第25話 白いカラスの非在証明

 呪術配信のお悩み相談の中から怪幻の仕業と思しき案件を優先して潰して行くと、気づいたことが一つある。


 移動は式神使えばいいじゃん。


 ということで「送狗おくりく」と「刃狗じんく」を組み合わせた式神を作って高速移動。

 ひかりよりも速く、のぞみよりも速く日本を縦横無尽に駆けまわる。


 一週間で十の案件を解決して、豊川の屋敷で再び師匠の菊地則宗のりむねさんと顔を合わせる。


「よくもまあ、数日でこれだけの証拠を集めたものだな」


 いかつい顔をしたダンディなおじさんが、犬歯を見せるように笑む。

 顔の彫りが深いから威嚇しているようにも見えるが、これで穏やかな心境の時に見せる笑みである。

 初見だと怖かったが、俺はもう慣れた。


「早いとこ解決してしまいたいんですよ、切実に」


 どうしてかと言うと、この問題が片付かない限りまともに配信活動ができないからだ。

 呪術配信の収益はわりと俺の希望だから、それを取り上げられ続けるってのは厳しい。


 あんまりメン限配信ばかりだとそうじゃない人の不満とか不興とかが募り募ってヤバい怪幻が生まれかねないし、バランスを取るってのは難しいのである。


「惣司も呪術師としての心構えができてきたということか」


 則宗さんが嬉しそうに笑った。


 ごめん全然そんな高尚な理由じゃないんです。

 普通に私利私欲を優先してます。


「この一週間、俺も桜守のやつの実績を洗い直していた」


 いやなにしてんすか則宗さん。

 あんた戦闘系の呪術師でしょ。

 怪幻討伐に精を出してくださいよ。

 そういうのは吉埜さんとかの担当でしょ。

 きちんと役割分担の意識心がけてもらえます?

 組織への離反を禁止するためにそれぞれ専門家として活躍するのが金烏門きんうもんの掟でしょう?

 オールラウンダーがOKされるなら俺もはらい札制作勉強したいんですけど。


「その結果が、これだ」


 則宗さんが提示した資料に目を通す。


「あれ? この怪幻って、俺が討伐したやつじゃ」


 この一週間で討伐した十種の怪幻の内二種が、俺が討伐した怪幻と合致していた。


 怪幻の性質を決めるのは、欲望の性質と、欲望の器の二つだ。


 例えば愛されたいという欲求から生まれる怪幻は愛されるために美を意識した造形になるし、壊したいという衝動から生まれた怪幻は殺傷力の高い性能を持って生まれてくる。


「惣司も知っているだろうが、核と欲望の種類が似通えば、似た怪幻が生まれることもある」

「でもそれは」

「非常に稀な話だ」


 核はともかくとして、欲求というのは通常複数が入り混じる。


 例えばチーム一丸になって地区大会優勝を目指す野球チームがあったとする。

 彼らの目的は同じ優勝であるが、そこに集う思いは人それぞれだ。


 勝ちたい。

 負けたくない。

 最後の大会を悔いの無いように戦い抜きたい。

 先輩と過ごす時間を少しでも伸ばしたい。

 次の大会を見据えて監督にアピールしたい。


 そしてそれらの思いの比率が少し崩れるだけで、生まれる怪幻の性質は大きく変化する。


「さて惣司、お前はこの件をどう見る」


 則宗さんの、穏やかそうでいて、しかし力強い眼光が俺の網膜に描かれる。

 威圧するような雰囲気に呑まれそうになりながら、俺は臆さないように、彼の目を見つめ返した。


「叔父さんは、嘘の怪幻討伐報告を行っている。それもおそらく、過去に何度も」


 怪幻は欲望を溜め込む器に欲望が流れ込んで生まれる怪異だ。

 やつらは周囲の欲望を吸って成長する。

 長く生きた怪幻ほど強力で狡猾に育つ。

 だから、金烏門きんうもんではこんな言葉がある。


 鉄は熱いうちに打て。怪幻は弱いうちに討て。


 俺たち呪術師がやつらを見逃せば、取り返しのつかないことになる。

 総人口が2500万人ほどだった江戸中期にでさえ100万人近い人が死ぬ災厄が振りかかったのだ。

 それが人口1億人を超える現代で起これば、単純比例で考えても400万人の死者が出る。

 まして、当時より科学の発展した現代ならそれを優に超える被害が出るとみて間違いない。

 あるいは他国同士の代理戦争の舞台に仕立て上げられるかもしれない。

 最悪の場合は、日本という国家自体が滅びる。


「もはやいまの桜守に当主の座を任せてはおけぬ」


 則宗さんが、じっと俺の瞳をのぞき込んでいる。


「桜守の名を背負え。お前の名前に込められた父親の願いを叶えろ、惣司」


 惣司という字は、長男の役割と書く。

 親父がこんな名前を俺につけた意味を、俺はまだ知らない。

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