです。事実だから。豆太郎さんもそうでしょ?

母は早いうちに亡くなったの。

美行のお父さんと私の父が知り合いで、

私の父が病気で亡くなってから美行のお父さんが育ててくれたわ。

だから美行とは身内みたいな感じ。ねぇ、美行。」

「う、まあ、そうだな。」


美行がゆかり豆をつまみ良い音を立てて食べた。


「君達研修と言ってもこっちでも教える事なんて

何もない気がするけどなあ。仕事は出来るし。」

「多分金剛さん達との手合わせが目的だと思うの。

それにこちらだと産後のお母さんのケアも始めたでしょ?

それも調べて来いと言われたわ。」

「ああ、赤ちゃんな。」


豆太郎の表情が崩れる。


「赤ちゃんな、ほんと可愛いんだぜ。

小さいのに指とかちゃんとあってさ、

ちゃんと爪がついているんだぜ。

足の裏なんてムニムニでぷにぷにで髪の毛はほわほわで……。」


赤ん坊の事を話す豆太郎を二人がぽかんと見た。


「う、変か?マジで可愛いぞ。

このゆかり豆を作っている所の奥さんも前に面倒見たけど、

今度また来るみたいだから、

赤ちゃんが見たかったらその時まで研修を伸ばしてもらえよ。」


衣織がくすくすと笑いだす。

豆太郎がぼりぼりと頭を掻いた。


「赤ちゃん大好きなの?」

「ああ、可愛いよな。子どもは可愛い。

ゆかりさん、紫垣製菓の奥さんだけど

その赤ちゃんが生万いくまと言う名前なんだが、

その生万が生まれた時に見たんだけど、

なんか小さいのに生きてるんだなと言うか……。」


豆太郎がにこにこしながら話をするのを

美行が見た。


そして今まで自分が豆太郎に持っていたイメージが

どんどん変わっていく気がした。


豆太郎と鬼の話はどちらかと言うと笑い話の様だった。

パフェを一緒に食べたり、サイコロを持たされたと言う話だ。

だが鬼と慣れ親しんでいる男だ。

どこかに邪悪さがあるに違いないと思っていた。


しかし、今目の前にいる豆太郎は笑いながら赤ん坊の話をしている。

どちらかと言えば呑気なタイプだ。

それにしばらく一緒に仕事をしたが特に違和感はなかった。


よく考えれば桃介とピーチと言う神獣を二匹も引き連れている。

神獣は正直だ。

少しでもよこしまな気持ちを持てば消えてしまう。

あの二匹はとても立派な良い神獣だ。

ならば豆太郎は?


美行はぐっとビールを飲んだ。

気持ちがふわりとする。


「柊さん。」


美行と豆太郎の目が合う。


「なんか申し訳ありませんでした。」


いきなり美行が頭を下げた。

衣織がそれを見て笑い出した。


「美行も悪いとずっと思っていたんですよ。

酒の勢いがなければ謝れないんだよね。」

「うるさいな、バカ衣織。

でももう少し様子を見ます。良いですよね。」

「いや、びっくりだが、気にしなくていいよ。

何にもないけどじっくり吟味してくれ。

まあ仲良くやろう。

色々な事はこれから考えよう。」


と豆太郎が言った時だ。

美行がごろりと横になりいきなり鼾をかき出した。

豆太郎が驚いて衣織を見た。


「美行はアルコールに弱いの。

ビール3口ぐらい飲むと酔っちゃう。

今日は珍しく一本飲んだから限界だったのかも。」

「悪い事したかな。」


衣織が笑った。


「多分お酒の勢いがないと謝れなかったんじゃないかな。

あんな赤ちゃんの話をされたら、

自分が思っていた人と違うと気が付いたのよ。」




翌朝、しょぼしょぼとした顔で美行が起きて来た。

衣織は元気そうにしている。


「おはよう。」


豆太郎が声をかける。

そして二人のその後ろに金剛がやって来た。


「昨日はお楽しみだったようだな。」


金剛が三人に声をかけた。

三人は恐る恐るそちらを向き、顔が急に真顔になった。

それを見て金剛が腕組みをして言った。


「豆太郎は一ダース買って来て冷蔵庫に入れろ。

後は全員食後に素振り100回だ。」


三人は目を合わす。


そしてしばらくするとみな笑い出した。








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