第27話 知らぬが仏 知れば羅刹
「何を言い出すのだ惣司。
爺さんが俺の推測を否定した。
だけど俺の考えは変わらない。
花魁の怪幻が封印された器具に呪具を取り憑けて一般家庭に流したのはやはり彼だ。
「組織を大事にしているからこそ、獅子身中の虫を許せなかったんでしょう」
ドイツの軍人ハンス・フォン・ゼークトは人間を「有能」と「無能」、「働き者」と「怠け者」を組み合わせた4つのタイプに分類した。
後に、無能な働き者は殺すしかないという言葉が流布するようになるが、則宗さんから見た叔父はまさしくそれだった。
刀の錆が身から出るように、腐敗はいつだって内部からおこるものなのだ。
それを防ぐために行動したと考えれば、なんとも則宗さんらしいのだ。
「お前も冗談が言えるようになったか。だが時場所場合は選ぶべきだぞ、惣司」
「俺は本気ですよ」
「ほう、ならば証拠を見せてみろ」
そんなものがあるのならな、と言いたげに、則宗さんが自身気な笑みを見せる。
「証拠はありません。でも、証人がいるでしょう」
俺は叔父のもとへと歩み寄りながら、懐から1枚の式神を取り出した。
人差し指と中指の間に挟んだそれへ呪力を込めて、叔父に向けて投げ飛ばす。
青白い光が紙を受肉させながら、犬の形へ変化する。
「
こいつは術式破壊に特化した式神。
叔父の肩口へと爪を突き立てると、心臓を経由して、反対側のわき腹まで大きな傷跡を刻み込む。
しかし鮮血は吹きこぼれず、代わりにどす黒い瘴気が傷口から空気へと溶けていく。
「おお! 喋れるようになったぞ⁉」
叔父が嬉しそうに声を発した。
「この通り、叔父は沈黙を貫いていたんじゃない。呪術で口封じをされていたんだ。それも、この場にいる誰もの目を盗むほど巧妙な術式によって」
それが誰の手によるものなのか。
考えれば自ずと答えは見えてくる。
「そうだ! オレは則宗に騙されたんだッ! 聞いてくれ父さん、怪幻が討伐されていなかったのは事実だ。だけどそれは、則宗のせいなんだ! 俺はあいつに依頼を再委任した。虚偽報告をしたのはあいつなんだ!」
「貴様、この期に及んで……っ」
「ハッ、それをバラされるのが怖くて口封じをしたようだが、残念だったな! 裁かれるべきは貴様だ則宗ェッ!」
……やっぱり、黙らせたままにしておくべきだったかな。
なんてことを考えながら、もう一度叔父の口に口封じのお札をぺっと貼り付ける。
「むぐっ!?」
「いまのは叔父の虚言です。あれほど高度な隠ぺいの施された術式を相手の同意無しに施せるわけがない」
ではその術式が施されたのはいつか。
俺が思うにそれはこの会合が行われるはるか前。
例えば八重ちゃんが屋敷の庭を汚してしまって、それの口止め料と言って金銭を渡した、とかそんなやり取りがあったんじゃないだろうか。
その金銭には「受け取り手が罪を告発された際の発言を一切禁止する」などの強力な術式を込めておく。
「桜守当主を糾弾するに際し、前もって口封じができたのは、この会議を開いたあなただ」
「……」
則宗さんは俺の指摘を沈黙で答える。
肯定したも同然だった。
「否定、してくれないんですね」
本来であればレジストできる呪いでも、受け手の同意があればきちんと動作してしまう。
呪術師が使う古典的な詐欺だ。
桜守の歴史書にも記されている。
まともな呪術師であれば受け取らないか、口止めの指す内容を確認してから受け取るか、受け取ったうえで呪いを無力化するかの三択だが、叔父にそれほどの能は無かったんだろう。
だから危うく弁明の余地もなく除名処分を受けるところだった。
もっとも、口を開いたところで出てくる言い訳があれでは話にならないが。
「叔父の処遇について、俺は意見できる立場に無いです。直系血族の従弟がいるのに桜守当主の座をよこせと主張する気もありません。けれど、俺には権利があるはずです。真実を知る権利が」
この会議にはそれぞれの思想や野望が渦巻いているようだが、俺が知りたいのはただ一つ。
「則宗さん。あなたは何を知ってこんな行動に出たんですか」
事の始まりは、少なく見積もっても数ヵ月前。
朝熊町の一般家庭に呪具が持ち込まれたときにはもう、則宗さんは計画を走らせ始めていたはずだ。
そこに、俺の知らない真実が眠っている。
「成長したな……惣司」
則宗さんが感慨深げにつぶやいた。
「教えてやってもかまわんが、知れば後戻りはできんぞ」
則宗さんは俺の心に深い闇が生まれるぞと警告し、周囲では則宗さんが一般家庭に呪具を流したことにやいのやいのと彼を詰っている。
けたたましい屋敷だと、客観的には認識している。
だけど俺の耳にはあまりただしく届いていなくって、心はひたすらに凪いでいた。
「のぞむところです」
則宗さんは穏やかな瞳で俺の目をじっと見つめ、やがて根負けしたように手を上げた。
「十余年前、とある一般家庭が怪幻による襲撃を受けた」
出鼻から鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
事の始まりはせいぜいが数年前だと思っていたのに、実際には十年以上前。
俺がまだガキの頃まで因縁はさかのぼるらしい。
「夫妻は死亡し、しかしその子どもだけが生き残った。この場に集まった誰もが覚えているはずだ」
唇が渇く。
俺がまだ桜守家に引き取られる前に起きた大きな惨劇に対する衝撃からではない。
その悲劇が、あまりにも身に覚えのある事件だったからだ。
「唯一生き残った子どもの名は、惣司。いまは桜守の姓を受け、桜守惣司と名乗っている」
俺だ。
親父とおふくろが命がけで俺を守ってくれた。
その時の話を、則宗さんはしている。
どこからともなく、
「それとこの話にどんな関係性がある」
と野次が飛んだ。
「疑問に感じなかったのか? 領域を現実に侵食させるほどの怪幻が野放しになっていたことに。
不審に思わなかったか? 何故都合よく、かつては呪術師最強と謳われた桜守の血族がその場に鉢合わせたのか」
……血の気が失せていく。
嘘だ。
だって、それは。
則宗さんが言おうとしていることは、つまり――
「気付かなかったか? これが不運な災厄ではなく、人為的な災害だったことに」
俺たち家族が現世と冥界で隔てられることになったのは、そう仕向けた人間がいるってことで――
「これが、そいつの犯した最大の罪だ」
そんなことをする人間は、一人しかいない。
「桜守当主。俺は貴様を許さない、絶対にだ」
俺の両親は、叔父に殺されたことを意味していた。
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