第22話 バックストーリー


 数日たって、俺は再び豊川の屋敷で師匠である菊地則宗のりむねさんと会っていた。

 あの封印器具に封印されていた怪幻の詳細が判明したからである。


「来たか、惣司」


 まあ茶でも飲めと切り出す則宗さん。

 しかし妙だな。

 ただ怪幻の来歴を探るだけなのに時間がかかりすぎではないだろうか。


 これが江戸時代の話ならわからなくもない。何せ記録媒体が紙――あるいはそれより経年劣化に強い石版なのだ。

 該当項目を検索するのに時間がかかるのも当然である。


 しかしここ百年ほどは、金烏門のデジタル化も目覚ましい。

 ジョン・フォン・ノイマンが現代パソコンの名で親しまれる電子計算機の設計を提唱したのが1945年。

 もっと遡れば歯車式加減算機自体は17世紀に存在しており、金烏門は世界的にも早い段階から記録媒体のデジタル化を進めてきた。

 三千年の歴史をすべてデジタル化できてるかどうかまで俺は知らないが、花魁の怪幻は江戸後期の見た目だった。

 金烏門の長い歴史から見れば比較的新しい出来事である。

 一日とかからずに詳細が判明すると思っていたのだが蓋を開けてみれば数日かかる始末。


「これは」


 俺は則宗さんが提示した、怪幻の調査結果を見て、自分の目を疑った。


「そうだ。この怪幻は、18年前にお前の父親が再討伐の任務を受けている」


 再討伐の任務とは、過去に討伐が試みられたものの達成できず、封印にとどめた怪幻を今度こそこの世から葬り去る仕事である。

 親父は失敗したのだろうか。

 いや、そうではない。

 調査書を見る限り、任務は達成になっている。


「妙ですね」


 親父が再討伐に成功していたなら、あの場に封印器具が残っているはずがない。


「俺もそう思い、詳細な記録を調べていた」


 調査に時間がかかったのはそれが理由か、とどこか納得しながらページをめくる。


「ちょうどこの時期、お前の父親は桜守から除名処分を受けている」


 俺は、間抜けな声をこぼしていた。


「待ってください則宗さん。それはつまり、親父はこの怪幻と戦っていないってことですか?」

「おそらくその通りだろう。やつは人情に甘いところがあるが、怪幻の討伐では比類無き実力者だった。討ち洩らしなど考えられん」

「けど、だったらどうして討伐済みに……」


 花魁の怪幻は親父に討伐命令が下された。

 しかし同じタイミングで親父は桜守から除名処分を受け金烏門を脱退。


 親父の最後の戦いを見ていたから俺にはわかる。

 親父は、金烏門のやりかたが合わなかったからって怪幻討伐を放り出すような器の小さい人間じゃない。

 多分、その任務を耳にせずに、一般家庭に身を寄せたんだ。


 だから、親父は実際にはこの怪幻と戦っていない。


 けれど、そうだとするのなら、

「誰がこの怪幻を討伐したと報告したんでしょうか」

 この事件は、俺が想像するより遥かに強く、俺に因縁の糸を結びつけている。


「そこがわからねえんだ」


 則宗さんが「吉埜にも手伝ってもらったんだが難航中だ」と付け加える。


「お手上げ、ですか」


 なんだかしこりの残る事件になってしまうが、仕方が無い。

 呪術なんてオカルトめいたものを扱う以上、そういうことは多々ある。

 今回もそのうちの一つだった。

 それだけの話である。


「いや、手がかりはある」


 どちらにせよ俺にできるのは怪幻討伐だけだと自嘲気味に前向きな態度を取ろうとするより先に、則宗さんが言った。


「惣司、お前の父親が金烏門を抜けたことで得をした人間がいた」

「え?」


 親父は呪術師の中でも、屈指の実力者だったはずだ。

 組織を抜けられて痛手になりこそすれ、それで得をする人間なんて――


(いや、いる!)


 親父が金烏門所属だった頃は日の目を見れず、しかしいなくなったことで位の上がった人間が、いる。


「叔父さん……ですか?」


 俺が問えば、則宗さんはまぶたを下ろした。


「確証はねえ。だから変なことは言えねえ」


 お前も余計なことは吹聴するなと則宗さんが付け加える。


「だが、当時、お前の父親と比べて実力不足を指摘されていたこと、桜守の名は任せられないと非難されていたことは事実だ」


 もし、その汚名を晴らすために、金烏門の内部で裏取引がなされていたのなら。

 それこそ、そう。

 例えば親父に代わってあの怪幻を討伐できたなら正式に桜守当主の座を明け渡すと、水面下で密かに約束が取り交わされていたとすれば。

 討伐できていない怪幻を討伐したと主張し、その記録を捏造したとすれば。


 ……無い、とは言い切れないんだよなぁ。


「とにかく、この封印器具だけじゃあなんとも言えねえし、桜守当主を非難しても言いがかりだと言われるだけだ」


 俺はおもむろにうなずいた。

 急いては事をし損じる。

 いまはまだその時ではない。


「悟られぬよう、静かに探りを入れるぞ惣司」

「はい」


 よっぽどのことが起こりかねない。

 漠然と、そんな予感がした。


  ◇  ◇  ◇


 それはさておきとして。

 屋敷から出てスマホを取り出すと、一通のメッセージと画像が送られていた。

 差出人は卯月アリス。


『やっほー! 見て見て! じゃじゃーん!』


 そんなメッセージの後に添付されていたスクリーンショットは、とても重要なことだった。


 収益化申請通過のお知らせだった。

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