第26話 査問会

 桜守の現当主であり俺の叔父の査問会は翌日行われることになった。

 あまりにも急な決定であるが、それは則宗のりむねさんがあらかじめ手回ししていて、俺の証拠待ちだったかららしい。

 金烏門きんうもんという組織が小規模だからというのも理由のひとつなのだと思う。


「こうして一堂に会すのはいつ以来か」


 招集をかけた張本人である則宗さんが、俺たちの前に立つ。


 豊川の屋敷にはそうそうたる顔ぶれが集っていた。

 天雉あまきじ、菊地、桜守の縁者はもちろん、干支烏えとからすの十二人もいるようだ。

 もちろん都合が合うものだけだが、かなりの人数がいるように思える。

 仕事がある人は時間給でも取ってきたのだろうか。

 割と謎である呪術師の表の生活。


「再会を喜びたいところだが、皆多忙であろう」


 ちなみに俺は学校を欠席して参加している。

 正直こんな会議に参加したくないってのが本音ではあるが、渦中の人物でもあるので、自分のあずかり知れないところで話が進む方がよほど怖い。

 そんな理由から、しぶしぶ、参席している。

 爺さん婆さんは俺が学業に重きを置いていることにいい顔していないので嬉々として欠席連絡を入れてくれた。

 優しい祖父母で涙が出るね、俺はああなりたく無いものである。


「端的に集会の理由を述べよう」


 則宗さんが、よく通る声を部屋中に響かせる。


「俺はここに、桜守当主の不正を摘発し、解任を申し出る」

「なっ! 則宗ッ! 貴様、何を――ッ!」


 彼の放った本題は、集まった人たちに動揺をもたらすに十分な破壊力を持っていた。


 桜守当主が不正をしたというのは本当かと非難する声、詳細を話せと中立を保ち様子を窺う者、桜守家にすり寄る目的で擁護する声が入り混じっている。


「これは先日、桜守の天狗あまつきつね、惣司が回収してきた封印器具だ」


 叔父さんの声には耳も傾けず、則宗さんは、俺が朝熊町で戦った花魁の怪幻が封印されていた器具を全員に見えるように高々と掲げた。


「この封印器具に封じられていた怪幻は、桜守当主の実兄であり惣司の父へ討伐の指令が下る予定だった」


 金烏門きんうもんにおいて、親父は禁忌だ。

 呪術師の立場を捨てて、一般人に身を堕とすというのは考えられない愚行なのである。


 それは裏返せば、親父を知らない人間はこの場にいないことを示している。


「しかし実際には、任務が飛ぶ前にあいつは桜守から除名され、金烏門きんうもんから追放されている」


 則宗さんが絶妙な間をあけて逆接を使い、力強く語り掛ける。


「だが、この怪幻は討伐されたことになっていた」


 集まった人たちの間に波紋が広がっていく。


「そして時を同じくして、実力不足を指摘されていた次男があっさり当主の座に就いた」


 則宗さんが、爺さん、桜守のご隠居に鋭い視線を向ける。


「裏取引があったのではないか。お答え願おうか、桜守のご隠居殿」


 叔父さんが口を開いては閉じてを繰り返している。

 爺さんは少しだけ沈黙して、だけど最後にはこう答えた。


「そうか、則宗。あの怪幻は、討伐されていなかったのか」


 親父が金烏門きんうもんを追放された後、桜守家は後継者を誰にするかでもめていた。

 すなわち次男である俺の叔父が継ぐか、あるいは傍系血族の中から当主を選ぶかだ。


 爺さんはあれで、身内に甘い。

 叔父さんが「兄さんの代わりに怪幻を討伐できれば家督を継ぐことを認めてほしい」と宣言し、有言実行できれば受け入れたわけだ。


「まったく、なんということをしでかしてくれたものだ。惣司が討伐しなければ、どうするつもりだった」


 爺さんは叔父さんを詰った。

 叔父さんは必死に何かを訴えようと身振り手振りを騒がせて、だけど一言も発しない。


「言い訳すら満足に出来ぬか」


 爺さんは少し遠い目を向けていた。

 叔父さんの奥に誰の面影を重ねていたのかは、言葉にされなくてもなんとなくわかった。

 爺さんは叔父さんに、俺の親父を超えてくれることを期待していたのかもしれない。


「則宗の言い分もわかった。だが、結果だけ見れば惣司によって事件は未然に防がれた」


 いや、あるいはいまも、そう願っているのか。


「罪は償うべきじゃろう。しかし償うことと罰を受けることは違う」


 爺さんが両手をついて三角形を作り、そこに額を近づけた。


「ここで当主が空座になれば18年前の二の舞だ。もう一度だけ、こいつにチャンスをやってくれんだろうか」


 ……金烏門きんうもんの人間は、なんだかんだ身内に甘い。

 いまは隠居の身となれど、かつては桜守の当主として活躍していた爺さんが頭を下げれば、きつく当たる人間なんていなかった。


 ただ一人、則宗さんを除けばの話だ。


「ご隠居」


 勘違いしないでもらいたいのだが。

 そう前置きして、彼が言葉を続ける。


「お言葉ですが、桜守当主の罪はいま述べたものにとどまりません」

「なに?」

「こちらは桜守当主が己の実績として報告した怪幻討伐事例になります」


 則宗さんは新たに資料を共有した。

 この場に集まった金烏門きんうもんの人員がそれぞれの携帯端末から提示資料に目を通す。


 もちろん、この資料そのものに意味は無い。

 誰がどう見ても明確な矛盾もなければ、集まった人たちは則宗さんへ向けて「この資料が何だ」と猜疑的な視線を向ける。


「そして次に示す資料が、この七日間で桜守惣司の討伐した怪幻の記録になります」


 先に提示した資料が意味を持つのは、この資料が開示されてからだ。


「なっ」

「これは……討伐報告された怪幻が、再び討伐されている!?」

「一種だけなら偶然で済ませられるが、二種も類似固体が発見されることがあるのか?」


 則宗さんが得意げにうなずく。


「可能だ。桜守当主による討伐報告が偽りだと仮定すれば」


 親父が金烏門きんうもんから追放処分を受けたとき、叔父さんは実力不足から後を継ぐことを非難されていた。

 不足した実力のまま、今日までそれを隠し通すために、どれだけの嘘を塗り重ねてきたのだろうか。


「もはや彼の罪は、許される範疇には無い。汚れ切った精神は裁きによってのみ浄化される」


 則宗さんが抑揚の強い喋りでこの場に集まった人間の関心を独占する。


「改めてここに主張しよう。もはや現桜守当主にその肩書はふさわしくない! 即刻はく奪し、新たな当主を樹立するべきである!」


 誰もがことの成り行きを見守っている。

 則宗さんのもとへと集中していた視線が、ゆっくり、爺さんの方へと流れていく。


「惣司」


 爺さんが、静かな声で俺を呼ぶ。


「沈黙を貫いて居るが、お前の意見はどうなんだ」


 俺を見つめる瞳は、俺の背後の壁へと突き抜けるほど鋭く感じた。


  ◇  ◇  ◇


 来てよかった。

 俺へと話が振られたとき、改めてそう思った。


(爺さんが聞きたいのは、桜守を背負う覚悟は出来ているのかってことなんだろうけど)


 あいにく、俺はひねくれているんでね。

 そっちの思惑通りに動いてやるつもりはない。


「ずっと、不審に思っていました」


 何故、親父に依頼されるはずだった怪幻討伐が、親父に匹敵する実力者の則宗さんではなく叔父さんへと下りたのか。

 何故、この一週間、則宗さんは怪幻討伐ではなく桜守当主の実績を洗うことに注力したのか。

 その作業を行いながら、どうやって金烏門きんうもんの重鎮の予定を抑えたのか。


 そして何より、

「結局、この封印器具に呪具を付与して一般家庭に流したのはどこのだれなのか」

 叔父さんか?

 違うだろ。


 叔父さんは怪幻を討伐したと嘘の報告をした。

 ならばその嘘がバレるような真似はしないはず。

 下手に封印が解けるリスクを冒すより、墓まで秘密を隠し通そうとするはずだ。


「一連の不祥事は叔父さんに起因している。けど、裏で手引きをしていた人間がいた」


 だから、多分。

 俺が討伐に向かうより前に、いたんだ。

 叔父さんの不正に先んじて気づき、その不正を暴こうとしていた人間が。


 そしてその人物の見当は、とっくについている。


「黒幕はあなただ。そうでしょう? 則宗さん」


 俺は師匠を名指しした。

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